11月13日、裁判長が傍聴人に対し靴下の柄や上着の文字を隠すように命じたこと、また傍聴人や弁護士に対し服に着けていたバッジを外すように命じたことは違法であるとして、国を相手取り損害賠償を請求する訴訟が提起された(東京地方裁判所)。
訴訟の対象は「同性婚訴訟」と「袴田事件」における対応
本訴訟の原告は3名。
1人目は法学者の鈴木賢教授(明治大学)。2023年6月、同性婚の権利を求める「結婚の自由をすべての人に」福岡訴訟の判決言い渡しを傍聴するため福岡地裁の法廷に入ろうとしたところ、裁判所職員により「靴下のレインボー柄が見える状態では入廷できないため、柄を隠すように」と命じられた。
レインボー・カラーはLGBTQ(性的マイノリティ)のシンボルだ。鈴木教授はやむなく靴下を折り返し、レインボー柄を隠して傍聴したという。
2人目は、今年10月の再審により無罪が確定した袴田巌さんの支援活動に取り組む、「袴田サポーターズ・クラブ」代表の清水一人さん。今年4月、袴田事件の再審公判・第14回期日の傍聴抽選に当選し、静岡地裁の法廷に入ろうとしたところ、裁判所職員から「サポーターズ・クラブのバッジを着けた状態や、パーカーに『HAKAMADA(袴田)』の文字が見える状態では入廷できない」と言われた。
清水さんはバッジを取り外し、職員からパーカーの「HAKAMADA」の文字に養生テープを取り付けられ文字を見えなくした状態で、傍聴した。
3人目は、袴田事件の主任弁護人・弁護団事務局長を務める、小川英世弁護士。小川弁護士は再審公判において、第1回公判からサポーターズ・クラブのバッジを身に着けて弁護活動を行っていた。第13回公判までは裁判所からバッジに関する指示は何らなかったが、第14回公判において、裁判長からバッジを外すよう命じられた。
小川弁護士は裁判所の命令を拒否して、バッジを着けたまま弁護活動を行ったところ、裁判長は「次回は必ず外すように」と命じる。公判への影響を考慮し、第15回期日ではやむなくバッジを外した。なお、結審したため、第16回以降の期日は開かれていない。
「法廷警察権」の要件を満たさないとして、計330万円を請求
本訴訟では、原告らは福岡地裁・静岡地裁の各裁判長らの行為によって精神的苦痛を受けたとして、一人につき110万円、合計330万円の慰謝料を国に対し請求している。
請求の法的根拠は、裁判長らの行為は「法廷警察権」の要件を満たさないために違法である、という点。
裁判長は、法廷の秩序を維持するために、職員や警察官などを通じて強制力を行使する権利を持つ。しかし、その対象は「法廷における裁判所の職務の執行を妨げた者」か「不当な行状をする者」に限られている(裁判所法71条)。
原告らは、裁判所の職務執行を妨げようとする行為を何らしていない。また、靴下やパーカーを着用したりバッジを身に着けることは社会で日常的に行われており、「不当な行状」にはあたらない。したがって裁判長らによる法廷警察権の行使は要件を満たさず、違法であった、と原告側は主張する。
提訴後に開かれた記者会見では、加藤雄太郎弁護士が「本件では『傍聴の自由』と『弁護権』が、法廷警察権の拡大行使によって侵害された」と指摘した。
「これらの権利をないがしろにする行為は、個別の裁判のみならず、刑事司法のあり方をゆがめかねない。
憲法82条は『裁判の公開』を定めている。はたして、日本の司法は、市民が安心して足を運び、弁護士も萎縮せず弁護活動ができる環境になっているのだろうか。日本の司法制度のあり方を、広く問いたい」(加藤弁護士)
着用禁止の「基準」と「理由」を問う
法廷警察権については、傍聴席でメモを取れないことの違法性を争った通称「レペタ訴訟(法廷メモ訴訟)」など、これまでにも訴訟が提起されてきた。なお、レペタ訴訟の最高裁判決(最高裁平成元年(1989年)3月8日判決)により、現在では全国の裁判所の傍聴席でメモやスケッチができるようになった。
上記判決では、「公正かつ円滑な訴訟の運営が妨げられるおそれが生ずる場合」でない限り、メモを取る行為は傍聴人の自由に任せるべきと判示している。
亀石倫子弁護士(本件の主任弁護士)は今回の訴訟について、3つの異なる事案を同時に取り上げることにより、法廷警察権の行使にあたっての「基準」を問う点に意義があると説明した。
「たとえば、同性婚訴訟では、レインボーの衣服やアクセサリーを身に着けてくる人が多い。それらを隠すように指示するかどうかは、裁判官によって判断が異なっている。今回の訴訟を通じて、ある程度の基準を示してほしい」(亀石弁護士)
鈴木教授によると、靴下の柄を隠すよう命じられた際に、職員は理由を説明しなかったという。また、後日に東京地裁で同性婚訴訟を傍聴した際には、あえて福岡地裁の際と同じ柄の靴下を着用したが、裁判所から命令・指示はなかった。一方で、鈴木教授の同行者は、着用していたレインボー柄のピアスを外すように指示されたという。
「つまり、法廷警察権は『恣意的』に行使されている。裁判が公開される人と公開されない人とが、選択的にふるい分けられている。裁判の公開の原則に反しており、傍聴する権利に対して著しい萎縮効果をもたらす運用だ。
そもそも、特定の柄を身に着けてはならないというのなら、裁判所のホームページなどに、基準と理由を公開すべきだ。衣服は裁判所に行く前に自宅内で選んで着るのだから、裁判所に到着してから『特定の柄の着用は禁止』と指示されても困る」(鈴木教授)
鈴木教授は「そもそもレインボー柄の着用を禁止すべきではないことが大前提だが、それでも禁止するというのなら、“せめて”理由と基準を明らかにすべき」と補足。
日本では同性婚に反対する団体が訴訟を傍聴することはまれだ。したがって、たとえば賛成派と反対派が激しく争い、法廷に混乱が生じるという事態は、ほぼ起こり得ない。実際にはレインボー柄の着用を禁止できる理由は存在しないはずである、と鈴木教授は指摘した。
レインボー柄や支援バッジにはそれぞれの想いが…
清水さん(左)と鈴木教授(右)
鈴木教授は名刺にもレインボー・カラーを挿入している。「重要なアイデンティティの一部であり、その柄の靴下を履いたら裁判を傍聴できないというのは、民主主義国家・日本にふさわしくない」と語る。
「司法の信頼性は、法廷警察権の行使によってではなく、判決の正確さによって担保すべきだ。
ロシアや中国など、性的マイノリティを弾圧している国では、レインボー・カラーも排斥されている。日本が、これらの国と同じであっていいのか」(鈴木教授)
清水さんや小川弁護士が取り外すように命じられたバッジには椿の模様と「幸せの花」との文言が記載されている。静岡市にある「袴田巌さんの壁」に袴田さん自身が書き記した言葉であり、サポーターズ・クラブのキーワードになっているという。
「13回目までは認められていたバッジが認められず、裏切られたような気持ちになった。裁判を傍聴する権利が非常に狭められたと思い、提訴に至った」(清水さん)
清水さんは「支援者の心の中には袴田さんがいるのだから、パーカーの『HAKAMADA』の文字を隠しても意味がない」とも語った。
なお、今回の訴訟は、公共訴訟支援に特化した専門化団体「LEDGE(レッジ)」に所属する弁護士などが参加している。
現在、同団体は寄付金によって運営されている。亀石弁護士は「公共訴訟を専門とする弁護士集団は、海外では一般的だが、日本ではまだ少ない」と述べ、13日から開始したクラウドファンディング(12月20日まで)への支援を呼びかけた。