長寿大国の日本では“長生きリスク”という言葉も生まれるほど、老後の期間が延びています。定年後は現役時代のような収入が望めない以上、家計の変化には細心の注意を払わなければなりません。しかし、それでも、老後のマネープランが崩れてしまう原因は思わぬところに潜んでいるものです。サウナ通いが老後の楽しみだったAさんの事例をもとに、牧野FP事務所の牧野寿和CFPが解説します。
定年後、趣味のサウナに足しげく通う66歳Aさん
元サラリーマンのAさん(66歳)は、5歳年下のパート勤めの妻と、とある地方都市で暮らしています。住まいは分譲マンションで、住宅ローンは返済済みです。
Aさんは大学卒業後、法人向け機器メーカーの営業マンとして60歳まで勤めあげました。その後5年間は嘱託として再雇用を受け、昨年退職。退職時の貯蓄は退職金を含めて約2,000万円でした。
現在の収入は年金のみで月額18万円ほど。また、2年後には妻の「特別支給の老齢厚生年金」が加わり、夫婦で月20万円となる予定です。さらに70歳以降は月に約23万円まで増える見込みであり、老後の金銭的な不安は小さかったといいます。
そんなAさんの現在の楽しみは、3日に1回のサウナ通いです。
朝起きるとすぐに近所の健康ランドへ出かけ、のんびりとサウナにいそしみます。その後は食堂で大ジョッキの生ビールを飲みながら昼食をとり、休憩スペースで昼寝。たっぷり楽しんだあと夕方帰ってくるといったコースで、1日4,000円、月4万円はサウナ通いに費やしていました。
Aさんの目に止まった、近くの“娯楽施設”
そんなある日のことです。サウナに行くにはいつも施設の送迎バスを利用していましたが、その日の帰り、ロッカーに忘れ物を取りに行ってるあいだにバスが出発してしまったのです。
「次のバスまで30分くらい時間があるなあ……」ぼーっと外のバス乗り場に立っていると、近くのパチンコ店が目に入ってきました。
実は、Aさんはサラリーマン時代、パチンコに苦い思い出があります。
バブルが崩壊した1990年代、業界全体の需要が伸び悩み、業務中にパチンコに行って暇をつぶしていたときがありました。
はじめは暇をつぶす目的だったのですが、Aさんはどんどんパチンコにハマり大損。2人目の子どもが生まれたばかりの妻にバレた結果、離婚寸前のトラブルに発展したのです。
激怒した妻にAさんは、「子どもたちが成人するまでは、一切ギャンブルはしないと誓う」と約束。言葉どおり、これまでその約束を破ったことはありませんでした。
しかし……。
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20分でやめるぞ… “禁断の楽園”に足を踏み入れたAさん
次の送迎バスまで、約25分。Aさんは、「子どもたちも独立したし、俺は意志の強い人間だ。さくっとやって、20分で戻ってこよう」と、30年ぶりのパチンコ店に吸い込まれていきました。
数時間後。店から出てきたAさんは、思わず天を仰いでしまいました。久しぶりにパチンコをしたAさんの感想は、「あのころとは使うお金がひとケタ違う」です。たった数時間でサウナ代1ヵ月分の約4万円を失ってしまいました。
翌日以降のAさんは、パチンコで損したお金を取り戻そうと、サウナどころではありません。妻には何食わぬ顔で「今日も健康ランドへ行ってくるから」と言って家を出ては開店前からパチンコ店に並ぶ日々。
しばらくは妻にバレないよう午後からはサウナに行くなど、偽装工作にも余念がなかったAさん。しかし、負けが込んでくるとサウナへ行くことも忘れ、妻から不審がられることも増えてきました。
また、パチンコでの負け額が増えていくにつれ、さらに大きなリスクを追って一発逆転を狙うようになったAさんは、パチンコだけではなく、競馬にも手を出してしまいました。最初こそビギナーズラックで大穴を当てたAさんでしたが、その後は負けるばかりです。
こうした生活を続けた結果、Aさんの預金残高は、退職後1年も経たないうちに1,000万円を切っていました。
次第にAさんの形相も変わり、嫌な予感がした妻はAさんに尋ねました。「ねえあなた、まさか……」
Aさんはもう隠しきれないと、ギャンブルを再開してやめられなくなっていることを白状。本人の意思だけではどうにもできないと思った妻は、病院へ連れていき、Aさんは「ギャンブル依存症の1歩手前」と診断されました。
今後の治療は専門医に委ねるにしても、崩壊してしまった家計はこれからどうすればいいのか……妻はAさんと、知り合いのCFPに家計改善と今後の資金繰りについて相談することにしました。