過去5万本の記事より反響の大きかった傑作選。今回はレアな職業から転職した人に注目する。(初公開2022年10月10日「元セクシー女優の昼職転職記」全12回中の第4回 記事は取材時の状況) * * *
フリーライターのたかなし亜妖と申します。WEBコラムや映画・漫画レビュー、時にシナリオなどジャンル問わず文章を書く日々です。2016年に「ほかにやることがなかったから」という理由でセクシー女優デビュー。なんとなく入った業界で気づけば2年半が経過したところで、引退を決意しました。
その後は何事もなかったかのようにシレッと昼の世界へ出戻り。ライターになり早4年が経とうとしています。
前回は「元セクシー女優」という過去を隠して臨んだ面接についての話を書きましたが、今回は収入面について書いていこうと思います。
◆念願の初出勤、漫画を読んで1日が終わる
満員電車に揺られ、足早に会社へと向かう。某地下鉄は音楽フェスのように人がごった返し、車内は乗客同士の体がぶつかり合っている。前回の記事の終わりにも書いたが、私は朝の電車などもう何年も乗っていない。
モッシュ状態の満員電車に耐えながら目的地に到着したが、その時点で1日の仕事を終えたかのような疲労感を覚えていた。2年半ナマケモノのような生活を送り、撮影のある日は全て車移動。セクシー女優は肉体労働ではあるものの、普段から習慣的に体を動かしていなかったために、すっかり体力が失われていたのである。
出勤後は人事部の美しいお姉さまに出迎えられ、オリエンテーションを行った。そして早々に所属部署の作業場へと移動。もうシナリオ執筆に取り掛かるのか? と思いきや、初仕事はなんと「取り扱いタイトルの漫画を読むこと」だった。
IPもの(※)であることから原作の設定を壊すことなど言語道断だ。さらに担当するゲームはすでにリリース済みなので、シナリオの傾向や基本的な仕様などを把握せねばならない。
いくら物語が書けるといえど、今までと毛色が異なるモノを作り出してしまえばユーザーは困惑してしまう。
新たなチームメンバーが加わることにより世界観の認識がぶれ、開発者同士でズレが起きることを防ぎたい……との意向で、まずは隅々まで漫画を読むよう指示された。
出社して、オリエンテーションを終えて、軽い自己紹介を終えて漫画を読む。他の人がカタカタとパソコンで作業をしている横で、のんびりお茶を啜りながら読書をするのは何だか気が引けた。
せっかく今日から社会へ復帰したのに、やっていることはニート時代と全然変わらなかったからである。
こんなことで時給をもらっていいのだろうか、と申し訳ない気持ちになりつつ、初日が終了。
ちなみに初出勤から1週間くらいまでは漫画を読むか、アニメを観るか、ゲームをいじるか、会議に参加するくらいのことしかやっていない。もちろん会議もその場に居るだけで、メンバーの意見交換に耳を傾けるだけの係だった。
※IP……Interllectual Properyの略称でアニメや漫画の版権を指す。つまり「ソシャゲのIPもの」とは元ある作品をゲーム化しているということ。
◆想像以上にできない「ダメな私」
作業場で自己紹介をした初日のこと。私は大勢の人を前にして蚊の鳴くような声しか絞り出せなかった。もともとコミュニケーション能力が高い方ではないが、思っていた以上に緊張しいで、“自分の意見を伝えることが苦手すぎる問題”に直面する。
セクシー女優時代は周りとうまくやれていたように感じたが、それはスタッフやマネージャーが気を遣って合わせてくれていただけ。私は彼らの気遣いを自分の実力と勘違いしていたのだろう。
蓋を開けてみればただのコミュ障で、チームメンバーに話しかけられると言葉が出てこなくなる。頭では色々と考えているのに要点がまとめられず、結果的に何が言いたいのか分からない発言を繰り返していた。
職場の人は優しかったので、私が「あうあう」と慌てていると助け舟を出してくれる。中にはニュアンスでなんとなく考えを汲み取ってくれる上司もいた。
嬉しい気持ちと、もういい大人なのに……という自分に対する情けなさが同時に襲ってきて、悔しくてたまらない。何も言わなくても察してくれる撮影現場がいかに有難いものかを、卒業後に思い知った。
◆「楽をした分巻き返さなくてはいけない」という焦りとストレスの日々
あまりの不甲斐なさ、そして新たな環境に身を置くストレスを感じたせいか、昼職復帰後はしばらく疲れが抜けなかった。スタミナはあるほうだが、週5日の連勤にも慣れていないため、土日は死んだように眠る。そして気づくと月曜日がやってきて……という生活を2カ月ほど繰り返していたように思う。
今までは37度くらいのぬる~いお湯に浸かり続けるかのような毎日だったのだ。ラクをした分どこかで巻き返さねばならない。気持ちは焦っても体が全く追い付いてくれないことに、私はもどかしさを覚えていた。
◆収入は大幅ダウン。それでも続けられた理由
その後、ダメ人間である事実を再確認させられる出来事はアホほど起きたが、もといた業界へ戻るつもりは一切なかった。セクシー女優として働き、良い時で80万円程度稼いでいた数か月後に時給1,000円ちょっとで働くなど、はたから見れば有り得ない話だろう。
それでもシナリオを書くのは楽しかったし、むしろ「漫画やアニメ、ゲームが自由に観られてお金も貰えるラッキーなお仕事」くらいに考えていた。
執筆したシナリオもそこそこ評判が良く、感想をもらうと俄然やる気が出た。新作リリース後は毎回こっそりSNSでエゴサーチして、ユーザーのリアルな声を確認する日々。原作の熱狂的なファンから賞賛の声が上がると達成感に満ち溢れ、次回作のアイディアがポンポンと湧いてくる。
◆セクシー女優時代は「大勢の中の1人」でしかなかった
フルタイムのアルバイトだと厚生年金や社会保険が引かれ、手元には20万円も残らない。お金のことだけを考えるのなら、他の仕事を選ぶ方がずっといいだろう。
けれども、私は希望した職に就けた事実に満足している。複雑な思考回路を持っていなかったため、楽しくて充実していればそれで良かったのだ。
セクシー女優をしている時は大勢の中の1人にしか過ぎず、スポットライトを浴びる機会がほぼなかったと言えよう。だからこそ仕事で誰かから褒められ、求められることに激しい嬉しさを覚えた。
気づけばシナリオライターという仕事に夢中になっていて、「合わなければやめればいい」という考えは次第に頭から消え去っていた。
◆Wワークでウェブライターを始めるも「1人ブラック企業」状態に……
会社は副業禁止だったが、アルバイトならWワーク可能とのこと。執筆業を本気で極めたいと思った私は、思い切ってウェブライターの仕事を同時進行することに決めた。
とは言っても、ツテもなければ経歴もゼロに等しいので、最初はクラウドソーシングで経験を積むことに……。クラウドソーシングは未経験でも取り組める仕事が多数用意されているものの、単価は超がつくほど激安だ。「どれだけ書いても一律500円」のような恐ろしい案件もあり、稼ぐのはそこそこ難しいと言われている。
しかし、未経験に限りなく近い元ニートのペーペーが贅沢を言っている場合ではないだろう。仕事があるだけマシという考えに切り替え、「こんなのやってられんわ!」と叫びたくなるくらいの激安(そして複雑)案件でも、できそうなモノは何でもやった。
収入を少しでも増やしたい気持ちも勿論あったが、それ以上に経験がほしかった。
何だかんだで月5万~10万円いかないくらいを稼ぐことに成功したが、その分自分に使える時間がどんどん削られていく。気づけば帰宅後も家で延々と仕事をする羽目になってしまい、ひとりブラック企業状態に陥った。
それでも執筆がイヤになり、投げ出そうと思わなかったのが何とも不思議なところ。何もかも中途半端に辞めてきたのに、まさかここまで続くとは自分でも驚きだ。
なぜここまで執筆に執着できたのか? それはやはり「やってて苦痛じゃないから」。このシンプルな理由に尽きるだろう。
シナリオ執筆やクラウドソーシングの案件を経ても、まだまだ現状に満足していない自分がいた。もっと書いて新しい世界を見てみたい。そう考えた私は会社在籍中、ある行動に出る……。
文/たかなし亜妖
【たかなし亜妖】
元セクシー女優のフリーライター。2016年に女優デビュー後、2018年半ばに引退。ソーシャルゲームのシナリオライターを経て、フリーランスへと独立。WEBコラムから作品レビュー、同人作品やセクシービデオの脚本などあらゆる方面で活躍中。