性被害“批判”投稿は名誉毀損に当たるか 被告側が会見「被害者の想い継承していきたい」

批評家・映像作家の金子遊氏が性加害告発を受けた事件に関するX上の投稿が名誉棄損に当たるとして、映像作家・吉田孝行氏が刑事告訴された裁判の初公判が11月8日に東京地方裁判所(馬場嘉郎裁判長)で行われ、吉田氏は投稿は名誉毀損に当たらないとして無罪を主張した。

「投稿がことさらに大きな影響力を持つものではない」

事の発端は、2023年7月23日に急逝した俳優・映画監督の水井真紀さんによる、「『K』という人物から性暴力を受けた」という告発だ。

その「K」に当たると思われる金子氏は告発以降、東京ドキュメンタリー映画祭のプログラムディレクター、多摩美術大学の准教授を辞任していた。報道等によれば、金子氏は映画祭スタッフに対し「(違法行為はないが)過去の不貞行為や、それにより彼女の心を傷つけたことは事実」と話したとされる。

一方の吉田氏は、金子氏とも水井さんとも面識があり、水井さんが急逝したことを重く受け止め、一連の問題に関する内容をXに投稿。そのうち以下の3つの投稿について、金子氏から「名誉毀損に当たる」として刑事告訴がなされたという。

【投稿1】2023年9月5日午後11時46分
水井真希さんは、同意しない意思を明確に表明していたことに加え、⑥ホテルで同室に泊まるという「予想と異なる事態に直面」していたこと、③睡眠導入剤を飲んでいたこと、④睡眠の状態であったことを考慮すると、○○○さんの行為は不同意性交であったことは明確です。
https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html

【投稿2】2023年9月6日午後0時39分
加えて、当時22歳の水井真希さんと38歳の○○○さんとの年齢差や、契約書のない自主制作とはいえ、⑧監督と出演女優という社会的関係性を憂慮させる状況にあったことを考慮すると、不同意性交であり、撮影を口実としたエントラップ型の性暴力であったことは間違いありません。
https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00200.html

【投稿3】2023年9月21日午後1時9分
臨床研究の知見からも、性暴力加害者は、全力を尽くして自身の行為を正当化しようとするので、現時点で○○○さんに話を聞くことはお勧めできません。

吉田氏によると、【投稿1】と【投稿2】は当時、刑法の一部改正(2023年7月)によってニュースでも話題となっていた「不同意わいせつ罪・不同意性交等罪」について、法務省公式サイトのQ&Aページのリンクを貼り説明するために投稿したという。【投稿3】については、知人へのリプライとのことだ。

吉田氏は裁判で、これら3件の投稿は名誉毀損自体が成立しないと主張。金子氏の社会的評価はメディア報道や多くの人がこの事件に言及する中で発生しており、この3件の投稿がことさらに大きな影響力を持つものではないと訴えた。

さらに、刑法第230条の2で規定されている「違法性阻却事由(※)」に当てはまるとも吉田氏は主張した。

※公共の利害に関する事実を摘示した場合、その目的が公益を図ることにあったと認められる場合においては、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は不法行為にならない。

民事調停成立後に刑事告訴

本件が刑事訴訟に至った経緯は複雑だ。

金子氏と水井さんをめぐるトラブルは、2012年に発生した。金子氏と水井さんが福島での撮影に向かい、当地のラブホテルで「同意のない」(水井さん側の主張)性行為に及んだ。水井さんと所属事務所は、金子氏に対して民事訴訟を起こしたが、証拠不十分で敗訴。警察への被害届も提出したが、刑事事件としても不起訴となっていた。

吉田氏は、その当時、水井さんがX上に金子氏の裸の写真と共に金子氏が性犯罪者だと告発する内容の投稿をしていたのを見たという。吉田氏は金子氏とは10年来の知人で、共著も3冊出している間柄だったので、本人に直接事情を聴いたところ「事実無根」と答えたそうだ。

金子氏は、生前の水井さんに対し前記投稿の削除を求める民事訴訟を3回起こしていたという。昨年、水井さんの遺族との和解交渉が成立し、水井さんの投稿は削除された。

さらに金子氏は、吉田氏の投稿に対しても、刑事告訴と同時に民事訴訟を提起。80万円の損害賠償を求めたが、民事調停に付され調停が成立した。

刑事事件としての起訴理由は公開されていないが、刑事告訴を受理した検察から吉田氏は、「民事調停の推移を見て起訴するかどうか判断する」と言われていたといい、調停成立後も吉田氏が当該投稿を削除しなかったことなどから、公判請求に至ったと見られている。

32歳の若さで亡くなった水井さんは、生前、性犯罪をテーマにした映画も制作するなど意欲的に活動していた。裁判期日後の会見で吉田氏は「映画に関わる人間として(水井さんの想いを)継承していきたい」とし、本訴訟を戦う決意をみせた。

性犯罪の立証困難性と名誉毀損をめぐる事案増加するか

本件の背景には、性犯罪を立証する困難と推定無罪の原則がある。

2023年には不同意性交罪・不同意わいせつ罪(改正)が施行され、被害者が同意しない意思を形成か表明、または意思の表明を困難な状態にさせた状態での性交は犯罪と規定された。しかし、性犯罪の多くは密室で発生することが多く客観的な証拠が残りにくい。同時に、犯罪が立証されていないうちから、加害者とされる人物を「加害者である」と断定することは名誉毀損に当たる可能性もある。

本件は性犯罪の有無を問うものではなく、名誉毀損かどうかを争うものだが、芸能人をめぐる事件でも類似の訴訟が起きたように、性犯罪の立証困難性と名誉毀損をめぐる事案は、今後も増えていくことが予想される。