「障害者5000人解雇や退職」で明るみになった“就労移行支援”の現場をのぞく。“プロレベル”の職人技も

 2024年8月中旬、「障害者5000人解雇や退職」というニュースがにわかに世間を騒がせたことは比較的記憶に新しい。「就労継続支援A型事業所」などの閉鎖が相次いだためで、国が「収支の悪い事業所の報酬を引き下げた」ことが原因だという。ただ全てが閉鎖されたわけではなく、その4割強は「就労継続支援B型事業所」に移行したという点には注意が必要だ。

 障害者のための支援はいくつかあるが、「就労移行支援」「就労継続支援A型」「就労継続支援B型」「就労定着支援」などに大別される。それぞれの定義は厚生労働省のホームページなどを参照して欲しい。

 筆者自身も障害者なわけだが、恥ずかしながら障害者支援の全てを熟知しているわけではない。昔特例子会社に勤務していたときに行政の「就労定着支援」は利用していたが、利用のきっかけもハローワークの紹介でその存在を知ったからだ。

 その後特例子会社には6年間勤務したが、筆者の至らなさから結局社風に馴染むことができず、“障害者転職エージェント”を利用して2021年にIT企業へと転職した。

 引き続き自分語りで恐縮だが、この経験を通して実感したのは、

①障害者支援の詳細な情報がフルオープンになっていないこと

②それぞれの障害者支援や障害者雇用には当然“長所と短所”があり、障害者個人にとって「合う合わない」があること

③障害者支援や障害者雇用と障害者のマッチングの難しさ

 以上3つとなる。

◆夢は世界大会で選手のストリンギングを

 障害者支援の現場一つひとつを実際に目の当たりにし、記事にすることによって障害者支援の情報を少しでも読者に届けることができればと思い立ち、2024年9月2日「就労移行支援事業所T&E」(東京都世田谷区)を訪れた次第だ。所長の山﨑浩司さん(49)が温かく出迎えてくれる。

 オープンスペースで山﨑さんと話し合った同じフロアで、利用者の方々が熱心に働いている。作業の様子を詳細に見せてもらうことにした。

「近年は場面緘黙の症状をお持ちの方も多く利用されてます。そういった方を中心に、テニスラケットに“ストリング”を張り上げる『ストリンガー育成プロジェクト』を起ち上げました」

「初期メンバーはすでにプロレベルに達しています。今は地域のテニス愛好者や大手インドアテニススクール、メーカーからの依頼を受け収入が発生しています」

「ストリングを張り上げる作業はとても奥が深いんです。ただ張り上げるのではなく、ひとつひとつの動作にこだわり、日々努力を惜しまず取り組んでいます。夢は世界大会で選手のストリンギングを務めることです」

 思い入れがあるようで、仔細に渡り熱く語って見せる山﨑さん。紹介いただいた利用者の方は、すでに張り終えてあるラケットを入念に眺め確認している。




◆利用者の表情からは職人としての誇りが

 AIの隆盛に伴い、一見“単調に見える仕事”の付加価値が下がったかのような言説が語られることがある。

 しかし単調な仕事であっても依然世の中に必要であり、またこの世から全て消え失せるわけではないだろう。そして一見単調に見える仕事にも、やり方次第でクリエイティブさを持ち込むことはいくらでも可能である。必要なことは、単調な仕事も複雑な仕事も、一様に“仕事”として尊ぶことではないだろうか。

 筆者を一顧だにせず、その利用者の方はまっすぐにラケットに視線を注ぎ作業を続けている。仕事への熱中とクオリティのこだわりに“職人”としての誇りを感じた。

 今度は封入作業を続けているグループを見学させてもらった。山﨑さんに促されパッケージの一つをおそるおそる手に取る。化粧品のサンプルが入っている透明な袋だ。ふたの部分はおそろしく真っすぐに合わせられており、気泡が一つもない。

「最近の話ですが、ある店主と話をしたことがあって。就労移行支援事業所に依頼しているという袋を見ると、留め方が汚かったんですよね。店主が言うには『ちょっとよくない出来なので、「障害者が作業しています」と記載しようかと思って』って。職員の確認を経ているはずなのに、そのまま納品してしまっている点に少々疑問を覚えました。『当事業所でも試してみますか?』とお話をして、品質が評価され以降は一貫してうちに発注してくれています」

 熱中して真剣に取り組む利用者の方々だが、気が付いたことがあった。山﨑さん含め、職員が指示を出している様子が見受けられない。「うちはプログラムが決められているのと、毎朝ミーティングを開いています。だから利用者が自律的に動くことができるのかもしれませんね」となんでもないことのように語る。

◆卒業生全員とグループLINEで


 テーブルに着いた筆者に職員の方がアイスコーヒーを振る舞ってくれた。職員の定着率も高く、障害者雇用であるストリンガーを除き「全員10年以上勤務しています」というから驚く。また職員同士のみならず、利用者とも信頼関係を築いているようだ。

「前提として、うちは定着支援に期限を設けていません。僕は卒業生とも全員、グループLINEでつながってるんですが、ある卒業生が僕に『ギターを始めようと思っている。ギターを選んでくれ』って言うんです。僕ギターのこと全然わからないのに(笑)。それでもいいから選んでくれと」

 最終的にその依頼はギターへの知識不足を理由に辞退したとのことだが、利用者からの厚い信頼が伺えるエピソードだ。

「僕は結婚してないんですけど、利用者の人たちは本当に自分の“子ども”のような感覚です。卒業するときはちょっと淋しいですし(笑)。今度A型事業所を設立しようと思っていて。でも『やってあげよう』、『つくってあげよう』という姿勢は僕は嫌なんです。彼らがやりたいことがあって、そこに近くにただ僕がいる感じでいたい。A型を設立する意味ですが、本当に心底働くことを夢見ていても、障害や症状などで企業が求める就業条件に達することができない人や、超短時間でも働きたい人を見てきました。そういった支援を必要としている人たちから、働ける場を求める声が多かったことから構想が始まりました。

 彼らには“力”があります。ここを卒業した後も、自身の力で人生の問題を本当に自然に乗り越えられた、と思ってくれたら、とつくづく思っています」

◆必要な情報とサービスの提供を


 最後に、現状の障害者福祉サービスについてどう思うかを聞いてみた。

「うちは医療従事者が起ち上げた事業所なのでこういった支援を特徴としているだけで、各所に各所の長所や短所があります。現在の日本の障害者雇用が成長しているのは事実です。ただ、営利だけを追求する内容のない事業所があったり、あるいは当事者に情報が行き届いていないこともまた確かなんです。障害者福祉サービスを必要としている当事者の方に、情報やサービスが適正に提供されるように願っています」

 窓から風景を眺めると公園の樹々がざわめいている。大窓から陽の光がさんさんと差し込み、明るいフロアでは休憩中の利用者の方々が談笑していた。

 障害者への信頼に基づき、熱心に自身の仕事に取り組んでいる山﨑さん。障害者支援の希望に気づかされた思いだった。

<取材・文/延岡佑里子 写真提供/就労移行支援事業所T&E>

【延岡佑里子】

障害者雇用でIT企業に勤務しながらの兼業ライター、小説家。ビジネス実務法務検定2級、行政書士試験合格済み。資格マニアなのでいろいろ所持している。バキバキのASD(アスペルガー症候群)だが、パラレルキャリアライフを楽しんでいる。Xアカウント名:@writer_nobuoka