資生堂(4911)が苦戦していることをご存知でしょうか?
日本を代表する化粧品企業である資生堂は、近年その業績に大きな課題を抱えており、2024年9月4日には株価が年初来安値を更新するという厳しい状況に直面しています。こうした背景には、中国市場への依存や免税品販売の低迷など、複数の要因が重なったことにあります。
しかし、資生堂は創業以来、美と文化を社会に発信する企業文化を大切にしており、同社の成功はその文化活動の継続にも繋がります。そこで今回は資生堂が現在直面している課題を分析し、その復活の道筋と共に、文化的貢献についても考察していきたいと思います。
◆株価下落の背景と市場の反応
資生堂の株価は、2024年9月4日に6日連続の下落を記録し、年初来安値である3082円に達しました。この急激な下落は、SMBC日興証券が3日付で同社の投資判断を「アウトパフォーム」から「中立」に引き下げたことが大きな要因です。
この決定は、中国市場での売上低迷や免税品販売の不振に対する懸念から生じたものです。
アナリストは、中国市場での在庫調整が長期化し、利益回復が遅れると指摘しており、これが投資家の売りを誘発しました。特に中国市場における消費の減退が資生堂の業績に深刻な影響を与えています。
中国経済の成長鈍化と、富裕層と中間層の消費行動の二極化が進む中、資生堂はトラベルリテール事業でも打撃を受けています。この事業は免税品販売を主軸としており、主に中国人旅行者に依存しているため、旅行者数の減少が大きな影響を与えているのです。
◆中国市場への過度な依存がもたらすリスク
資生堂は、全体売上の約25%を中国市場に依存しており、この市場の動向が企業全体の業績に大きく影響しています。2020年代前半には、中国の富裕層をターゲットにした商品戦略が成功を収めていましたが、コロナ禍以降、消費の二極化が顕著になり、中間層以下の消費が大きく落ち込んでいます。さらに、資生堂の免税品販売事業も中国市場への依存度が高いため、旅行者の減少が事業全体に深刻な影響を及ぼしています。特に、空港などでの免税品販売が予想以上に悪化しており、この依存度が高いままでは、短期的な利益回復は困難と見られています。
◆地域ごとの売上とパフォーマンス
資生堂の2024年12月期第2四半期決算が8月7日に発表されていますが、決算内容を見ると、売上高は5085億円と前年同期比でわずか2.9%の増加に留まり、収益性の回復にはまだ課題が残っていることが明らかになりました。特に地域ごとの売上や事業のパフォーマンスを見ると、地域差が大きく、依存市場である中国での苦戦が目立ちます。
【日本市場 — 成長は続くが競争激化の兆し】
日本市場では、経営改革プラン「ミライシフト NIPPON 2025」に基づき、収益性の高いブランドに集中した戦略が功を奏し、売上高は1415億円、前年比13.1%増と好調を維持しています。特に「SHISEIDO」や「クレ・ド・ポー ボーテ」といったコアブランドが成長をけん引し、新しいファンデ美容液市場での成功も追い風となりました。また、訪日外国人旅行者数が回復し、インバウンド消費も増加傾向にあります。しかし、日本国内では化粧品市場の競争が激化しており、長期的な成長を確保するにはさらなるイノベーションが必要です。
【中国市場 — 成長鈍化とブランド力の維持が課題ー】
資生堂の売上の約25%を占める中国市場は、依然として重要な収益源ですが、成長の鈍化が見られます。2024年第2四半期の売上高は1317億円で、前年比0.8%増とわずかな伸びに留まりました。現地通貨ベースでは7.6%減と、実質的な成長はむしろ後退している状況です。
特に「SHISEIDO」ブランドは、福島第一原発のALPS処理水放出に伴う日本製品に対する不買運動の影響を受け、売上が大幅に減少しました。この結果、コア営業利益も前年同期比で6億円減の49億円となり、利益面でも大きな課題が残っています。
今後、中国市場での成長を維持するためには、消費者ニーズに即した商品展開とブランド力の強化が求められます。またプロモーション活動だけでなく、持続可能な価値提供を通じて、消費者の信頼を取り戻すことが重要になるでしょう。
【アジアパシフィック事業 — 順調な成長を示すが課題もあるー】
アジアパシフィック事業はタイを中心に堅調な成長を続け、売上高は344億円、前年比12.3%増と良好な結果を示しました。特に「アネッサ」や「Drunk Elephant」などのブランドが全体の成長をけん引しました。しかし、現地通貨ベースでの増加率は3.3%に留まり、為替の影響を除くと実質的な成長は5.9%にとどまっています。アジア地域全体での経済成長鈍化や市場競争の激化が、今後のリスク要因となり得ます。
◆欧米事業、トラベルリテール事業は?
【米州事業 — 生産減少が響き、減益にー】
米州事業は「SHISEIDO」や「narciso rodriguez」などの増収ブランドがある一方で、「NARS」や「Drunk Elephant」において一時的な生産減少が影響し、出荷が減少しました。売上高は572億円で前年比8.4%増となったものの、為替の影響を除くと実質的な成長は3.9%減少し、実質的な成長は見られませんでした。コア営業利益も26億円と前年同期比で約15億円の減益となり、利益率の回復にはまだ時間がかかる見込みです。
【欧州事業 — フレグランスが好調も全体は依然脆弱】
欧州事業は「SHISEIDO」や「narciso rodriguez」などのブランドが順調に伸び、売上高は628億円で前年比19.5%増という結果を示しました。特にフレグランス市場における積極的なマーケティング活動が成功し、収益性の改善につながりました。しかし、現地通貨ベースでは5.9%増にとどまり、為替や経済環境の影響が業績に与える影響を無視することはできません。
今後も積極的な市場展開が求められますが、欧州経済の不安定さもリスク要因と考えるべきでしょう。
【トラベルリテール事業 — 回復基調も中国市場での苦戦が続く】
トラベルリテール事業は、訪日外国人旅行者数がコロナ禍前の水準を上回ったことで、日本市場では力強い回復を見せました。しかし、中国海南島や韓国では、中国人旅行者の消費行動の変化により、売上が低迷し続けています。売上高は668億円で前年比13.7%減、実質ベースでは22.7%減と、トラベルリテール全体の成長にはまだ課題が残っています。
◆今後の復活への期待と道筋
資生堂は、今後の復活を目指すために、中国市場だけに依存せず、グローバルな成長戦略を強化する必要があります。特に欧州市場では高級化粧品の需要が拡大しており、「SHISEIDO」ブランドがその成長の中心となることが期待されています。
また、訪日外国人の増加に伴い、日本国内での免税品販売の回復も見込まれており、これが資生堂にとっての再成長のチャンスとなるでしょう。さらに、デジタル分野での取り組みも強化されており、オンライン販売の強化が今後の業績改善が期待されます。
◆資生堂の文化的貢献とその意義
資生堂は化粧品企業の領域に留まらず、創業以来、企業文化の継承と新たな感性の探求を通じて、社会に美やライフスタイルの価値を発信してきました。
例えば、1919年に創設された資生堂ギャラリーは、現存する日本最古の画廊として、現代美術を中心に幅広いアートを紹介しています。また、静岡県掛川市にある資生堂アートハウスは、同社が蒐集してきた具象絵画や伝統工芸を展示・保存する美術館として活動しており、文化的な遺産を後世に伝える重要な役割を果たしています。さらに、1937年に創刊された企業文化誌『花椿』は、現在でも季刊誌とWEBメディアの2つの形で発信を続けており、現代に生きる人々に向けて美や心豊かに生きるためのヒントを提供しています。
これらの文化活動は、資生堂の経営が安定してこそ継続されるものであり、同社の復活が期待される理由の一つでもあります。
資生堂は、長い歴史を持つ企業(1872年に創業)として、これまで数々の経済的な波を乗り越えてきました。中国市場での課題は依然として厳しいものの、同社の持つ文化的な遺産や、新たな経営戦略が成功すれば、再び輝きを取り戻す日も遠くないかもしれません。
特に資生堂の美術活動は、企業が単なる利益追求ではなく、社会全体に貢献し続ける姿勢を示しています。そのためにも、同社の事業復活は重要であり、文化の継承と新しい価値観を創造し続ける資生堂の奮起に個人的には期待したいと思います。
11月に発表される新たな経営戦略が、その復活のきっかけとなるか注目したいところです。
<文/鈴木林太郎>
【鈴木林太郎】
金融ライター、個人投資家。資産運用とアーティスト作品の収集がライフワーク。どちらも長期投資を前提に、成長していく過程を眺めるのがモットー。 米国株投資がメインなので、主に米国経済や米国企業の最新情報のお届けを心掛けています。Webメディアを中心に米国株にまつわる記事の執筆多数
X(旧ツイッター):@usjp_economist