フリーランスが安心して働ける環境整備のための法律「フリーランス新法」が11月1日から施行された。取引先企業との関係性において、弱い立場にあったフリーランス。新たな法律ができたことで、取引上の不公平や不利益を被る機会を減らす効果が期待される一方で、懸念もある。
新法施行からほどない12日、出版大手の株式会社KADOKAWAおよび株式会社KADOKAWA LifeDesignの2社が下請法(下請代金支払遅延等防止法)違反で、公正取引委員会(公取委)から勧告を出された。下請法が禁止する「買いたたき」(同法4条1項5号)に該当する事実が認められたという。
なお、フリーランス新法でもこの行為を禁止する規定があるが(同法5条1項4号)、本件はフリーランス新法施行前の事案であり、適用されたのは下請法だ。
KADOKAWAらは違反を認め、制作者らに対し、引き下げ前の報酬を考慮した差額を全額支払うという。今回の事案はまさに強い立場にある発注側が、受注側へ取引上の不利益をもたらした形だ。
下請法とフリーランス新法の違い
「立場の強弱を利用して取引上の不利益等をもたらすことを罰する法律としては、もともと下請法がありました。ただ、同法は基本的に、親事業者が資本金1000万円を超える場合のみに適用されるものです。
フリーランス新法では、資本金による制限がありません。その意味では、下請法を補完する位置づけであり、弱い立場にいる受注側をより広くカバーし、昨今の多様な働き方にも適合しているといえます」
こう解説するのは、企業法務や労働問題に詳しい辻󠄀本奈保弁護士だ。
前述の勧告によれば、2社は雑誌「レタスクラブ」の発行事業において、個人または資本金の額が5000万円以下の法人たる事業者に対し、発注単価を約6.3%ないし約39.4%引き下げることを一方的に決定。2023年4月発売号以降の雑誌発刊に係る業務で当該引き下げ後単価を適用したという。
フリーランスのこれまでの実状
今回の事案では下請法により、弱い立場にある受託側が守られることになったが、対象がより広範になる新法下で、個人が企業側から不利な契約を持ちかけられた際、受注側が強い態度に出ることは現実的といえるのか。
公取委と厚労省が公表したフリーランスの取引実態の調査結果では、フリーランスの立場が弱いゆえの不公平・不利益が明らかにされている。
具体的には、「事前に契約書を作成するのはまれ。多くは口約束。メール等で文字で証拠を残すことも嫌がる傾向」(映像、編集など)、「先方都合で案件がペンド(延期)となり支払いもされていないものがある」(ライティング、記事執筆業務等)、「業務委託の扱いが直雇用ながら突如報酬の削減、仕事量変わらずで管理は厳しく矛盾している」(教育系)など、発注側のプロ意識に欠けたぞんざいな対応の数々が紹介されている。
新法下での7つの義務と禁止事項
こうした対応はいずれも、フリーランス新法の下では次に示す「7つの義務」としてリストアップされている事項に反する。
(1)書面等による取引条件の明示
(2)報酬支払期日の設定・期日内の支払
(3)禁止行為
(4)募集情報の的確表示
(5)育児介護等と業務の両立に対する配慮
(6)ハラスメント対策に係る体制整備
(7)中途解除等の事前予告・理由開示
業務内容による違い(公正取引員会フリーランス法特設サイトより)
「新法における7つの義務は、交渉力や情報収集力の格差を考慮した上で、『できる限り会社と受注側の関係を対等に扱いましょう』といった内容です。ただし、義務の内容は発注事業者や業務委託期間によって異なります。すべてに共通しているのは『(1)書面等による取引条件の明示』です」(辻󠄀本弁護士)
(3)「禁止行為」にはさらに7つの項目が示されている。
1.受領拒否
2.報酬の減額
3.返品
4.買いたたき
5.購入・利用強制
6.不当な経済上の利益の提供要請
7.不当な給付内容の変更・やり直し
仕事を依頼する側が、 これらを行うことも新法下では違反となる。逆にいえば、これまで、立場の優位さに乗じた、こうした不当な要求がまかり通っていた可能性があるということだ。
新法はどこまでフリーの立場を守ってくれるのか
新法は、こうした行為に対し、厳しく対処する効力を持ち、フリーランスの地位向上に貢献する内容となっている。もっとも、即時の向上は難しいかもしれないが、長い目で見た場合、 どこまで実効性があるといえるのか。
「これまではフリーランス全般に関してこうした明確な基準はなかったわけですから、もしも発注側から不当な扱いを受けた際に、新法を盾に交渉のテーブルにつくという選択肢ができたことは大きな一歩といえると思います。
ただ、外注という観点でいえば、実質的な条件が内製の場合に近づけば近づくほど、企業側の選別の目がより厳しくなり、フリーランス間で格差が出る可能性もあるかもしれません」(辻󠄀本弁護士)
ひと口にフリーランスと言っても、それぞれの意識や仕事レベルには差があるだろう。これが、新法によって受注量や報酬の差として顕著に表れてくる――。当然、そうした未来が予測される。
一方で辻󠄀本弁護士は、新法のきめ細かさを評価。
「新法では、発注側は、1人でも従業員がいて、業務委託期間が6か月以上となるときは、フリーランスに発注する際に7つの義務すべてを守る必要があります。資金的な余裕も十分とはいえないそうした小さな発注業者にも新法の影響がおよぶことは、総じてみれば、フリーランスにおける取引健全化に貢献すると思われます」
受発注の関係性において、弱い立場を支える法的枠組みはできた。だからこそ受注側はより意識を高め、スキルに見合った報酬を得られるよう自己研磨する。この点をはき違えなければ、フリーランスも新法の恩恵を享受することができそうだ。