パリ五輪「セーヌ川は汚濁していなかった」が…大会運営側の不備で選手が損害を負ったら主催者に責任を問える?

花の都、仏・パリで行われたオリンピック・パラリンピック。各国・地域の代表選手たちによる熱戦が繰り広げられたが、一方で運営側の不備とも思える出来事も散見された。

柔道会場ではマット(畳)がはね過ぎるなどとして、競技3日前に改修される異例の事態が発生。また、競泳会場のプールは、世界水泳連盟が定めた水深2.5メートルの規定を満たしていなかった(世界水連は「ルールには抵触しない」との見解を示した)。

さらに、トライアスロン・スイムなどの会場となったセーヌ川ではレース後、体調不良を訴える選手も出て「川の水質が原因ではないか」と一部メディアが伝えた。

セーヌ川は汚濁していなかった!?

トライアスロン3種目(スイム、バイク、ラン)のうちのスイムの会場となったパリ市内を縫うように流れるセーヌ川。実は水質の悪化などから大会前まで長年遊泳が禁止されていた。

フランス政府は日本円で約2400億円をつぎ込んで水質改善に取り組んだが、開幕前から水質への不安の声は止まず、実際にレース後には、海外選手が体調不良を訴えたとの報道もあった。

しかし、実際には汚濁されたセーヌ川で競技が行われることはなかった。

公益財団法人日本トライアスロン連合の大塚眞一郎専務理事(ワールドトライアスロン副会長)によると、会場の準備・運営等に当たったワールドトライアスロン(本部=スイス・ローザンヌ)は、競技会場となる海・河川の水質等について、厳格な基準を定めているという。

ワールドトライアスロンが公開する資料によると、「海と遷移水域」の水質は、「pH(水素イオン指数、水質が酸性かアルカリ性かを表す尺度)6~9、腸球菌100mlあたり100以下、大腸菌100mlあたり250以下」等と基準が定められ、オリンピック・パラリンピックの競技実施時のセーヌ川はそれらの数値をクリアしていた。

いくつもの“実施プラン”が用意されている

そもそもトライアスロンに限らず、セーリング、自転車、マラソンなど屋外で行われるアウトドアスポーツについては、「自然環境によって、競技の条件やコース環境が変わってしまうケースが多々あります」と大塚専務理事。

「自然環境によって条件等が変わる競技は全て、それらを事前にマニュアルの中に落とし込み、選手たちとレギュレーション(規定)を確認し合い、変更に関する同意を事前に得ています」

その上で大塚専務理事は、セーヌ川についても「(基準より)水質が悪くなった場合、水流が速くなった場合について、プランB、C、D、Eぐらいまで用意してあり、その中のどれかで行うという了承を得ていました」と話す。

実際にパリオリンピックでは、当初予定されていた7月30日の男子の競技が「水質の状況が基準を超えていた(大腸菌の数値が基準値より上がった)ため」に延期され、翌7月31日の女子と同じ日に行われた。

男子の競技日に水質が変わった理由としては、約1週間前からセーヌ川上流で降り続いた雨により、合流式下水道の貯水施設があふれ、その一部が川に流れてきたためと推測された。

東京2020で「体調不良の報告はなかった」

ワールドトライアスロンの厳格な基準は、3年前の東京オリンピック・パラリンピックでも適用された。

東京都の担当者は、「お台場海浜公園の水質対策として、(東京2020)組織委員会が三重の水中スクリーンの設置や、競技水域の水温を下げることができる水流発生装置を導入しました。その結果、トライアスロン(スイム)、マラソンスイミングともに、IF(国際競技連盟)の基準を達成する水質を確保し、大会は問題なく終了しました」と振り返る。

「会場の水質等を原因とした体調不良があったという報告は受けておりません」(同担当者)

運営側に不備あれば「安全配慮義務違反」問われる可能性も

厳格な基準のもとで運営されている競技大会。しかしそれでも、運営側の不備による事故等が起こらないとは限らない。過去には、マラソン大会で運営車両が選手と接触するという事案も生じている。

万が一、主催者の運営の不備等により選手が負傷するなど損害を被った場合、どのような責任が生じるのか。

たとえば、水質が疑問視される大阪・道頓堀川で大会等が行われ、体調不良者が出た場合、主催者にはどのような責任が問われるのだろうか。

自らもマラソンやトライアスロンの競技歴がある日向一仁弁護士は次のように説明する。

「仮に、日本において、(会場となる河川等で)基準値を上回る汚染があり、主催者がそれを把握していながら大会を強行し、それにより選手が体調不良等になった場合には、選手に対する安全配慮義務違反があったとして、民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。

また、なかなか想定はしにくいですが、選手が重症化したり、亡くなったりする等の重大な事案であれば、業務上過失致死傷等という刑事責任を問われる場合もあり得ます」。

トライアスロンのバイクやラン、マラソンなど公道で行われる場合、路面上に不備があるかもしれない。

これについても日向弁護士は、「主催者が、危険な路面があることを把握しつつ、補修せずに放置したり、危険箇所を選手に周知せず注意喚起を怠ることで、選手に事故が起これば、安全配慮義務違反として損害賠償責任を負う場合があり得ます」と話す。

「ただし、競技を行う選手にも、競技者として路面状況などを把握する注意義務があると考えられますので、多少のでこぼこでけがをした程度では、主催者の責任を問うことは難しいでしょう」(日向弁護士)

対応策は“保険”

運営上の不備で負傷等を被った場合、選手、そして監督やコーチ等のスタッフはどう対応すればいいのか。

日向弁護士は、「大きなレースでは、ほとんどの大会で参加条件として保険への加入が必須になっており、大会の参加費に傷害保険料が含まれていることが多いと思います」と指摘。

また、もし仮に、「運営上の不備が原因で、自身の保険ではカバーできない損害を被った場合、主催者に損害賠償請求を行う手段もある」とし、「写真や動画を撮ったり、目撃者を探すなどして、運営の不備に関する証拠等を確保することも必要になります」と 説明する。

近年の競技大会においては、運営側も徹底的に準備をしており事故が起こる可能性は限りなく低いが、それでもいつ何が起こるか分からない。

「競技大会やレースに参加するのであれば、参加条件ではなくとも、スポーツを対象とする傷害保険には加入しておいた方が良いでしょう」(日向弁護士)