年収1000万円アナ・奥井奈々「仕事はXのポストを読むだけ」から、腐らずに周囲の信頼を勝ち得た秘訣

 大学在学中にフロリダ大学へ留学。2015年に大学を卒業後、大手アパレル企業勤務を経て、モデル事務所にも所属。メディアアーティストの落合陽一さんがホストを務める「WEEKLY OCHIAI」というNewsPicksの討論番組で実施された「プロアナオーディション」に合格し、初代NewsPicksキャスターへ――。

 こう書くと華麗な経歴で、いかにも順風満帆に思えるが、「私の人生は苦難と失敗の連続で、常に自分に自信を持てずにいました」と振り返る奥井奈々さん。

「年収1000万円」が約束されていたため高収入をもらいながらも、奥井さんが初めて担当した番組はわずか4回で打ち切り。その後は「X(旧Twitter)のポストをただ読むだけの係」に格下げされ、出演はわずか数分……。鳴り物入りでMCになったのに、完全に“お荷物状態”だったという。

 しかし、そこで腐らなかった奥井さんは、堀江貴文さんや落合陽一さん、いつも厳しいプロデューサーなどから信頼を勝ち得ることができるまで成長したという。

「期待される成果を出せずに悩んでいる」

「職場で孤立感を抱いている」

「キャリアの方向性が定まらず、将来に不安を抱えている」

 そんな悩みを抱えていた奥井さんは、初の著書『ガチ存在価値-あなたの姿勢で勝ちが決まる-』(游藝舎)で、数々の苦難を乗り越え、職場で認められるようになったカギをまとめた。


 同じような悩みを抱えている人には、奥井さんのどん底からの執念の復活がヒントになるかもしれない。年収1000万円アナ時代、そこからいかにして「自分の存在価値」を見出したのか、奥井さんに話を聞いた。

◆初代NewsPicksキャスターとなり、アナウンサーとしてのキャリアをスタート

「大学卒業後は大手アパレル企業に就職しましたが、激務で体調を崩すなどして、わずか2年で退職しました。知人の紹介で東京のベンチャー企業に転職するも、試用期間でクビ……。その後は、173センチの高身長が活かされるかもしれないと思い、モデル事務所に所属したけれど、鳴かず飛ばず。

 単発バイトを掛け持ちしながら、『この先どうしようか』と悶々としていたところ、たまたま見たYouTube のNewsPicksで『プロアナオーディション』があると知ったんです」(奥井さん)

 2018年、落合陽一さんがホストを務める討論番組「WEEKLY OCHIAI」で、「女子アナのアップデート」というテーマを掲げ、「プロアナオーディション」が実施された。

「このプロアナオーディションでは、空気を読んで迎合したり忖度したりすることなく、自分の意見をしっかりと言えそうな人を選出しようとしていたそうです。台本を読むだけではなく、ジャーナリスティックな意見も発言していくアナウンサー。そんな人材を選ぼうとしていたと後で知らされました。

 最終試験では、数回の選考を勝ち抜いた候補者たち4人が番組に生出演し、落合さんや元テレビ東京アナウンサーの大橋未歩さんたちからの面接を受けました」(奥井さん)

 それに合格した奥井さんは、「プロアナ」として初代NewsPicksキャスターとなり、アナウンサーとしてのキャリアをスタートさせる。

◆年収1000万円をもらいながらも、仕事はXを読むだけ

「とはいえ、当初はアナウンスの経験も知識もないにもかかわらず、『オーディション合格者は年収1000万円』という触れ込みだったため、いきなり実力に伴わない高収入を得てしまい、周りからの目も気になり、常にオドオド、恐縮しっぱなしでした。

 求められていたのは、空気を読んで迎合したり、忖度したりせず、自分の意見を持った芯のある人。そして、台本を読むだけでなく意見も発するアナウンサー。

 でも実際は、切り込むタイミングが最悪で、他の人と比べて落ち込んでばかり。勉強不足で意見も軽薄。台本は棒読み。しかも元来の早口とボソボソしゃべる癖のダブルパンチ。

 また、番組収録の経験なんてゼロだった私は、カンペすらまともに読めず、カンペに書かれた『次のコーナーへ』という指示書きすらそのまま読んでしまい、ひんしゅくを買ったこともありました」(奥井さん)

 そんな奥井さんが初めて担当した番組がわずか4回で打ち切りとなってしまった……。

 その後は他番組で、放送中につぶやかれる番組に対する感想や意見のXのポストをただ読むだけで、出演はわずか数分。

「きっと、たいしたアナウンススキルも、番組を仕切るファシリテーション力もない私をどう使っていいのかわからず、『あんなダメなヤツでも、これくらいのことならできるだろう』と判断したのだと思います。鳴り物入りでMCになったのに、完全に“お荷物状態”でしたね……。

 当時は、これ以上不相応な報酬を受け取ることに耐えられず、収録時に出される弁当すら手をつけなくなっていました」(奥井さん)

◆情けない、消えたい……「早く1日が終われ」

 オーディションでは、「生命力がある」と高く評価された。しかしながら、いざ現場で仕事を任されてみると、自分の実力のなさを痛感し、死んだ魚のような目をし、生命力も何もない。

「常に誰かから、『あいつ、何やってるんだっけ?』『いったい何ができて合格したんだ?』と陰で言われているような妄想を抱いていました。縮こまってしまい、声がうまく出せない。そんな状態でアナウンサーの仕事なんてうまくできるはずもありません。

 何をどうしたらいいのかもわからず、ひたすら指示待ち。アナウンサー志望の女子大生インターンのほうが私よりスキルがあり、その状況がますます私を追い詰めました。

 そんな無能に存在価値はなく当然、仕事を振ってくれるはずがありません。悪循環がひたすら続きました。

 情けない、消えたい、役立たず……。そんな無力感に苛まれながら、それでもどうすることもできないまま、『早く1日が終われ』と、ただただ時間が過ぎるのを待っていました」(奥井さん)

◆チャンスには徹底的な事前準備と試行錯誤

 そんな状況だった奥井さんにも、ついに転機が訪れる。2020年3月、ある特番で再びMCを任されることになった。

「NewsPicks創刊編集長・佐々木紀彦さんと古坂大魔王さんがMCを務め、私はサブMCとして番組を進行しました。その番組はソニーがスポンサーで、若者がソニー製品を使ってアイデアを出し、コンテストで優勝すれば実際にソニーと共同開発できるというもの。

 私は、若者が発表したアイデアに対して有識者からコメントをもらうコーナーを1人で担当しました。

 世界のソニーの特番ということで、関わる人数も非常に多く、大手広告代理店など関係者もやたら収録に立ち会っていたのを覚えています。通常の放送よりもかかっているお金が明らかに違っていました。

『この番組でミスったら本当に終わりだ……』と、とてつもないプレッシャーでしたが、私にとってよかったのは、その特番では事前にしっかりと準備ができたこと。

 台本を読み込むのはもちろん、出演者のプロフィールやコンテスト出場者の情報をしっかりと頭にたたき込み、イメージトレーニングも何度も行いました。

 その結果、番組は滞りなく終わり、私は『何の落ち度もなく終えることができてよかった』と安堵しました。

 今だったら、ただ台本通りに進行するだけでなく、もっとおもしろいコメントを引き出すようにしたり、視聴者に飽きさせないような工夫もできたかもしれませんが、当時は、とにかく事故が起こらず、滞りなく番組を進めることに全力を尽くしました」(奥井さん)

 この特番をきっかけに、再びMCを担当させてもらえる機会が増え、本来のプロアナの役割だった番組のメインMCに返り咲きすることができた奥井さん。

「やっとスタート地点に戻れたことで自信がつきました。とはいえ、プロデューサーやディレクター、共演者、ゲストといった周囲の人々は、すごいキャリアや経験、専門性があるのに、私には何もない。

 運が良かっただけでオーディションに受かり、ポッと出てきた私なんて、いてもいなくても一緒だろうなという気持ちは頭の片隅にずっと残っていましたし、決して苦悩しなくなったわけではありません。

 ですがそれでも腐ることなく、特番のときと同様に徹底的に準備を行い、さらにいろいろな試行錯誤を繰り返しながら自分の存在価値を出そうと必死でした」

◆「ツイッターを読むだけでも、どのコメントを選んで読むのか」


 ほかにも、どん底だった頃の奥井さんの考えを、大きく変えてくれた一言があったという。

「ある番組プロデューサーの言葉が私の考えを変えてくれました。

『ツイッターを読むだけなら、私じゃなくても良くないですか?』という私の質問に、『いや、そうでもないんです。奥井さんが番組に映っていることが、番組の緊張と緩和になるんです。それに、ツイッターを読むだけでも、どのコメントを選んで発表するかによって、議論の一手を変えることだってあります。奥井さんの選ぶ視聴者の意見が、思わぬ展開を巻き起こす起爆剤になるかもしれません』と言われたのです。

 その言葉を聞いて、『あ、私にもちゃんと役割があったんだ』という新たな気づきを得ました。

 それまでは、番組における自分の存在価値はないと自分で決めつけていたのですが、実は自分が思っていた以外に価値があったということ。プロデューサーの言葉をきっかけに、それまではなんとなくでしか選んでいなかったコメントの選び方が大きく変わりましたね」

 議論では出てこなかった切り口だったり、聞きたかったけれど聞けなかったことをコメントを通して切り込んでみたり。奥井さんなりに番組のことを考えて、コメントを選ぶように工夫したという。

「すると、ゲストがそのコメントに回答することで議論が深まったり、思わぬ方向に話が飛んだり、時にはその回の金言が飛び出たり。このとき、自分ではちっぽけに思える仕事や役割であっても、実は全然ちっぽけではなく、大きな意味があるんだなと初めて思えたのです。

 私たちは案外、自分で自分の価値を決めつけてしまいがちです。けれど、自分の存在価値を見つけるために、時には素直に人に聞く。その姿勢が大事なんだって教えてもらいました」

◆「自分にできることから貢献しよう」

「職場で存在価値を出すためには、すごい能力や特別な経験は必要ありません。大切なのは、与えられた仕事に対して誠実に取り組む姿勢。小さな仕事であっても、その積み重ねが信頼を築き、結果として存在価値を高めることにつながるのだと知りました。

 じゃあ、『今の私にできることとは? そうだ。まずはチーム内で困っている人のために行動することにしよう!』と決めました。

 自分は特に何のスキルも経験も持ち合わせていない。だから、せめて同僚や隣の席、チームメンバーが困っているのを発見したら、手を差し伸べることにしました。全然使えない、ダメな私にできることは、これくらいしかありませんでした」(奥井さん)

 自分にできることから貢献しよう。そう決意してから、奥井さんは忙しそうな周囲の人たちを徹底的に観察し、人手を欲しているような人がいたら「何か手伝いましょうか?」と一声かけていたという。

「すると、『このあとの会議の資料、コピーしてくれる?』なんてお手伝いを任されたりします。何もすることがなかった私はこれだけでも嬉しかったのですが、ただコピーして渡すだけでなく、見やすくてめくりやすいホチキスの位置を考えて留めたり、大事そうなところに付箋を貼ったり。

 小さな仕事でも誠意をもって、『かゆいところに手が届く』ように自分なりに工夫することを意識していました。

『こんな雑務、だれがやっても同じじゃないかな』なんて思ってしまいがちな雑務や雑用といった小さな仕事こそ、大きな信頼を生むもの。その小さな信頼や貢献の積み重ねで、次第に自分の希望する仕事を任せてもらえるようになっていきました」(奥井さん)

◆悩んでいるのは自分だけではない

 昨今、「何者かにならなければいけない」と、自分の存在価値について深く悩んでいる若者が多いのではないかと、奥井さんは懸念する。

「SNSの普及によってこのような悩みはより大きく、より過酷なものになっていて、いわば『現代病』です。この悩みは、静かに心を蝕んでいき、放っておくと鬱などの深刻なメンタルヘルス問題に発展することすらあります。

 でも、自分の存在価値に悩んだり、不安になったりしているのは自分だけではないというのも事実です。新しい環境で悩むのなんて当たり前。まずは、『自分の存在価値に悩むのは当たり前のことだ』と理解し、その悩みと向き合いながら、少しずつ前に進んでいくことが大切なのだと気づかせてもらいました」

プロフィール

奥井奈々(おくい・なな)


番組キャスター/株式会社WellNaviAI(ウェルナビアイ)代表取締役社長

1993年生まれ、兵庫県出身。2018年、NewsPicksの番組オーディションで選出され、初代NewsPicksキャスターとなる。『TheUPDATE』、『HORIE ONE』、『WEEKLY OCHIAI』などに出演。現在は、ネット番組を中心にMC やファシリテーターとして活躍するほか、ヘルスケアや体調管理に特化した動画メディア「WellNaviAI(ウェルナビアイ)」の代表を務める。初の著作『ガチ存在価値-あなたの姿勢で勝ちが決まる-』を上梓

<取材・文/日刊SPA!編集部>