『Destiny』『マウンテンドクター』と2クール続けて連続ドラマのメインキャストを務め、舞台初主演作『ラビット・ホール』(23)で読売演劇大賞優秀女優賞を、『ラビット・ホール』と『オデッサ』(24)で菊池一夫演劇賞を受賞した宮澤エマさん。
これまでの主戦場のイメージだったミュージカルに加え、映像作品やストレートプレイ(歌唱を含まないセリフ劇)でも評価と人気を高めている。デビュー当初、「宮澤総理の孫」としてテレビに登場していたことは、すでに多くの人の記憶にないかもしれない。
現在は、三谷幸喜さんが長澤まさみさんを主演に監督を務めた出演作『スオミの話をしよう』が公開中。三谷さんや長澤さんとの仕事の感想や、ミュージカルデビューから丸10年を超えた今だからこその、デビュー当初からの思いを聞いた。実は中身は「ちびまる子ちゃん」という素顔も明らかに。
◆忘れ物もしょっちゅう。典型的な妹タイプだった
――宮本亜門さん演出のミュージカル『メリリー・ウィー・ロール・アロング 〜それでも僕らは前へ進む〜』(13)で初めて舞台に立ってから、丸10年を超えました。それ以前に宮澤さんは、故・宮澤喜一元首相の孫の肩書きで、テレビのバラエティ番組に登場しています。
宮澤エマ(以下、宮澤):自分の名前を知っていただくことが、やりたいことに向かっていくひとつのきっかけになるということで、バラエティ番組やクイズ番組、報道番組にも出ていた時期がありました。ただ、私はタレントではなく当時から歌やお芝居、表現の場に出ていきたいと思っていました。そんな私が、どういった自分を出すことが正解なのか、正直分からない時がありました。私自身は「ちびまる子ちゃん」のような人間で、特にしっかりもしていない。そんな自分自身と「首相の孫」との融合が分からなかったんです。
――「ちびまる子ちゃん」のような、とは? 宮澤さんにはお姉さんがいますね。
宮澤:そうです。実際、まさに私は妹タイプ。8月31日になっても夏休みの宿題をやってなくて、みんなに見てもらうとか、忘れ物もしょっちゅう。宿題も「やってない、やばい!」と、学校のトイレで慌ててやる。ちょうどこの前も、そんな話を母にして驚かれました。「私はもしも宿題をやってなかったら、正直に言うしかないと思っていたけれど、エマちゃんはトイレでやってたの?」と。姉も母と同じだと。長女タイプにはない発想らしくて。普段はぼ~っとしてるんですけど、なんだかんだ上手く立ち回ってギリギリのところでどうにかなるから学習しないんです(苦笑)。それと、私、求められていることに適応する能力はあるんです。たぷん。そこは育ってきた環境も関係してるのかなと。
◆“求めてもらう自分”と“本来の自分”の間で混乱したことも
――というと。
宮澤:日本とアメリカを行ったり来たりしたり、転校を繰り返してきたこともあって、その場では何がベストなのかを、結構すぐに察知してブレンドしてしまうんです。特にバラエティ番組の台本のないアドリブ合戦のような場では、「ちょっとプライドの高そうなお嬢様キャラでやってほしいんだな」とか。(竹下登元首相の孫として一緒に出演することの多かった)DAIGOさんじゃないけど、“消費税”みたいなネタが必要なのか、とか。求められていることが理解できちゃうんです。でも……。
――でも。
宮澤:求めてもらっていることに沿ってやりたい自分と、一生懸命に祖父が築き上げてきた名前を、自分の親も生きている時代にあまりにもイメージが崩れるようなことはしたくないという自分、そしてさらに本来の、普通の私生活での自分の融合がよく分からなくなってしまって混乱してしまったんです。
◆このところは「宮澤元首相の孫なの?」と驚かれる
――バラエティ番組からは割と早めに卒業して、舞台に活動の場を移していった印象です。
宮澤:舞台でキャリアを始めさせていただけたことで、自分に足りない部分を感じられましたし、「早く上達しなきゃ!」と思えました。舞台では、首相の孫だろうがへたくそならへたくそと書かれて仕事が来ません。逆に言えば、自分が頑張れば「ちゃんとオーディションで選ばれたんだな」と見せられる場でもある。それに実際に宮澤元首相の孫だからと言ってお金を出して舞台を観に来る人なんて、いませんよね(笑)。「話題性じゃない?」というネガティブから入ったことは、ポジティブに転換していけるという意味で良かったなと思います。
――今や、ドラマや映画といった映像分野でも、女優・宮澤エマさんとして大活躍です。
宮澤:最初からピュアにお芝居だけでデビューできていたら、と思う自分がいなかったわけではありませんけど、でもタレントとしての活動がなかったら出会えていなかった人や、知ってもらえなかった人もいる。やっぱり名前を知ってもらうことが、最初ですから。そこがあったことによってここまで来ているので、後悔はありません。それにこのところ、ドラマに出るようになってから、「宮澤元首相の孫なの?」と言われるようになったんです。たったこの数年で、「首相の孫」のイメージが消えたのだとすれば、ここまで築き上げてきたことは大事にしつつも、そこに固執せず、次の10年はまた全然違う人になっていたら面白いなと思っています。
◆この仕事は一夜漬けではできない。特に三谷幸喜作品は
――ギリギリのところでどうにかなってきたタイプだとお話されていましたが、このお仕事を始めてから、ピンチに陥ったことは。
宮澤:それがこの仕事は、今までの論法が通用しないんですよ。ついつい先延ばしにしたくはなっちゃうんですけど、でも、準備期間をどれくらいするかによって、結果が変わって来るという「成功体験」が実際に多いんです。たとえば外国語とか方言とか、一夜漬けじゃどうにもなりません。あと、三谷さんのようにアドリブを求められる作品も、用意していたものと違うものを求められたときに、どれだけ返せるかは、より多くの準備があればこそなんです。とにかく三谷さんの現場は、予想だにしなかったことが出てくるので(苦笑)。
――三谷さんとは、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(脚本)、舞台『日本の歴史』など、幾度も組まれていますが、現在は『スオミの話をしよう』が公開中です。宮澤さんは、要所要所で登場する神出鬼没な女・薊(アザミ)役です。本作はクランクイン前にリハーサルもあったそうですが、それでも現場でかなり変更があったとか。現場に行って初めて聞く設定や演出もあるのでしょうか。
宮澤:はい。セリフが変わることはあまりないんですけどね。三谷さんの台本って、すごくシンプルな会話劇で、あまりト書き(登場人物のセリフ以外の動作や行動の指示)がないんです。なので、どういった動きになるのかは、その場に行かないとわかりません。確かに今回、リハーサルはありましたが、三谷さんも、クランクインして実際にカメラの前で動いている私たちを見て生まれてくるものがあるので、そこでポン!と言われることが、結構あるんです。それが「いや、思ってたのと全然違う」と。
――聞いているこちらは笑っていられますが、実際に演じるみなさんは大変ですね。
宮澤:それも準備してきたことと、180度違うことを要求されることが多いんですよ。面白くできないと、自分が滑った、私が面白くない人だ、みたいになってしまうので、必死です(苦笑)。最終的に、より面白くなるために、準備は必要ですね。
◆長澤まさみは「すごく真面目な方」
――主演の長澤さんはどんな方でしたか?
宮澤:長澤さんって、世間一般ではどんなイメージを持たれているんでしょうね。
――明るい方だというのと、あとはやっぱりどんな役でもできる俳優さんでしょうか。
宮澤:私は、俳優として破天荒な部分と芯の通っている両方の魅力的なイメージがありました。その期待は裏切らないままに、すごく真面目な方だなという印象です。お芝居や作品に対して、ものすごく頭で考えてらっしゃる部分と、「えいや!」と感覚でやられる部分がある。そういったところは、おこがましいですけれど、私も若干そういったタイプなので、なんとなく通ずるものを感じました。最初からフレンドリーに話しかけてきてくださいましたし、撮影中のピンと凛とした感じや、撮影の合間に見せるお茶目さのギャップも愛嬌があって、一緒にいてとても気持ちがよかったです。いろいろ相談もさせてもらいました。
――そうなんですか。
宮澤:今回、ふたりして「すごく難しいね」と。まさみちゃんも悩んでいたし、私もすごく悩んでいて、手探りで「これでいいんだろうか、あれがいいんだろうか」と作っていきました。そのプロセスをふたり一緒にやっていけたのは心強かったです。
――宮澤さんが一緒で、長澤さんも心強かったのではないでしょうか。
宮澤:化学反応をふたりで作れたことが楽しかったですし、私もまさみちゃんも、三谷さんとはこれまでにも関係性があるので、楽しかったですね。
◆デビューの頃は「時代物は出られないよ」と言われたことも
――カメラの外でのギャップの話もありましたが、どんなお話を?
宮澤:たわいもない話から仕事に対するスタンスまで。とてもフラットに何でもお話しました。『一緒にご飯に行きたいね』と言いながら、なかなかタイミングがなかったんですけど、ある撮影日に、『知り合いと今日、ご飯行くんだけど、行きます?』と誘われて。イキナリで『え、今日!? このあと?』と一瞬なりましたが、『行きます』とそのまま行きました。ここじゃ言えないような話もたくさんしました(笑)。一人の人間として、ハートをオープンにしている相手への気の許し方や、私生活を大切にしているところ、そういった部分も、とても信頼できるなと。仕事上の関係性だけじゃなく、人としてお付き合いのできる方です。
――今回は長澤さんとのシーンが多いので、おふたりの関係に注目ですね。本編では様々な衣装も披露していますが、宮澤さんは、和洋なんでも似合います。これまでの作品では、着物も着られていて、本当にお似合いです。
宮澤:ありがとうございます。『おちょやん』で初めて着たときは、大阪言葉で時代物で、お着物に三味線と、どれも得意じゃなくて大変だと思いました。着物は成人式の振袖以来でしたし。怖かったです。でも不思議ですよね。デビューの頃は、「ハーフだから時代物は出られないよ」と言われたんですよ。いい時代になったなと思います。
――一方で本作のラスト、黒のドレスで決めたミュージカルシーンも、もちろんさすがでした。今後、海外作品への挑戦は。
宮澤:面白いことに、逆に着物の印象が強くなっているらしくて、ハーフだと知らない人も多いようなんです。英語も喋れると思われてなかったりして(笑)。もちろん、海外作品にも挑戦できたらと思っています!
――ありがとうございました。楽しみにしています。
<取材・文・撮影/望月ふみ メアメイク/tamago スタイリスト/長谷川穣>
【望月ふみ】
ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi