美は押しつけるものではなく、引き出すもの。「パルファム ジバンシイ」などを擁するLVMHフレグランスブランズ社長の金山桃さんは、この言葉を大事にしている。世界的に有名なファッションデザイナーであり、ブランドの創業者でもあるユベール・ド・ジバンシィの言葉だ。化粧品がステレオタイプな美を打ち破り、ひとりでも多くの人に喜びや力を与えるためのチャレンジを続けている。
履歴書に顔写真はいらない
2022年5月に社長に就任してまもなく取り組んだのが、採用プロセスを変えることだった。1次選考である書類選考で提出してもらう履歴書への顔写真や年齢、性別などの記載をやめた。
「日本は就職活動のときにみんな同じ髪形、同じスーツ、同じベージュのトレンチコートなどで、履歴書に貼ってある写真もみんな同じ。日本流なのかもしれませんが、いつもどうして同じなの?と思っていました」
履歴書に写真が貼ってあれば、見るのは自然なことだ。性別や年齢、国籍も書いてあれば、それも判断材料になる。一方、応募する人たちは「化粧品会社だから、外見を重視されるのでは」とか「年齢で判断されるかも」といった不安を抱くことも。重要なのは見た目や年齢ではなく、あくまでその人の経験や実績。最終選考では面接を行うことから、1次選考を変えることにしたという。
「私が雇われた理由は、会社の活性化のために改革を進めること。会社は、日本の百貨店も知らない、ラグジュアリーブランドも知らない私に賭けたのだと思います。そのためには、もっとダイバーシティー(多様性)を進めていかなければと思い、考えたのが採用プロセスを変えることでした」
こうした判断の裏側には金山さん自身の経験がある。フランスの大学院を卒業したころはちょうど不況のまっただ中。「仕事を探すのにも大変だった中で、金山桃を誰も知らないし、人種差別的なこともあって大変だったし、公平ではないと思うことがありました」
採用プロセスを変えたことで、会社を受けに来る人たちの幅が広がった。年齢も国籍も様々。若い人もいれば、60代もいる。社内の雰囲気も変わってきた。みんながよく話すようになり、笑い声が聞こえる回数が増えた。
「すべてがうまくいっているというわけではありません。でも、社員同士の信頼関係が深まっていっているというのがよくわかるし、社員が新しいことや変化に消極的ではなくなりました。だからこそ、ビジネスも好調なのだと思います」
(広告の後にも続きます)
化粧品はよろこびを与える
日本の化粧品メーカーで研究職だった父親の転勤で、5歳の時にフランスに渡った。幼いころから、父に連れられて会社や工場に行ったり、有名なコスメの専門店「セフォラ」や、最先端のトレンド製品が集まるパリのセレクトショップ「コレット」に行ったり。時には自宅で父親が接待する客との会話をずっと聞いていたこともある。父親から様々な製品の試作品の感想を聞かれることもしばしば。化粧品は日常だった。
父が帰国することになったのは18歳のころ。帰国するかフランスに残るかを聞かれたが、そのまま残り進学。ビジネススクールを修了した。
フランスで就職する際も、迷いなく化粧品業界を選んだ。「どうしてトヨタじゃないの、などとも聞かれることがあったけれど、化粧品の世界を選ぶことは自然でした。あまりうまく説明できないけれど、化粧品は喜びを与える。だから好きです」
金山さんはフランスのスキンケアブランド「ラ ロッシュ ポゼ」の話をしてくれた。敏感肌用のブランドで皮膚科でも採用されている。やけどなどで残った跡にも使えるファンデーションがあるが、それを使うことによって、つける人の自信が戻ってくるという。
「化粧品は単に外側の美しさを作るというものではありません。自信をつけるなどの人間の内面への影響も大きい」