一流大学を出て一流企業で働いたり、専門職に就くキャリアウーマンたち。
一見華やかに見えるバリキャリ女子だけど、心の中では「仕事も恋も正直しんどい!」と叫んでいる。
青春をほぼ勉強に捧げ、“かわいく生きてこなかった”彼女たちの恋愛偏差値は、限りなく底辺。
そのうえ男性に求めるレベルも高いが、そんな彼らとは、うまくいかないのが日常だ。
男に裏切られ、苦しみながら、でも幸せを諦めない。そんな彼女たちの体当たり婚活戦記が、幕を開ける!
▶前回:GPSを彼氏のスマホに仕込んだ27歳女。ドタキャンされた夜、男の居場所を確認すると驚きの事実が…
慶應幼稚舎出身 外銀女子/吉貴 瀬里奈(27歳)の場合【前編】
金曜19時、仕事を抜け出して丸の内のバーで飲んでいた時に事件は起きた。
丸の内の外資系金融機関でトレーダーとして働く私は、こうしてふらっとハッピーアワーの時間にバーに来て、1杯飲んでから仕事に戻ることがよくある。
― え、あれって健斗じゃない?
健斗は入社同期で、かつて同じ東京オフィスで働いていた。当時はよく飲んでいたが、彼が2年前にイギリス本社へ異動してからは、疎遠になっていた。
あの頃よりも、カールがかった髪は伸びていたが、整った顔立ちは変わらない。背筋は伸びていて、清潔で、たっぷり寝たあとのように快活だった。
― 一時帰国してるのかな。私には気づいていないみたい…。
彼の横には女の子がいて、体をぴったりとくっつけている。
彼女は、社員証をかけていないし、セクシーな服装をしているから、うちの社員ではないだろう。健斗はダークスーツに黒いリュックだから、なんだかふたりは不釣り合いな気もする。
ふたりはすぐ近くのテーブル席に座っている。私はジントニックを一口飲んでから、Xにポストした。
匿名でやっているXは、私にとってストレス発散の場所になっている。誰にも言えないつぶやきをポストするだけで気分が晴れる。
『入社後に告白したら「ごめん、オックスフォードの頃から付き合ってる彼女がいる」って言ってきた彼を発見。横にいるのは彼女?』
15分ほど、ひとしきりXを見てから、あたりを見わたす。気がつくといつの間にか、顔見知りが周りに増えていた。
健斗がいたテーブル席は6人に増えている。うち男性3人は健斗も含めて全員私の同僚だ。残りの女性たちは、この店で知り合い一緒に飲み始めた雰囲気だ。
女性たちの甘い声が聞こえてくる。
「え~。みなさん、あの外資系金融で働いているんですかぁ。すごーい!」
「そう。近いからよく飲みに来るんだ。好きなもの頼んでいいよ」
歓声があがる。みんな笑っていた。生きているのが楽しくて仕方ないって感じだ。
女の子たちは外資系の男を目当てに、この店に来る。男性も女の子と話せて楽しい。
― みんながハッピーなアワーってわけね…。
突然、健斗に寄り添っていた女性が私の方を見て、彼に尋ねた。
「あそこのカウンターから、こっち見てる女性は?知り合い?」
「あれ?瀬里奈だ!同期だよ」
― 声が大きい。こっちにも聞こえてるっての…。
女性は目線を私から男性陣に戻して、言った。
「へぇ、入社同期なんだね。外資金融って、すぐに転職する人ばっかりじゃないの?新卒がまだ残ってるの?」
「うちはみんな長いよ。入社時のボスがそのまま偉くなって、どんどんやりやすくなってくし。僕も東京に戻りたくて、異動させてもらったんだ…」
健斗の視線を感じる。見ていたことがばれた気がして、急に気まずくなる。
グラスを飲み干して立ち上がると、腕をつかまれた。
「瀬里奈、どうして逃げるの?」
腕をつかんでいるのは、健斗だった。
「いいの?恋人を放っておいて」
「彼女とは30分前に知り合ったばかりだよ」
「そっか。そもそも健斗には、長く付き合っている彼女いたもんね」
彼は一瞬きょとんとして、「あぁ…」と、興味のない様子で言った。
「彼女とは1年前に別れたよ」
その言葉に思わずドキっとしてしまう。
― 建斗への恋心には、決着をつけたと思ったんだけどな…。
その時、彼のスマホが鳴った。電話は東京オフィスのボスからで、戻ってこいというお達しだった。
「ボスから呼ばれちゃったから、オフィスに戻るね。まだ3分しか経ってないのに。ウルトラマンみたいだ」
「今のケースだと、ラピュタのムスカ大佐の方が合ってるかもね」
「『3分間待ってやる!』あのボスなら言いそうだなぁ、あのイエローのブルーライトカットメガネを見た?すごく冷たい感じのする黄色なんだ」
「似ている」
笑いながらそう伝えると、彼の目がきらきらと輝いた。
「瀬里奈、また後でここで会わない?クラブイベントがあるって、さっき聞いたんだ」
「いいね、じゃあまた後で」
また、すぐに会えるなんて期待しちゃうじゃん…。
彼を追うように、私も目の前の1杯を早めに飲み終えてオフィスに戻る。
◆
22時頃に仕事を終え、店で健斗と合流する。
DJの選曲は最高で、東京中の楽しい夜をぜんぶ集めたのかってくらい、盛り上がってた。
健斗のエスコートは完璧だったし、仕事終わりの体にアルコールと音楽は染みる。気がつくと彼は私の腰に手を回していた。
『生きててよかった!』と私がXの裏アカウントにポストしようしていると、彼が私のスマホを取り上げた。
「スマホの使い方、教えてあげる」
彼は私と顔を近づけ、ふたりのセルフィーを撮った。
「こう使うんだよ」と笑う彼に、私は嬉しくなる。
「ねえ、これXにポストしてもいい?」
「いいよ。僕はSNSをやってないから、好きにして」
テンション高いメッセージとともに、私はポストした。これが後に大事になるとは、思いもせずに。
◆
1ヶ月後、健斗と私は同じタイミングでビッグ・ディールを決めた。
私たちは祝杯をあげるために、あのバーを訪れていた。
「かんぱーい」
「これでボーナスも期待できるわね」と言いかけて、私は口をつぐむ。いつも『親が十分お金持ってるんだから、瀬里奈はボーナスとか必要ないだろ』と、突っ込まれるからだ。
不思議そうに私を見ている健斗に、そのことを話す。彼はどうでもいいという風に肩をすくめた。
「変なの。親が金持ちでも、子どもは関係ないのに。しかも、社会人になったらなおさら」
「ほんと…。世間には羨ましがられるけど、両親とも弁護士だったから忙しくてほとんど家にいなかったし。それに両親の仲が最悪で、離婚裁判で私の親権をめぐって争っていたわ」
「そっか。僕も片親だけど。父さんは、養育費も払わなかったから、母さんは大変だったと思う」
「建斗も大変だったんだね。中学生の頃は『パパについてくるよな?』『ママの方が好きよね?』と毎日のように交互に聞かれて、しんどかった」
学校の友達に相談できないから、ネットに匿名で愚痴を書く癖がついたんだっけ…。今でもその習慣が抜けていない。
健斗はウイスキー・ロックのグラスを見つめている。そして、何かをひらめいたようだ。
「いいこと考えた。『ウイスキー大好きー』って言ってみて」
「何それ?」
「そうすれば口角あがるでしょ。はい、Repeat after me!」
私は笑った。健斗の言葉は魔法のようだ。彼といれば、人生は素晴らしいもののように思える。
彼は昔から私を「幼稚舎出身とか、苦労を知らない人間」として見てこない。一緒にいて楽だわ…。
「ねぇ、瀬里奈」
健斗はぐっと私に顔を近づけた。さわやかなコロンの匂いが鼻をつく。
― 顔がいいから、視覚の暴力!おまけに嗅覚まで…。
彼は顔を近づけたまま、言う。
「まだ、僕のこと好き?」
私は言葉につまった。外資系金融で部署内恋愛はご法度だ。バレたら一発アウト。高額な給料を失うことになる。
「僕は君を、すごくいいなって思ってる。前に告白してくれた時は彼女がいたから…」
でも、どうでもよかった。世界は健斗とウイスキーソーダ、そしてバーとわたしだけだ。
「聞こえてる?僕、クロージングしようとしてるんだけど?」
「ディール(交渉成立)。かなりの長期案件だったわ」
最初は、唇を押し付けるだけのキス。一度離れて、今度はより深く唇が重なった…。
◆
健斗と付き合い始めて、あっという間に半年がすぎた。
私は、部署を異動して以前から希望していたアセットマネジメント業務になったので、クビにならず済んでいる。
年収は下がるけど、ワークライフバランスを重視したかったのでちょうどよかった。
仕事は相変わらず忙しいけど、私たちは笑ったり、しゃべったり、食事をしたり、ベッドを共にしたりして、幸せだった。
― もうXは必要ないわ。ここ数ヶ月、ログインすらしていないし…。
でも、幸せは、長くは続かなかった。
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彼の母親とのディナーで、思わぬ落とし穴が…