飲酒運転によって退職金「1620万円」が吹き飛んだ事件を解説する。
地裁と高裁は「退職金ゼロは処分として重すぎる」と判断したが、最高裁は一転、「退職金ゼロはOK」とドンデン返しの最終結論を下した。(最高裁 R6.6.27)
飲酒運転根絶が叫ばれる昨今、最高裁がその態度を強く示したケースといえるだろう。
事件の経緯
飲酒運転をしたXさんは、とある市の職員だった(事故当時は総務部の課長)。勤続約27年で、これまでに懲戒処分を受けたことはない。
■ 飲酒
ある日の夕方、Xさんは、転居予定先のマンションに同僚たちを招いて飲食をした。午後5時〜午後10時30分くらいの間にXさんが飲酒した量は以下のとおりだ(いずれも1本あたり350ml)。
・ビール1本
・酎ハイ1本
・発泡酒5本くらい
■ 飲酒運転開始→第1事故
午後11時ごろ、Xさんは約5km離れた自宅に帰るため、マンションの立体駐車場から自動車を出そうと運転を開始した。……や否や“ソッコー”で事故る。駐車場内でほかの車にぶつけて、その車のフロントバンパーを壊してしまったのだ。しかしXさんは、マンションの管理人や上司に報告せずに運転を続けた。
■ 第2事故
続けてXさんは、道路の縁石に衝突。これによって、縁石に設置されていた反射板が剝がれ、自動車のオイルが漏れる事態となった。が、Xさんはそのまま運転して帰宅した。
■ 事故報告
翌朝、Xさんは昨晩宴を開いたマンションに行き、管理人に「事故を起こした」旨を報告。同様に上司にも伝えた。
■ 警察にウソの説明
その後、Xさんは警察に通報。ここまでは良かったのだが、臨場した警察官に「今朝、事故を起こした」とウソの説明をしてしまう。しかし警察官から「昨夜の事故ではないか?」と指摘を受けたため、素直に認めた。後日、Xさんは、第1事故・第2事故についての物的損害について被害弁償した。
■ 懲戒免職&退職金ゼロ
約3か月後、勤務先であった市はXさんを懲戒免職処分とし、さらに「退職金をゼロ」とする処分を出した。その額「1620万円」である。
■ 提訴
Xさんは、懲戒免職処分と退職金ゼロ処分の取り消しを求めて提訴した。
裁判所の判断
懲戒免職がOKであることについては、地裁・高裁・最高裁ともに共通している。今回の問題は「退職金ゼロの処分は重すぎではないか?」という点である。
冒頭で述べたとおり、地裁と高裁は「退職金ゼロは処分として重すぎる」と判断したが、最高裁は「退職金ゼロはOK」と最終結論を出した。以下、判断が異なった理由を概観する。
■ 地裁・高裁
地裁と高裁は、おおむね下記の理由を根拠に「退職金ゼロ処分は、裁量権の範囲を逸脱しまたは濫用しており違法」と判断した。
・たしかに退職金が相応に減額されるのはやむを得ない
・しかし、どちらの事故も物損事故にとどまる
・事故直後ではないにせよ、管理人や上司などに報告している
・その後、被害弁償も行っている
・飲酒運転行為が私生活上で行われたものである
・約27年勤続する中で懲戒処分を受けたことがない
・総務部課長として重要施策に貢献した
…etc
■ 最高裁
これに対して最高裁は「退職金ゼロはOK(裁量権の範囲を逸脱しまたは濫用していない)」と真逆の判断をした。その理由はおおむね以下のとおりだ。
・長時間にわたり相当量の飲酒をした直後に運転しており、重大な危険を伴うものであった
・第1事故を起こした後に何らの措置も講じずに運転を続け、さらに第2事故を起こした後も運転を続けた。態様は悪質であり、物的損害にとどまったことを考慮しても、非違の程度は重大
・事故を起こした翌朝、警察官に第1事故の発生日時についてウソの説明をしており、不誠実
・本件非違行為が職務上行われたものでないにしても、Xさんは当時、管理職である課長の職に就いており、公務の遂行に相応の支障を及ぼすとともに、公務に対する住民の信頼を大きく損なうことは明らか
本件は、全く同じ事実関係を基礎としているのに、地裁・高裁と最高裁の結論が分かれている。退職金ゼロ処分が裁量権の範囲内かどうか、裁判官としても非常に判断が難しいケースなのであろう。
■ ある裁判官の反対意見
最高裁は裁判体としては「退職金ゼロでOK」と判断したが、そのうちの一人、岡正晶裁判官は「賛同することができない」として反対意見を述べている。岡裁判官の主張の土台はおおむね以下のとおり。
・一般の退職手当には給与の後払い的な性格や生活保障的な性格がある
・この観点から、当該非違行為に、退職者の勤続の功(こう)を完全に抹消するに足りる事情があったと評価することができるかどうかについて慎重に検討すべき
これを前提として今回の事件を検討した場合、
・たしかに飲酒運転は到底許されるものではない
・態様も悪質
・翌朝の対応も不誠実
・公務に対する住民の信頼も大きく損なった
などの事実があるが、反面、
・今回の非違行為は職務に関連した行為ではない
・軽微な物損事故にとどまっている
・公務に対する住民の信頼を具体的かつ現実に害したことも伺われない
・約27年にわたって懲戒処分歴がない
ことなどを理由に、退職金をゼロとすることは「酷に過ぎる」と述べている。
最後に
昨今、飲酒運転に起因する退職金ゼロ事件が相次いでいる。
本件より前に起きた飲酒運転事件でも、最高裁は「退職金ゼロはOK」と判断(最高裁 R5.6.27)。この事件では、裁判の経過に伴い退職金がどんどん減っていった。すなわち地裁は「退職金を全額払え」としたが、高裁が一部減額して「3割払え」となり、最高裁で「退職金ゼロはOK」となったのである。
今回は、退職金ゼロは「酷に過ぎる」との反対意見もあったが、世の流れとしては、飲酒運転に対して厳しい裁判所の判断が出されることが続くだろう。