「人の家に泊まる」という、一般的には“ちょっとした非日常”を“日常”として生活し、連日初対面の人の家で一夜を過ごす生活を5年ほど続けている一人の男性がいる。それがシュラフ石田さん(33歳)だ。以前、フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』で取り上げられたこともあるだけに、名前だけは知っているという人も少なくないだろう。
「今晩泊めてください」というフリップボードを持って駅前に立ち、泊まらせてもらえる人をひたすら待つ日々。なぜ、彼はこのような人生を選んだのか。そして、どんな毎日を送っているのだろうか——。
◆旅行ではなく「旅」がしたかった
もともと大の旅好きで、大学生の時には一人旅もしていたシュラフ石田さん。大学を卒業し一度は就職したものの、たまの旅行では満足できず「旅」をしたいと思い始めたという。そして、悩んだ末に退職を決意するのだった。
「中学生の時に父親が『水曜どうでしょう』という旅番組にハマっていて、一緒に観ていたら僕も旅が大好きになったんです。就職していた時も旅行には行っていたのですが、休日には限りがあるからケツが決まるわけじゃないですか。2泊3日とか3泊4日とかスケジュールを決めないといけないが嫌で……。朝起きたときの気分で行きたいところに行きたかったので、やっぱり旅行じゃなくて“旅”がしたいと思い仕事を辞めました」
旅好きなだけに世界一周を夢見ていたが、まずは自分の国から攻めようと思い、国内を回ることから始めたという。
「まあ、世界一周の前座みたいなものですね(笑)。それで、どうせ回るなら土地土地の人とお話をしながら回りたかったので、毎日駅前で『今夜泊めてください』というフリップボードを持って立ち、家主さん(泊めてもらう人)を探す今のスタイルになりました」
◆駅前で粘れば意外となんとかなる!?
見ず知らずの人をいきなり自分の家に泊めるのは少々抵抗がある、なんて人も多いだろう。それゆえ、家主さんが見つからない日もありそうだが、そんなときはどうしていたのだろうか?
「普通に考えたら泊めない人がほとんどですよね。でも、泊めてもいいかなって思ってくれる人が一人でもいれば成立するので、なんとかなるんですよ。最初の1年目は基本的に終電の時間まで駅前で粘っていたのですが、泊まれなかったのは1回だけでしたね。その1回は北海道の稚内だったのですが、マジで人がいなさすぎて……。駅前で立っていたら駅員さんに『ここは人がいないから無理だと思うよ』って言われたくらいです(笑)」
泊めてくれる人どころか、そもそも人がいない状況。そこで、地元の飲み屋に入って知り合った人の家に泊めてもらう作戦に切り替えたのだが……。
「飲み屋に入ってカウンターで隣に座った方と仲良くなったので早速お願いしてみました。その方は役所関係の仕事をしており、単身赴任で稚内に来て寮暮らしをしていたんです。ただ、その寮が仕事の関係上、部外者は立ち入り禁止だったので断られてしまって……。結局、その日はバイク乗りたちが利用するライダーハウスを紹介してもらい、そこに泊まりました」
◆収入源はYouTubeの収益だが……
就職していた時に作った貯金でスタートした今の生活。毎日人の家に泊まらせてもらっているとはいえ、全国を移動する為の交通費や食事代はかかる。道中で収入を得る機会はあるのだろうか?
「以前、ドキュメンタリー番組で取り上げてもらったおかげで自分のYouTubeの登録者数が増えまして、そこでの収入は少しありますが、それ以外は特にありませんね。今の生活は固定費がないから、一カ月の必要経費は交通費込みで月に3~5万円くらい。YouTubeの収入は、たまにすごく再生される動画があると月の出費を上回って黒字になることもありますが、基本めっちゃ赤字です(笑)。まぁ、貯金が尽きたら尽きたで、そのときに考えますよ」
◆現在の生活のルーツは台湾に
今年の1月、日本を飛び出し2ヵ月ほど台湾で過ごしていたシュラフ石田さん。そこでも日本と同じように家主を見つけて泊めてもらう毎日を送っていた。これが世界一周の序章なのかと思いきや、意外な事実が存在したのだ。
「実は一番最初にフリップを持って立ったのが台湾だったんです。学生の時に行った初の一人旅でやってみたら、みんな泊めてくれるし家庭料理なんて普通の旅行では食べられないし、台湾料理は全部美味しいし、なんなら次の日に遊びに連れてってもらえたりして、すごくいい経験をしました。だから、どちらかというと僕にとって台湾はある意味ホームなんです」
自分にとってホームなだけに、非常に居心地が良かった台湾。しかも、現地ではちょっとした有名人になっていたという。
「やっぱり国民性の違いなのか、すごくオープンな感じがあって『なんか日本人がおかしなことやってるぞ』って面白がってくれるので、日本よりも断然泊まりやすかったです。しかも、台湾のSNSやニュースでも取り上げられたので『ニュースを見ました』と声を掛けてくれる人もいました。まあ、逆にネットで叩かれたりもしましたが(笑)」
◆これまでに唯一恐怖を感じた家主
このような生活を送っていたら、なかには少々変わった人の家に泊まることもあるだろう。そこで、これまでに泊めてもらった家主さんで、もっとも強烈だった人について聞いてみた。
「一人暮らしのおばちゃんの家に行った時なんですが、リビングに案内されたら『この部屋は盗聴されているから気を付けて』、『私、ストーカーもされているの』と言い始めまして……。あぁ、ちょっとお変わりになられてる方なんだなと思いつつも、お酒を飲みながらお話を聞いていたんですが、その間ずっと片手にハサミを持っているんです」
常に刃物を持って意味不明な会話をする家主さん。さすがに少々危険を感じたので早々に寝袋を出し寝ようとしたところ、シングルベッドで「一緒に寝よう」と誘われたというのだ。
「その時も片手にはハサミを持っているんですよ。断って逆上されたら怖いので、一緒にベッドに入って寝たフリをしました。そしたら『隣で女性が寝ていたら腕枕するのが常識だ』と言ってブチ切れ出して。でも、腕枕をするのは嫌だったので断ったら『もっと困らせてあげようかしら』ってヒートアップし始めたんです。これはマズいと思い、とっさにゲイのフリをしてその場は乗り切ったのですが、さすがにしんどかったので途中で水を飲みに行くフリをしつつ荷物を持って家を出ました。泊めてもらったのに途中で家を出たのは、それが最初で最後でしたね」
◆この生活ならではの人間関係が魅力
そんな恐怖体験をしつつも、この生活について「ヤメようと思ったことは一度もないです」と話すシュラフ石田さん。
最後に「この生活の最大の魅力は?」と聞いてみたところ「いろんな人に会える、話を聞けるところです」と答えた。一般的に交友関係は住んでる場所や年齢、趣味や職業といったものに紐づいて形成されるが、彼と家主さんの関係においてはそれが一切ない。そこが一番の面白味であり魅力だと語っていたのが非常に印象的であった。
もし、駅前で「今夜泊めてください」のフリップボードを持った彼を見かけたら……アナタだったらどうしますか?
取材・文/サ行桜井
【サ行桜井】
パチンコ雑誌『パチンコ必勝ガイド』『パチンコオリジナル実戦術』の元編集者。四半世紀ほど勤めた会社を退社しフリーランスに。現在は主にパチンコや競輪の記事を執筆している。