11月18日、入管によるフィリピン人男性への退去強制発布処分などの取り消しと、男性への在留特別許可を国に対して請求する訴訟が提訴された(東京地裁)。
約40年前、業者にだまされ「非正規」で入国
原告のフィリピン人男性は、現在60代。
男性はフィリピンに居住していた高校生の頃に両親が別居し、母が営む菓子屋を手伝いながら湾岸労働などを行って家計を助けていた。しかし、母の乳がんが発覚したことにより、その治療費や弟と妹の生活費・学費を稼ぐ必要に迫られる。
1987年、当時20代だった男性は、出稼ぎのため来日することを決意。しかし、エージェントにあらかじめ正規旅券を預けていたところ、渡航直前に、別人名義の旅券(偽造パスポート)や航空券などを渡された。男性はエージェントに抗議したが、逆に「逃げたりしたら家族がどうなるか分かっているのか」などと脅された。
結果、男性は正規の入国手続きが取られていない、違法な方法で日本に入国する。
来日した男性は、エージェントから引き渡された日本の組織に監視され、脅迫を受けながら、土木工事現場などで働かされた。しかし、1年ほどで組織から逃げ出すことに成功。その後現在に至るまでの37年間、日本に居住し続けた。
2012年、後に妻となるフィリピン人女性と出会い、2013年に同居を開始。妻は2011年に正規旅券で来日した後に在留資格の期限が切れた「オーバーステイ」の状態だった。同居して間もなく、息子が生まれる。
2022年12月、男性らは家族そろって東京出入国在留管理局(以下、東京入管)に自主出頭。謝罪して、家族3人の在留特別許可を求めた。
2023年2月、息子の出生届が受理される。同年8月、男性は妻と正式に婚姻した。なお、婚姻が遅れたのは、必要な書類の収集に時間や費用がかかったことが原因。また、息子の存在は出生届を出す以前から自治体に認知されていたため、幼稚園や小学校に通うことができた(現在は小学校中学年)。
2024年5月、妻と息子の在留特別許可が認められた。しかし、男性には退去強制発布処分が出される。その後、11月21日に男性の強制送還が予定されている旨が東京入管から通知された。
現在では男性の母と弟は死亡しており、妹も音信不通だという。
「子」に在留特別許可が与えられても、「父親」には与えられない
今回の訴訟で原告が国に請求する内容は、主に以下の3点。
1.東京入管による「在留特別許可不許可に対する異議の申し出には理由がない」とする裁決の取り消し
2.東京入管による、男性に対する退去強制発布処分の取り消し
3.法務大臣による、男性への在留特別許可
今回のケースに限らず、「外国人の子に在留特別許可が与えられたが、親には与えられない」という事例は多々ある。
今年9月、小泉龍司法務大臣(当時)は、日本で生まれ育った在留資格のない外国人の子らのうち全体の8割超える212人に在留特別許可を与えたことを明らかにした。だが、「入管を変える! 弁護士ネットワーク」共同代表の指宿(いぶすき)昭一弁護士によると、これらの子の親らのうち3割には在留特別許可が与えられていない。
「とくに父親は、在留特別許可が与えられない場合が多い。本訴訟では、この問題を問うことになる」(指宿弁護士)
「偽造パスポートで入国したことを反省しています」
提訴後に開かれた会見で、男性は「偽造パスポートを使って入国したことを反省しています」と語る。
「私の家族は、ここ(日本)にいます。父として、子の成長を見守る責任がある。家族と一緒にいさせてください」(男性)
男性の妻は「子どもを育てていくためには、夫が必要です」と訴えた。
また、男性の息子は、父親について書いた作文を読み上げた。
「お父さんの好きなところは、優しいところです。優しいお父さんが一番大好き。
ぼくは、もういろんなことが分かっています。どうか、お父さんを連れて行かないで下さい。
これからも家族三人、日本でなかよく楽しくすごしたいです」(息子の作文から)
原告訴訟代理人の駒井知会(ちえ)弁護士は、男性は37年間の生活を通じて日本の地域社会に溶け込み、ボランティア活動も行っていると指摘する。今回の訴訟にあたっても、男性が暮らす地域の住民や息子が通っている学校の関係者などから、多数の支援や嘆願書が集まったという。
また、看護師である男性の妻には、就労可能な「特定活動」の在留資格が出された。男性の息子に出された在留特別許可の資格は「留学」。「日本で生まれ育ったお子さんが『留学』というのはおかしい」と、駒井弁護士は疑問を呈した。
駒井弁護士(左)と指宿弁護士(右)
「家族が一緒に暮らす権利」は国際人権法で定められている
上述した通り、男性はエージェントに「だまされた」かたちで来日し、その後約1年間、組織によって日本国内での労働を強制された。指宿弁護士は、男性の状況は「人身取引」と「奴隷労働」にあたり、国際的な常識からは「保護の対象」と見なされるべきだと指摘する。
「しかし、入管は外国人のことを『管理』の対象としてのみ見て、保護や支援が必要な人間だと見なそうとしない」(指宿弁護士)
また、男性の妻のように正規で入国した後にオーバーステイの状態になった外国人については、後から在留特別許可が与えられる事例は比較的多いという。しかし、男性のように入国の時点で非正規であった、つまり「不法入国」した外国人に対して在留特別許可が与えられることはほとんどない。
駒井弁護士は、男性が非正規で来日したのはエージェントにだまされたことが原因であったことを強調したうえで、「『正規に入国したか否か』だけでなく、背景にある具体的な事情に基づいて在留特別許可の可否を判断すべきだ」と語る。
駒井「20代でだまされたことが60代になっても問題とされることは、あまりにバランスが欠けている。
在留特別許可は、単なる『恩恵』ではない。『家族が一緒に暮らす権利』は国際人権法によって定められている。そして、憲法上、確立された国際法規は誠実に遵守されなければならない(憲法98条2項参照)。与えるべき時に在留特別許可を与えないことは、違法だ」(駒井弁護士)
指宿弁護士は「子どもに何の責任もないということは、皆さんにも理解できるだろう」と言う。
「子どもに在留特別許可を与える時には、原則として、その親にも与えるべきだということも理解できるだろう。
すべての親に在留特別許可を与えるべきかどうかという点では、意見が割れる。しかし、今回の事例では父親にも与えるべきだということは、理解してもらえるはずだ」(指宿弁護士)