「うちの店は家族で訪れる人が多いんです」と『工芸喜頓』の石原文子さん。日本各地に点在する窯元を直接訪れ、買い付けている。
日常に寄り添う器や道具を扱う『工芸喜頓』。陶器、ガラス、木工、織物などタイムレスなものが並ぶ。
花器としても使える、再生ガラスのピッチャー。
琉球ガラスの伝統を守り、再生ガラスを使ったものづくりをしている『奥原硝子製造所』。役目を終えた窓ガラスを使って作られたのがこの「ペリカンピッチャー」。「イタリアの水差しをデザインのベースにした、ペリカンの嘴(くちばし)のような注ぎ口が愛らしく、水に入れた氷や食材を受け止める役割も担っています」と店主の石原文子さん。¥9,350
ものの背景にある物語に想いを馳せ、伝えていく。
ギャラリーショップ特有の静かな空間とは毛色が違う、軽快なジャズが流れる親しみやすい店内。古材で作られた飾り棚に視線を転じると、暮らしになじむ存在感のある器や道具が等間隔に、美しく並べられていた。取り扱っているのは、長年ものづくりをしてきた民芸の作家のものが多いという。
「セレクトの基準はプリミティブだったり、ポエティックだったり、本能的に安心感を抱くもの。手にしたときに違和感を感じない、生活をじわじわと楽しくしてくれるものに惹かれます」と、石原文子さん。世界中を旅することが好きな石原さんは、その土地固有の文化や自然、ものづくりに魅せられてきた。そうしたアプローチは、日本全国の窯元や作家に向き合うときの視座にも繋がっている。ものの美観だけではなく、土地や風土に根ざした独自の文化的な価値を伝えることも〝気構え〞として大切にしていることだ。
ふと目に留まったスリップウェアを眺め、手触りを確かめているとさりげなく作り手のことを教えてくれた。「うちの店では珍しく、30代の若い作家のもので。宮野さとみさんといって、イギリスのスリップウェアに一目惚れして、修業のために渡英した経歴がある人なんです。その経験が感覚的に生かされている、ラフで力強い作風が魅力。若々しさがありつつも、熟練の職人が作るものに負けない力があります」。やまない好奇心を携えて窯元や作家を訪ね続ける石原さん。長年、対話を重ねてきたからこそ知り得た、いくつものストーリーが心に刻まれている。それを惜しみなく伝えてくれる愛に満ちた時間は、店に訪れる人たちの日常をそっと支えている。
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『工芸喜頓 』の石原文子さんに教わる、今の暮らしになじむ道具。
スリップ蓋物
作り手は宮野さとみ。民藝運動の創始者・濱田庄司が、栃木県益子町に開窯した濱田窯、英国のデヴォン州にあるシェビア・ポタリーでスリップウェアの技法を磨いた。スリップ(化粧土)で描かれた包容力を感じる模様は眺めているだけで穏やかな気持ちになれる。「シュガーポットにするのもいいし、綿棒入れとして使ってみても」。各¥7,700
白磁土瓶 小
地元の福島・会津に工房を構えて50年弱。白磁と青磁を作り続ける五十嵐元次。定番の小ぶりな土瓶は、手にしたときの軽やかさが心地よい。つるっとしたあたたかみのある乳白色、なだらかな曲線が落ち着いた魅力を湛えている。「五十嵐さんは〝毎日使う白磁〞をテーマに、購入しやすい値段も大切にものづくりをされています」。¥5,500
浄法寺椀 中(溜塗・朱塗)
国産漆の最大の産地である岩手県二戸市浄法寺町。「浄法寺塗」は日本の伝統工芸品。マットな質感の汁椀は控えめな品があり、日常の食卓に映える。「戦後に輸入漆が流入したことで『浄法寺塗』は一度廃れてしまいます。復活させたのが、塗師である岩舘隆さん。修理や塗り直しをしながら世代を超えて使い続けられる漆器です」。各¥7,700
ぐい呑み
島根県松江市の西持田窯で作陶する1988年生まれの作家、津田堅司。釉薬表現には自然を描いているかのような、静かなうごめきが感じられる。「島根の土や釉薬を用いて作っています。飴釉、糠釉、艶のある透明釉が使われていて、自分好みの表情を探す楽しみがあります。手なじみが良く、日本酒はもちろん台湾茶を飲むときにもいい」。各¥2,420
真鍮アンティークスッカラ
韓国で買い付けた経年変化が美しいスッカラ。手打ちの不揃いな風合いに、職人が叩いて成形した生々しい痕跡が残る。先と柄の部分の仕上がりは、一つとして同じものがなく、用途や好みに合わせて吟味するのがいい。「漆塗りのカトラリーは摩擦を気にして使う繊細さがありますが、スッカラはとことんラフに使える頼もしい存在」。各¥2,860
練上手長角鉢
「人と違うことをしたい」と、色や質感が異なる粘土を重ね合わせる「練上」の技法にフォーカスする惣堂窯の掛谷康樹。「意図や作為を感じさせないものづくりを意識されています。そうしたスタンスから生み出された模様は、毎回変化や驚きに満ちています。アフリカンなムードもあり、海外の人にも人気」。W385×D295×H65㎜ ¥88,000
工芸喜頓kogei-keaton
東京都世田谷区世田谷1‒48‒10 03‒6805‒3737 13:00~18:00 日月火祝休 東急世田谷線上町駅から徒歩約5 分。実店舗、オンラインショップともに、常設の展示販売が中心。通販サイト「日々の暮らし」では作家にインタビューした記事を掲載している。
kogei-keaton.com
石原文子Fumiko Ishihara
フランスのラグジュアリーブランドのマーケティング職を経て、民芸を軸にした器のオンラインショップ「日々の暮らし」を2011年にスタート。’13年に実店舗をオープンした。店内がいきいきとした空間になるように、グリーンや季節の花を欠かさずしつらえるのが石原さんのスタイル。
photo : Mitsugu Uehara text : Seika Yajima
&Premium No. 132 Folk Crafts & Art / 暮らしを楽しむ、手仕事と民芸。
地域に根ざした人々の生活のなかで生まれた民芸や、作り手の思いが込められた手仕事の日用品。歴史と伝統のなかで育まれた技術によって作りだされる、美しい暮らしの道具。その魅力をていねいに感じ取り、いまのライフスタイルに上手に取り入れていくことは、これからのBetter Lifeをより心地よく、温かなものにしてくれるのではないでしょうか。来年は柳宗悦らが提唱した「民藝」という言葉が生まれてから100年を迎える節目の年。私たちを取り巻く社会もテクノロジーも大きく変化していくなか、あらためてその心と楽しみについても見つめ直してみたいと思います。
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