映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でレオナルド・ディカプリオ演じる主人公のモデルとなったジョーダン・ベルフォート氏が語る投資術。ある日、義弟のフェルナンドから「相談に乗ってほしい」と言われたベルフォート氏。なんとフェルナンドは、60日足らずで10万ドル近い投資額を失ってしまったのだ。60日のあいだに一体なにが起こったのか? ベルフォート氏が、彼に伝えたこれからの投資戦略とは? 本記事は、ベルフォート氏の著書『ウォールストリート伝説のブローカーが弟に教えた 負けない投資術』(久保田敦子訳・KADOKAWA)より一部を抜粋・再編集したものです。

最初の儲けで調子に乗って大損した義弟の結末

私…筆者

クリスティーナ…筆者の妻

フェルナンド…妻(クリスティーナ)の妹の夫。筆者の義弟

ゴルディータ…フェルナンドの妻であり、クリスティーナの妹

6週目の末までに、勝負は決まっていた。丸々1ヵ月以上、勝ちがひとつもなく、10万ドルの元手から、残高は1万ドルを切り、3000ドルに向かっていた。

どうやったらここまで一貫してヘタを打ち続けることができるのだろうか? ほかの面で義弟がどんな人物かを知っている身としては、本当に不思議だった。彼はまさに絵に描いたような成功者であり、立身出世の鑑(かがみ)だ。ブーツにまで気を配る洒落者でもある。

彼の本業は金属業であり、ブエノスアイレスの郊外に大きな工場を所有している。結婚したばかりで、若い妻ゴルディータと可愛い2歳の息子ヴィットリオと共に、内装がピカピカに整えられた寝室が3つもあるマンションに住んでいる。そこはブエノスアイレス屈指の高級で安全な地域にそびえる46階建てのミラーガラス張りのタワーで、その33階をワンフロア占有している。

その夜、白い麻のホルタートップを着たゴルディータは困り顔で私の左隣に座っていた。可哀想なゴルディータは、夫の無残な投資報告書を理解できないでいた。私は心から同情していたが、こんなに緊迫した瞬間にも、私は笑わずに、彼女の顔を直視して名前を呼ぶことができなかった。

ゴルディータはスペイン語で「太っちょの女の子」という意味だが、彼女自身は身長165センチ、体重45キロのブロンド美女だ。だから、アルゼンチンでは「太っちょの女の子」が愛情を込めた呼び名だと聞かされても、彼女がみんなからゴルディータと呼ばれていることの違和感が拭えない。

もちろん、私にはこんなジョークがすぐさま頭に浮かんだけど。「やあゴルディータ、調子はどうだい。体重のことはさておき。最近もホットドッグの早食い競争に出場しているかい?」もっとも、本当にゴルディータな女の子をゴルディータとは呼ばないという暗黙の了解はあるらしい。

それはさておき、私の義理の妹は、矛盾が服を着て歩いているようなものだ。彼女にはオルネーラという本名があるが、誰もそう呼ばないし、ゴルディータと瓜二つの姉クリスティーナ――何を隠そう私の四番目の妻だ――を含む誰もが不釣り合いなあだ名で呼ぶ。

このとき、ゴルディータは座ったまま前に身を乗り出し、驚愕を露わにした。頭を抱え込み両肘をテーブルにつき、上半身を45度の角度にかがめて「いつになったらこの悪夢から覚めるの」とでも言うように頭をゆっくり前後に振った。

そりゃそうだろう、と私は思った。フェルナンドの投資にはほとんど関わっておらず、事後報告を受けただけのゴルディータは、夫婦共有の証券口座を空っぽにした夫が献身的な妻からかけられて然るべき言葉をかけた。

「何考えてんのよフェルナンド! あんたバカなの? よく知りもしないことに手を出して。ロビンフッド[訳注:投資アプリ]のアカウントなんかさっさと削除して、金属工場に戻れっつーの。そうすりゃあ少なくとも一文無しになることはないだろうから!」

ゴルディータが有能な秘書タイプだったことで、事態はフェルナンドにとってさらに厄介になった。何でも管理したがり、どんな細かいことも見逃さないタイプで、私やクリスティーナを含む家族全員の運転免許の失効日やパスポート番号を記憶するのが自分の役目だと思い込んでいる。つまり、誰も彼女を誤魔化すことはできないのだ。

しかし、その夜は形勢が逆転していた。ゴルディータがクリスティーナに頼る、滅多にない場面だった。それも通訳として。そのため、クリスティーナはフェルナンドとゴルディータと向き合う形で、私の右隣に座った。

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「あんたがなくしたお金でシャネルのバッグがいくつ買えたと思ってんの?」

しかし、その夜の通訳で、クリスティーナには大きな障害があった。ゴルディータが早口すぎるのだ。実際、彼女が平静なときでも、話そうと口を開くと、スペイン製のガトリング銃が弾丸の代わりに言葉を連射しているかのようだった。そしてその夜の彼女は平静どころではなかった。

「信じられない! どうやったらこんなあっという間に私たちのお金をなくせるの? あんな大金を! 株式市場は下落してないのに。今朝私もチェックしてみたのよ、ほらこれ」ゴルディータはスペイン語でまくし立てながら自分のスマホの画面を掲げた。

そこには、株式市場のアプリが開いていた。「見てよ。彼が投資を始めたときより上がってるじゃない。それなのに、私たちはすっからかんよ! どうしてこんなことになっちゃったのよ。こんなはずない。絶対、絶対おかしい」スペイン語はある程度できるはずの私でも、最初の数語――信じられない――しか聞き取れなかった。ほかの言葉はみんな、突風のように私の前を吹き抜けていった。

私はクリスティーナの方を向いて、「ほら、俺がいつも言っているとおりだろう。君の妹の言っていることは誰にもわからない」と言わんばかりに両手のひらを上に向けてひらひらさせ、眉を上げた。

クリスティーナは肩をすくめて言った。「彼女は不満なんだって」「ああ、それなら俺にもわかる。どこかで『不可能』と聞こえた気がしたけど」私はゴルディータに向き直り、ゆっくりと英語で言った。「あなた、『不可能』と、言いましたか。ゴルディータ」「はい。不可能」彼女は訛(なま)りのきつい英語で答えた。

「でも、フェルナンド、これをやった」義弟はゴルディータの左隣に座り、頭をゆっくり振りながら投資報告書の写しをじっと見下ろしていた。彼はまっさらなポロシャツを着て「そうさ、確かにやっちまったよ。でも俺はまだまだ金持ちだし、何もこの世の終わりってわけじゃないだろ?」と言わんばかりの、うっすらと皮肉な笑みを浮かべていた。

それは、世の亭主諸君がこのような状況で必死に押し殺そうとするタイプの笑みだった。なぜなら、それを妻に見られようものなら「何がそんなに可笑しいの。あんたがなくしたお金でシャネルのハンドバッグがいくつ買えたと思ってんの?」とかみつかれるのがオチだからだ。

私はクリスティーナに聞いた。「ほかには何て?」「どうしてこんなにあっという間に二人のお金がなくなったのか理解できないって。彼女自身、スマホにアプリをダウンロードしたけど、そのアプリによると、株式市場は上昇しているから、2人はお金を増やしたはずだって。なくすんじゃなくて。なんでこんなことになったのかわけがわからないって」

そして彼女はフェルナンドとゴルディータの方を向いて、彼女が今言ったことをスペイン語で繰り返した。「そのとおり」とゴルディータは叫んだ。「わけわかんない」「何がわかんないんだよ」とフェルナンドが口を挟んだ。

「株で金を失う奴は大勢いるじゃないか。今回は俺がそのひとりになっただけで、別に世界が終わるわけでもないさ」ゴルディータは胴体をほとんど動かさずに、頭だけをフェルナンドのほうにゆっくりと向け、凍り付くような視線で彼を射貫いた。言葉は必要なかった。

「なんだよ。俺、何か変なこと言った?」フェルナンドは無邪気に答えた。そして私を見て彼なりに精一杯の英語で付け加えた。「俺のせいじゃないよ! みんな、株で金をスってるじゃないか。君は違うけどね。俺は普通の人の話をしているんだ。わかるよね」

「もちろん」と私は答えた。「100パーセント理解したよ。『普通』に『俺』が含まれることなんて滅多にないからね。ごもっともだよ」

「彼はそんな意味で言ったんじゃないわ」と通訳が口を挟んだ。「フェルナンドはあなたを愛しているわよ」「わかってる」私は心を込めて答えた。「冗談だよ。いずれにせよ、俺の言うとおりに訳してくれ。こんなふうに細切れだと、話がややこしくてしょうがない」「わかったわ。じゃあ、どうぞ」とクリスティーナが促した。

私は深く息を吸い込んでから言った。「えっと、まあ、君が言うことには一理あるよ、フェルナンド。株で金をスる奴は大勢いる。しまいには破産する奴だってね。だがしかし! みんながみんな、大損するわけじゃない。儲ける奴らだって大勢いる。プロに限らず、素人の投資家だってね」

「ただし、君の投資のやり方でじゃない。君のやり方は、雄叫びをあげて突撃するような……」

「オタケビ? 何それ」通訳が口を挟んだ。

「俺が言いたいのは、素人投資家が四六時中売ったり買ったりして金儲けするのは不可能だってこと。時間の問題で、しまいには必ずすっからかんになる。株式市場でも暗号資産市場でも同じこと。たいてい、暗号資産のほうが幾分早くそうなるけど。暗号資産市場のほうが投資コストが高額で、詐欺まがいのものも山ほどあるからね。だから、この世界のことをちゃんと理解していないなら、遅かれ早かれ地雷を踏んで、吹き飛ばされることになる。絶対に」