熟年離婚、すなわち結婚20年以上の夫婦の離婚が増加傾向にあります。厚生労働省の最新統計によると、2022年の離婚全体に占める熟年離婚の割合は23.5%と過去最高を記録しました。一方で、熟年離婚には年金や財産分野など複雑な問題も伴います。本記事では、具体的な事例を交えながら、熟年離婚に伴う問題について、FPの三原由紀氏が解説します。
夫の定年退職で「夫婦がずっと一緒」の生活がもたらすストレス
智子さん(64歳)は、夫・幸男さん(65歳)の定年退職後の生活に悩んでいます。長年、多忙な会社員だった幸男さんが、突如として家にいる時間が増え、智子さんの生活リズムを乱し始めたからです。
智子さんと幸男さんは大学時代のテニスサークル仲間、結婚したのは智子さんが入社3年目の25歳の時でした。当時としては、ごく当たり前に寿退社をし、その後、出産をして子育てに専念、ひと段落ついてからは、扶養内でパートをしながら今に至ります。
子供たちはすでに独立、家族で暮らしていた戸建ては、正直なところ夫婦2人で住むには持て余しています。結婚当時の「金妻(キンツマ)ブーム」で、老後は庭のテラスでワインを楽しみながらといった暮らしを夢見たものですが、今や庭は雑草との闘いの場と化し、、テラスは老朽化し補修費を考えると頭が痛くなるばかりです。
「DIYでも習って補修してくれればいいのに、毎日家にいても、テレビを見たりスマホをいじったりしてゴロゴロしてばかり。私の行動を細かくチェックするようになって、『今日はどこに行くの?』『何時に帰ってくるの?』と聞いてくるのがうっとうしくて」と智子さんは嘆きます。
現役時代の幸男さんは単身赴任もあり、自宅で過ごす時間はごくわずかでした。その間、智子さんは自由を謳歌し、趣味のフラダンスに精を出し、フラ仲間とハワイに行くなど充実した時を送っていました。そんな智子さんが、絶対譲れないのはフラ活が脅かされることです。
更年期で辛かった時期を乗り越えられたのはフラに出会ったから、智子さんにとってフラは生きがいなのです。発表会が近づくと、レッスンが増えたり衣装代がかかったりと大変なこともありますが、パートを続けているのもフラのためと言っても過言ではありません。
しかし、智子さんの気持ちを逆撫でするように、「今日の夜もいないの?」「夕飯はどうすればいいの?」といちいち幸男さんが聞いてきます。決して悪意は感じないのですが、「これから一生こういう生活が続くのか」「もう耐えられそうにない」と、離婚の二文字が頭をよぎるようになりました。
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離婚を考えた智子さんが直面した現実
離婚を考え始めた智子さんでしたが、実際に離婚した場合の生活について調べ始めると、思わぬ現実に直面することとなりました。
幸男さんと智子さんは来年から完全に年金生活に突入します。年金額は夫婦で月23万円ほど。公的年金には「年金分割制度」があり、離婚すると夫婦の年金を分けて受け取ることができます。
しかし、だからと言って離婚しても経済的に安泰とは決して言えません。まず、分割できるのは、婚姻期間中の厚生年金だけ、そして、分割する割合は最大2分の1まで。割合は夫婦の話し合いで決めていきますが、さらに注意点もあります。
話し合いで分割割合の合意に至らない時は、家庭裁判所で調停、あるいは、審判の手続きを行うことになるのです。その際、扶養されている(国民年金第3号被保険者である)場合、合意なく分けてもらえるのは2008年4月1日以降の記録分で、割合は一律で2分の1と決められています。
智子さんの婚姻期間39年のうち、無条件で分けてもらえる厚生年金は半分以下の16年が対象です。幸男さんの厚生年金は月10万円ほどですが、これは新卒から退職するまで43年間、厚生年金に加入した金額なので、分けるとかなり少なくなることは想像に難くありません。
仮に合意できない場合、無条件でもらえる厚生年金は月1.9万円(※)ほど、最大額は婚姻期間の1/2で月4.5万円ほどです。智子さん自身の年金(国民年金)は約6万円なので、年金収入は8万円〜10.5万円ほど、と分割後の年金額は現在の半分以下になってしまいます。
貯金については、2,000万円ありますが、1,000万円は幸男さんの母親からの相続財産であり、原則、財産分与の対象にはなりません。夫婦が婚姻期間中に共同で築いてきた財産にはあたらないからです。
そして、実のところ、幸男さんが離婚に同意するとは思えません。強行突破で離婚できたとしても、最悪、月8万円の年金と財産分与で500万円受け取れたとしても、家賃や生活費を考えると暮らしていける展望が見えません。ましてやフラ活どころではありません。
(※)年収515.8万円x16年分x0.55%x1/2=22.6952万円÷12=1.891