<漫画>「幽霊が一切出てこない話」に大きな反響が。“ホラーが苦手”な作者がホラー漫画を描き始めたワケ

『僕が死ぬだけの百物語』は、「少年サンデーS」と「サンデーうぇぶり」で連載中のオムニバスホラー漫画。幽霊そのものの怖さと人間が持つ狂気が同居するストーリー展開が話題を呼んでおり、2024年10月時点で「八十九夜」を迎えている。

一つ気になるのは、漫画連載という荒波のなか、百物語が途中で終わってしまうリスクがあったのではないかということ。作者である的野アンジさんに、心臓が冷え切るような作品を描く発想の秘密に迫るだけでなく、百物語を構想した当時の心境についてもインタビューした。

◆もともとシュールなギャグ漫画を描いていた

――的野さんは、『僕が死ぬだけの百物語』の連載前はギャグ漫画を描いていたと聞きました。

的野アンジ:そうなんです。地球侵略に来た宇宙人がサッカーにハマるとか、少年と河童が仲良くなるとか、シュールギャグのようなテイストの漫画をよく描いていました。ある日、編集者さんから「的野さんの絵柄は、ギャグよりもホラーでこそ生かせるのでは?」と言われたのが、いまの作風に路線変更したきっかけですね。お化けや妖怪など、人外のキャラクターをデフォルメ化して描くのが好きだったのですが、そのなかにホラーを彷彿とさせるようなデザイン性を感じてくれていたようです。ただ、そのとき私がした返事は「絶対に無理です」の一言でした。

◆ホラーが苦手だからこそ描ける“恐怖”が

――なぜ無理だと思ったのでしょうか?

的野アンジ:実は、ホラーが大の苦手だったんです(笑)。テレビでホラー番組が流れるものなら、一瞬たりとも目に映らないように高速でチャンネルを変えていました。なので、自分がホラーを描くなんてことは選択肢にすら入らなかったんですよ。ただ、編集者さんから「怖いものを怖いと思える人の方が、恐怖を感じるポイントを知っているぶん、実はホラーを描く素質がある。」と言われて。大好きな漫画のためなら……と思いホラーへチャレンジすることにしました。

――いまも、苦手なホラーと向き合いながら作品づくりを続けているのでしょうか?

的野アンジ:実は、ホラーを観る視点が変わったおかげか、怖いものにはしっかり耐性が付きました。人に恐怖を覚えさせる展開や見せ方に興味を持つようになり、怖さが二の次になったことが大きいですね。ホラーを描くと決めてからは、とにかく怖いものに触れることを意識しました。ジャパニーズホラーのじんわりした恐怖こそホラーだと感じていたので、日本の怖い小説や映画などの作品をひたすらに吸収していましたね。とくに、ホラー漫画家の伊藤潤二さんの作品は、いまの作風にたどり着くまでの刺激になったと思います。ホラーを描くなかでも、人間らしさを感じられるようなストーリー展開が面白くて、大好きな漫画家さんの一人です。

◆生きている人間の心と、死んでしまった人間の心が絡み合う作品に

――百物語をテーマにしたきっかけを教えてください。

的野アンジ:読み切り作品ばかりを描いていたので、いざ連載を意識したときに、オムニバス形式だったら話を展開させやすいのでは? と思ったのがきっかけですね。ただ、ホラー漫画とオムニバスをかけ合わせる場合、その作品の顔になるような「語り手」が必要だと感じました。すべての要素を備えているものを考えたときに、キャラクターが一つずつ恐怖を語っていく「百物語」がマッチしていることに気付いたんです。

――『僕が死ぬだけの百物語』は、幽霊の怖さだけでなく、人間の怖さを感じるストーリー展開が魅力です。作品には、どのようなこだわりがあるのでしょうか?

的野アンジ:ただ怖いだけではなく、「生きている人間の心と、死んでしまった人間の心」が絡み合う話を描くことを意識しています。ホラーを描くにあたり「幽霊って、私たちにとってどういう存在なんだろう」と深く考えました。そのなかで、もともとは幽霊も人間だったことに立ち返れたんです。幽霊を人間として捉える考え方は、現在の恐怖を身近に感じてもらえるようなストーリー展開にもつながっています。

◆「幽霊が一切出てこない話」に大きな反響が

――読者からの反響が良かったものはありますか?

的野アンジ:第八夜の「喧嘩」は、幽霊が一切出てこない話にもかかわらず、大きな反響があった作品です。はじめは、セオリー通り幽霊と人間が絡む話にしていたのですが、構想と噛み合わずうまく話にできなかったんですよね。そこで、思い切って人と人の話に変えてみたら、オチ自体もより磨きのかかったストーリーが完成しました。とはいえ、「感動した」「友情を感じた」などの反響が多かったのには正直驚きました。私のなかでは、結果的にかなり残酷な話に仕上がったと感じていたので……。

◆「前代未聞」だからこそ得られるライブ感も楽しんでほしい

――いまでこそ人気作となっていますが、百物語がテーマだと、途中で連載が終了してしまうリスクが大きかったのではないでしょうか。

的野アンジ:そうなんです。だから、この百物語を描くにあたっては、売れることが絶対条件で始まりました。物語は確実に100個目に向かって突き進んでいくので、途中で路線変更などはできません。連載終了を告げられたら、それこそ読者は消化不良で終わってしまいます。ただ、評価され続けなければならないというプレッシャーは、私のなかでも作品のクオリティをあげる原動力になりました。現在は、多くの方が作品を手にとってくれたおかげで、このまま百物語を最後まで描けるのではないかと思っています。

――百物語は、ついに終わりが見えてきました。的野さんより、物語の最後が楽しみになるようなメッセージをいただきたいです。

的野アンジ:いまからでも十分間に合うので、ぜひ百物語の終わりを一緒に迎えてくれると嬉しいです。先ほども話した通り、この物語は最後まで描き切ることが前提でストーリーが展開されています。「途中で終わったら洒落にならない。」そんな前代未聞の作品だからこそ、クライマックスに向かって進んでいく“ライブ感”を楽しめるのはいまだけです。まったく新しい漫画の楽しみ方として、ぜひ作品の終わりをリアルタイムで一緒に体感してほしいなと思っています。

<取材・文/川上良樹>

【川上良樹】

エンタメ好きなフリーライター。クリエイターやアイドルなどのプロモーション取材を手掛ける。ワンドリンク制のライブが好き。