離婚した父母の双方が子どもの親権を持つ「離婚後共同親権制度」が、2026年から導入される。夫婦に子どもがいる場合、離婚時に協議して共同親権か単独親権かを選び、調整がつかなければ家庭裁判所が「子の利益」の観点からどちらにするかを判断する。
共同親権制度の導入に伴い、様々な局面で家庭裁判所の負担増大が想定される。具体的にどのような負担が考えられるのか。それに備えて裁判所等の人員体制の整備はどのように進められているのか。関係者に取材した。
懸念される「家庭裁判所の業務の停滞・遅延」
かつて家庭裁判所の裁判官をつとめ、退官後も弁護士として家事事件を数多く担当してきたA弁護士は、自身の経験から、共同親権の導入にあたって「家庭裁判所の受け入れ体制」に不安があると述べる。
A弁護士:
「家庭裁判所のシステムは、当事者の話し合いや合意を重視する『古き良き時代』の仕組みなので、時間がかかります。
また、家事調停では、裁判官1人と調停委員2人が関与しなければなりません。
ただでさえ、現状の家裁は人手不足で、施設も足りません。調停室に空きがない、裁判官のスケジュールが合わないという事情によって『家裁の支部に遺産分割の申し立てをしたら期日が4か月後になった』などという話もザラにあります。
そこに共同親権に関する事務が加わってくるとなれば、家庭裁判所の人的・物的資源が奪われ、これまで以上に家裁の業務が停滞してしまうのではないかと危惧しています。
また、共同親権に関する事務が長引くことで、DVの被害者等が過酷な状況に追いやられる可能性があります。
相手方が共同親権を求めてきて、調停が行われることになれば、相手方と顔を合わせて話し合いをしなければならず、嫌な思いが続くことになります。離婚しようと決意する段階で、共同親権についての争いが2年や3年も続く可能性があるとなると、『少々殴られても我慢しようかな』と心が折れてしまう人もいるのではないかと危惧されます」
共同親権に関する事務が停滞することを避けるには、最低限、裁判所の側での受け入れ体制の整備が急務といえる。
裁判所の「受け入れ体制」の整備は進んでいるか?
裁判所側で、共同親権の導入にあたっての「受け入れ体制」を整える動きがあるのか。全国の裁判所職員で組織する全司法労働組合(全司法)の中矢正晴委員長は、家庭裁判所の職員の人数が圧倒的に不足していると述べる。
全司法労働組合(全司法)中矢正晴委員長(全司法本部(最高裁判所内)にて/弁護士JP編集部)
中矢委員長(全司法):
「懸念される点は大きく分けて2つです。
第一に、単独親権にするか共同親権にするのか決める段階の問題です。父母の協議で決まらない場合は裁判所が決めることになります。後で詳しく述べますが、それには大変な労力がかかります。
共同親権をめぐる争いはそもそも非常にシビアな事件になることが想定されます。また、これまで、離婚した時に親権を得られなかったことに不満を持っていた人たちが、共同親権を求めて一斉に申し立てを行う可能性が考えられます。
第二に、共同親権に決まった場合の親権行使の場面での『単独で親権を行使できるケースと、双方が合意して行使しなければならないケースの区別』の問題です。
国会での法案審議でも話題になりましたが、この問題は、関係省庁の担当者でさえ回答に窮するものもあり、必ずしも明確ではありません。父母で話し合いがつかなかった場合に備え、裁判所が関与して調整するための手続きが設けられました。そのための労力の負担も想定されます」
「家裁調査官」が圧倒的に足りない
全司法は、労働組合として、それぞれの職場から人員の状況について報告を求めている。中矢氏は、「裁判所全体として人手不足だが、特に家庭裁判所に人が足りない」と説明する。
中矢委員長(全司法):
「家事事件はずっと増加してきており、しかも、内容も複雑化しているという実態があります(【図表】参照)。
人員不足と相まって、結果として事件処理が遅くなり、期日が2か月先、3か月先と延びていくような状況が既に起きています。
その上、共同親権に関する事件が増えるとなると、対処できないのではないかと危惧しています。
特に、家裁調査官が不足しています。
現在、家裁調査官の定員は全国で1598名です。もともと1523名だったのが、2000年~2004年の司法制度改革のときに、離婚事件等の『人事訴訟』の家裁への移管等に伴い、60名増員し1583名になりました。そこから20年間で15名増員しましたが、現場からは『これまでの規模感では足りない』『もっと増員してほしい』という声が出ています。
また、家裁調査官はすべての家裁の本庁・支部に配置されているわけではありません。必要に応じて近くの庁から『填補』という形で出張してもらって処理しているケースもかなり多いのです。
こうした状況に加えて、さらに共同親権に関する事務も増えるとすると、正確な予測はきわめて難しいのですが、200~300名ほど増員してもらわなければ、とても足りないのではないかと考えられます」
【図表1】家事審判の新受件数の推移(2004年~2023年)(出典:裁判所データブック2024)
家裁調査官の役割の重要性
中矢氏は、家裁調査官の役割がこれまで以上に重要になってくると指摘する。
中矢委員長(全司法):
「共同親権制度では、子どもの利益が最優先されるべきです。
家裁調査官の重要な仕事は、家庭環境について把握して、子の意思を確認し、裁判官に報告することです。
いきなり子どもを呼んで『どう思う?』と聞くのでは意思を確認したことになりません。父母双方や保育所等の先生から話を聞いて状況を把握し、子どもに信頼してもらうために手紙を出したり、家庭訪問して一緒に遊んだりして、『今度裁判所に来てね』と伝えます。
子どもに質問したときの受け答えの内容だけでなく、表情や態度などから、心理学的な知見を用いて本音を探ります。
夫婦の紛争が続く中で手続きが進み、場合によっては裁判所が親権を決定しなければならない、となると、家裁調査官の役割はますます大きくなります。
事件が簡単か複雑か、表面に現れてくるものだけでは分かりません。共同親権は子どもの利益にかかわる問題なので、家裁調査官による意思の確認をしっかりやらせることが不可欠なはずです。中途半端な形で決めてしまうと、子どもが不幸になります。
少年事件と違って、家事事件については、家裁調査官を関与させるかどうかは裁判官が決めます。共同親権が問題になる事件についても同様です。もし、裁判所が『人員不足』を理由として、家裁調査官を関与させない判断をすると、大変なことになります。
子どもの父母も、専門の職員が手順を踏んできちんと関与した場合とそうでない場合とでは、納得感と裁判所に対する信頼が大きく違います」
与野党の全会派が職員の増員に「賛成」なのに…
全司法では、国会に対し毎年、国会(衆議院と参議院のそれぞれ)に対し「裁判所の人的物的充実を求める請願」という請願署名を提出し、通算28回、ここ12年は連続して採択されている(【図表2】【図表3】参照)。
請願書の提出には国会議員の「紹介」が必要であり、慣例として、委員会で全会派の一致を得なければ採択されない。
採択に至るハードルは高く、採択されること自体がきわめて稀である。にもかかわらず採択され続けている実績から、すべての会派が裁判所職員の増員の必要性を認識していることがうかがわれる。
【図表2】「裁判所の人的物的充実を求める請願」の署名用紙(表面)
【図表3】「裁判所の人的物的充実を求める請願」の署名用紙(裏面)
中矢委員長(全司法):
「与野党を問わず、衆参両議院のすべての会派に紹介議員がいます。その中には、共同親権制度の熱心な推進派の方もいます。
また、与野党の全会派の法務委員を訪れて話を聞いてもらっていますが、紹介議員以外にも『家裁の人的物的充実、頑張ってくださいね』と言ってもらえる方もいます。
公務員を減らすべきと主張している政党の委員であっても、『共同親権の問題があるから裁判所職員を増員すべきだ』と賛同してくれています。
党派を超えて賛同を得ていると理解しています」
裁判所職員の定員は「
裁判所職員定員法
」で定められている。共同親権の導入に伴う裁判所職員の増員について、国会の全会派が賛同しているはずなのに、法改正による増員が実現していないのはどういうことか。
中矢委員長(全司法):
「裁判所職員定員法は毎年のように改正されていますが、共産党以外の賛成多数によって、増員がなされずに成立しています。
法案審議の際には『裁判所の事務を合理化、効率化することに伴い人員を減員する必要がある』といった立法趣旨が示されます。
議員の立場からすると、そのことと、共同親権の導入に伴い裁判所職員の増員が必要だということが、なかなか結びつかないのかもしれません」
最高裁事務総局は「現場の実態」を把握しているか?
とはいえ、この問題を国会だけの責任にするのは酷かもしれない。なぜなら、国会が「裁判所職員定員法」による裁判所職員の増員を行わない重大な要因として、最高裁からの職員増員の要請が行われていないことも挙げられるからである。
すなわち、憲法で「司法権の独立」が定められているため(憲法76条3項、77条、80条参照)、裁判所からの要求がないのに国会が人事に関する事項を勝手に決めるのは好ましくないという「自制」が働いている可能性が考えられる。
裁判所の人的・物的インフラの整備をつかさどる最高裁の「事務総局」は、この問題について、政治部門にどのように働きかけているのか。
最高裁は、財務省に対し、来年度の裁判所の予算について
概算要求
を行っている。
これによれば、「48名の増員」と「61名の定員合理化等」を求めており、全体としては「減員」となっている。家裁調査官の増員は5名のみ、しかも速記官から家裁調査官への「振り替え」である。書記官・裁判官の増員はない。
最高裁でデジタル関係の企画部門を担当する事務官を43名増員する一方で、下級裁判所の事務官等は61名減員する(うち5名は上述した速記官から家裁調査官への振り替え)。つまり、裁判等の現場にかかわる職員を減らす方向性がみてとれる。
裁判所の人的・物的な体制を整備し管理する立場にある最高裁の「事務総局」は、現場での人員不足の実態をどこまで把握しているのか。中矢委員長は「きちんと伝わっていないと感じることは多い」と述べる。
中矢委員長(全司法):
「労使交渉で事務総局と交渉していて、我々が『職場からこういう話があります』と伝えても、初めて聞いたようなリアクションをされることがあります。
最高裁の事務総局は、下級裁判所の事務局を通じてヒアリングを行っているはずです。しかし、そこからリアルな実態がどの程度伝わっているのか、疑問に感じています。
たとえば、前述した家裁調査官の問題についても、最高裁事務総局が『簡単な事件なら調査官を関与させるまでもなく、裁判官と家事調停官で対応できる』と考えているなら、重大なことを見落とすおそれがあります。
その事件が簡単かどうかは、最初から判断できるものではありません。家裁調査官が調査することによって、初めて明らかになる事柄は非常に多いのです」
裁判所の内部でのコミュニケーションがうまく機能していない可能性がある。従前から、最高裁の事務総局などで司法行政を担うのが「裁判をしない裁判官」であることの弊害が指摘されることも多い。共同親権の導入にあたっては、この問題の解決も急務だろう。
「裁判官」の人員不足も深刻
共同親権の導入にあたっては、裁判所職員のみならず、裁判官の負担も増大することが想定される。
では、裁判官の増員についてはどうだろうか。共同親権の導入を盛り込んだ民法改正案が国会で可決・成立した4月に、最高裁が弁護士に裁判官と同等の権限を持たせる『家事調停官』の増員の検討等に着手したとの報道があった。その後、具体的に、最高裁が日弁連等に対し何らかの要請ないし働きかけを行ったのか。
日弁連に問い合わせたところ、「回答を差し控える」とのことだった。
しかし、事情を知る日弁連関係者に確認したところ、最高裁から「家事調停官の増員」に関する打診があったことを認めたうえで「それでも到底足りないのではないか」と懸念を示した。
日弁連関係者:
「最高裁から日弁連に対し、内々に『数か所の裁判所に新たに1人ずつ家事調停官を置くことは考えられないか』との打診があったようです。
家事調停官の任期は1期2年で、事実上再任されることが決まっているので2期4年務めることになります。つまり、4年ごとに交代で務める弁護士を確保できなければなりません。
管内に弁護士が一定数いて、家事調停官を週1回程度務める意欲と余裕がある人を継続的に出せるようなエリアでなければ難しいでしょう。地元の弁護士会の協力が不可欠です。
また、家事調停官の仕事は、一日中拘束され、顧客から電話がかかってきても出られません。報酬も決して高額とはいえません。勉強になるのは間違いありませんが、それだけで候補者を集めることは難しいでしょう。候補者がいなくて困っているところもあります。
さらに、裁判所の側でも、家事調停官が職務を行うスペースも用意しなければなりません。そういった調整がうまく嚙み合って、ようやく実現することです」
家事調停官の増員が実現しても「焼け石に水」
そこまでして家事調停官を増員しても、共同親権の導入に伴う負担の軽減には「到底足りず、焼け石に水だろう」という。
日弁連関係者:
「まず、全国で数か所だけでは、絶対的に人数が足りません。
また、家事調停官が担当できるのはあくまでも『調停』のみです。
調停で解決しなかった場合には『審判』になりますが、家事調停官には原則として審判をする権限はありません。
共同親権がかかわる事件の多くは、審判にまで持ちこまれることが多いと想定されます。審判を担当する権限のある裁判官を増員する必要があります。
たとえば、ヨーロッパでは、イギリスなど、弁護士が分野に限ってパートタイムで裁判官を務める制度が採用されている国があります。そのような制度を拡充するなど、柔軟な制度設計が必要だと考えています」
共同親権の導入に伴い、その制度上、裁判所の関与がより多く求められることになるのは間違いない。共同親権の制度の目的は子どもの利益のためであり、それを実現するには、裁判官、裁判所職員等のきめ細かな職務執行が求められる。裁判官や裁判所職員、ないしは家事調停官といった人々の「個人の使命感」に依存することには限界がある。
2026年に共同親権の制度が施行されるまで、時間的余裕は少ない。それまでにどの程度、人的・物的な「受け入れ体制」を整備できるか。裁判所、国会には、裁判所職員の抜本的な増員や、「パートタイム裁判官」等の弁護士任官の拡充など、柔軟な対応を迅速かつ危機感を持って行うことが求められる。