日系航空会社CAから六本木のクラブママを経て作家となった蒼井凜花が、実際に体験した、または見聞きしたエピソードをご紹介。今回は「飛行機内の迷惑客」についてお届けする。
◆有名女優と同乗した中年男性の迷惑客
長年フライトをしていると、有名人と接する機会も少なくない。皇室関係者、タレント、スポーツ選手、ミュージシャンなど様々だ。もちろん、すべてのお客様が快適に過ごしていただけるよう努めている。
しかし、中には有名人と同じフライトになり、無理難題を押しつけてくる“トンデモナイ迷惑客”がいる。
ある日、九州へのフライトで、正統派美人として名高い女優・K子さん(30代)が後方の目立たぬ席に座った。筆者はすぐに「K子さんだ」とわかったが、本人は帽子をまぶかにかぶり、サングラスをかけ、目立たぬよう一人でいる。マネージャーらしき人物もいない。
「たしか彼女は九州の出身だから、ご実家に行くのだろうか」と、そっと注目していたところに予想外の出来事が起こった。
ドリンクサービスを終えたとき、とある中年の男性客がギャレーに来て、筆者に「最後列に座っているお客、女優のK子さんだろう?」と聞いてきたのだ。
◆男性客から“まさかの要求”
もちろん、お客様情報は教えられない。筆者は表情を和らげ「そのような情報は特に入っておりませんが……」と取り繕った。
たしかに「特別旅客」というカテゴリーは存在する。妊婦や車いすが必要な方、目や耳がご不自由な方やプリズナー(被疑者)などは、事前にインフォメーションがあるが、芸能人や有名人はその限りではない。
だが、男性客は鬼の首を獲ったかのように「隠さなくてもいいよ。わかっているんだから」と鼻の下を伸ばした。
そして、さらに目をギラつかせてこう告げたのだ。「頼みがある。あの女優の使用済み紙コップが欲しい」と……。
これには唖然とした。むろん、「そのようなことは致しかねます」と丁重に断った。
しかし、男性客も引きさがらない。彼は断固として「お願いだよ。昔からの大ファンなんだ!」と譲らず、拝み倒す始末。大ファンの女優が使った紙コップがどうしても欲しいらしい。
◆ベテランCAが出した結論
しばらく押し問答が続いた結果、ひとまず落ち着いてもらおうと、筆者は「パーサーに相談しますので、お席でお待ちください」と席にお戻りいただいた。
しかし、着席後も彼は後ろの席を振り返ってはK子さんを盗み見るばかり。他のCAたちにも迷惑客の情報を共有し、前方のギャレーにいるパーサーに事の顛末を話しに行った。
この日のパーサーは、切符のいいアネゴ肌で知られたベテランCAだった。筆者が困惑しながら説明すると、「そんなにしつこい客なら、これを渡してらっしゃい」と、パーサー自ら、真新しい紙コップを棚から取りだし、口紅を塗った唇でカップの縁をパクリ。深紅のルージュのついた紙コップを渡してきたのだ。
筆者が「えっ?」と思う間もなく、「これで問題ないでしょう?そろそろ着陸だから、準備をして」と涼しい顔。
◆男性客のリアクションは…
そして、飛行機は目的地に到着。筆者は機内備え付けのエチケット袋に紙コップを入れ、くだんの男性客に接近し、小声で「今回だけですよ」とパーサーの口紅がついた「それ」を丁重にお渡しした。
何も知らない男性客は、目を潤ませ「ありがとう。一生大切にするよ」とお宝ゲットと言わんばかりの満面の笑み。
そのようなハプニングなど知るはずもない女優のK子さんは、CAたちに「お世話さまです」と一礼しながら華麗に降りて行った。
「有名税」と言えばそれまでだが、迷惑客の中にはストーカーまがいの行為をする客もいる。でも、そこはプロフェッショナルのCAたち。どんなに大金を積まれても、お客様の使用済みカップを売るような行為はしないので、有名人の皆さんは安心してほしい。
それにしても、迷惑客をいとも簡単に撃退したパーサーはお見事だった。
文/蒼井凜花
【蒼井凜花】
元CAの作家。日系CA、オスカープロモーション所属のモデル、六本木のクラブママを経て、2010年に作家デビュー。TVやラジオ、YouTubeでも活動中。