「高圧ジェット水流洗浄事件」など数々の悪徳業者に騙されてきた世間知らずな義父母。週に一度は実家を訪れ、騙されないように目を光らせていた筆者だったが、実は善良そうな人にも用心しなければならない……。仕事と家事を抱えながら、義父母のケアに奔走する日々が始まった翻訳家・エッセイストとして知られる村井理子さんのエッセイ『義父母の介護』(新潮社)より、義父母の介護に奔走する奮闘記をお届けします。
騙されやすい義父母
義母と義父は、そもそも騙され耐性の低い夫婦だ。彼らが特別そういう人たちだというよりは、昭和初期生まれの親世代というのは、子世代である我々が考える以上に、友人、知人、親戚からの情報やつてを頼りに生きてきた世代である。
義父と義母はその典型で、入手する情報のほぼすべてはそういった周囲から受け取るもので、そして二人はそれを百パーセント受け入れるタイプの夫婦だ。誰かが「いいよ」と言えば、それを疑うことなく買う、飲む、食べる。それは信頼と愛情という強固な土台に支えられた、二人の結婚生活そのものだった。しかし一方で、二人が生きていた世界は、限られた、とても狭いものだったとも言える。つまり、二人は世間知らずなのだ。
正しい情報や商品であれば問題はない。しかし、それが万が一、悪質商法によって販売された商品や、科学的根拠に基づかない健康商品である場合は厄介だ。二人は、見ていて面白いくらいに、そういったものにコロッと騙されてきた。
わが家には一時、不思議な液体に漬けられた薬草的な何か、癌にならないという石が入った酒など、義理の両親によって妙なものがやたらと持ち込まれた。私はそういった類いの民間療法を命がけで避けているので、すべてあっさり処分していた。しかし義母の部屋には、友人から購入した補正下着、磁気マットレスなど、どう見ても怪しい商品が山ほどあった。このような歴史がある二人なので、これから年を重ねていくうえで、騙されることが減るようになるといいなと考えてきた。
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高圧ジェット水流洗浄事件
しかし、騙され耐性が著しく低い義父と、認知症になってしまった義母は、サバンナ地帯で生まれたばかりのシマウマの赤ちゃんぐらいに、捕食者にとって格好の獲物となってしまったようだ。この数年で次々と悪徳商法に引っかかり、泣く泣く高額な料金を支払ってきた。
金額的に最も打撃となったのは、義父の退院直後(二〇一九年)に発生した「高圧ジェット水流洗浄事件」だ。
ある日、私が食品を届けに夫の実家に行くと、義父が真っ青な顔をして複数の紙を見ていた。一番上に請求書とあったため、金額を見ると、なんと二十万円近い請求額だった。「これ、何の請求ですか?」と聞くと、義父は、「わからない」と答えた。わからないってどういうこと? と慌てて紙を読むと、請求書だけではなく、「契約書」まである。そしてその契約書には義母の署名があった。
よくよく中身を確認してみると、下水の詰まりを掃除する業者との契約書兼請求書、見積書、そして作業内容が記された書類だった。作業内容を確認すると、「高圧ジェット洗浄作業一回二千円が五十回」(やりすぎだろ)、基本料が三万五千円、内視カメラ確認作業が一万五千円、その他、まるで「人間ドックか」と言いたくなるような作業内容がずらりと記載され、合計が二十万円近くになっていたのだ。いくらなんでも、高額過ぎないですか?
義理の両親と業者が繋がったのは、ポストに投函された広告用マグネットだった。退院後、自分がいない間に家の周辺の手入れができず、それを気に病んでいた義父が、自ら電話をかけて業者に見積もりを依頼した。しかし見積もり当日に寝込んでしまい、何も理解しないまま応対した義母が契約を結んでしまったというのが事件の真相だった。
結局、私が請求書を見た時点で実際の作業から数週間が経過しており、クーリングオフはできなかった(義父が自らコンタクトを取って依頼したものなので、期限の問題ではなかったのかもしれない)。この高圧ジェット洗浄事件以外にも、いろいろとトラブルは起きている。例えば、床下にいつの間にか扇風機を山ほど設置されたり、トイレの修理が複数回行われたり、「いつの間に?」という事件が何度も起きた。その都度、「わしはそんなつもりではなかったのに、いつの間にかそうなってしまった」と肩を落とす義父には、気をつけるよう言ってきたつもりだ。
しかし、このような経験を繰り返してわかったのは、騙されてしまった高齢者に対して「騙されないように気をつけて」と言うのは間違いだということ。不幸にも騙されてしまった高齢者を責める前に、悪徳業者の卑劣さを考えるべきなのだ。そして、彼らのアプローチを許さないことが大事だ。
わが家が今現在どのような対策をしているのかというと、高齢者の視界から悪徳業者の情報をシャットアウトするようにしている。週に一度は実家を訪れ、チラシやポスター類、マグネット広告などがあったら、不要なものはすべて廃棄するようにしている。そんなことをしながら、「私もいつか騙されるんだろうな」などと考えている。なにせ、そのような広告は、やけに目を引き、とても魅力的な商品に思えるからだ。