「舞台は一生懸命に、楽屋は楽しく」も引き継ぎたいと中村莟玉

初参加となる中村鷹之資は、「今まで先輩たちの姿を見ながら、いつか私もこの新春浅草歌舞伎で勉強させていただきたいとずっと思っておりました。今年、新たな世代のメンバーとして参加できることを嬉しく思っております。また、浅草の皆様が育ててくださっている特別な公演でもありますので、この世代も浅草の皆様に愛していただけるように、我々一丸となってつとめてまいりたいと思います」と喜びを語りました。


中村鷹之資

中村莟玉は、「私が新春浅草歌舞伎に初めて出演したのは2013年でした。当時は高校1年生で、学校を早退して若い世代のお兄さん達と一緒に舞台に出演できるのが非常に嬉しくて、毎日楽しく劇場に通っておりました。あっという間ですね。これまで先輩たちがいることが当たり前として過ごしてきましたが、自分たちの番が来たんだなと、わくわくしつつ不安もあります。浅草公会堂は楽屋が非常に楽しくて、舞台は一生懸命やり、楽屋では楽しく過ごすというメリハリが、先輩たちが作ってきてくれたチームワークにつながっています。その感じは引き継いで頑張りたいと思います」と、懐かしそうに振り返っていました。


中村莟玉

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憧れの舞台に参加できる喜びと決意

初参加組となる中村玉太郎、市川染五郎、尾上左近もそれぞれに抱負を語りました。

玉太郎は「来ていただいたお客様に観てよかった、また観たい、と思っていただけるように。初めて歌舞伎を観た方には他の劇場も観てみたいと思っていただけるように。まだまだ未熟ではございますが一生懸命つとめてまいります」と真摯に思いを伝えます。

染五郎は、「私もいつかはと思っていたのでとても嬉しいです。先輩たちの背中を追いながら一致団結して、若さを武器に自分たちの精一杯を見せられるようにつとめてまいります。(出演に関して)ここ数年、毎年1月は歌舞伎座で祖父(松本白鸚)と父(松本幸四郎)と三代揃っての舞台が続いていて、祖父の年齢を考えると祖父と一緒の舞台に立ちたいという思いもあり、即決はできませんでした。でもこうして若手のお兄さん方の中に入らせていただくことは今まであまりなかったので、新たな場に飛び込んでみたいと思い、出演を決めました」と葛藤があったことも吐露しました。

中村玉太郎

市川染五郎

左近は、「若手にとって憧れである新春浅草歌舞伎の場に立てることはありがたいことです。お客様に晴れ晴れした気持ちになってもらえるように、また、後輩たちにも憧れの舞台と思ってもらえるように、責任をもってつとめさせていただきます」と最年少ながらたのもしい挨拶を披露しました。

現在29歳で最年長の中村鶴松は、「数年前に新春浅草歌舞伎に出演した後はしばらく出ておらず、もう出ることはないのかなと正直思っていたのですが、ここに再び立っていられることを嬉しく思います。勘九郎と七之助の兄が『死ぬ気でやってこい』とメッセージを送ってくれました」と明かしました。

尾上左近

中村鶴松