「驚きや混乱等で体が動かなかった」不同意性交罪の認知件数が急増 「同意・不同意」認識の不一致を誘発する忌まわしき“神話”とは

不同意性交罪の認知件数が急増している。警察庁が18日に公開した資料によれば、今年1~10月の認知件数は3253件。刑法改正前(2023年7月)の同種規定となる強制性交罪の前年同期は2092件で、1.5倍以上増の勢いだ。背景には同意のない性交が明確な処罰対象となったことや、被害申告なしで捜査・立件できるようになったことなどがあるとみられる。

もっとも、被害者の勇気ある告発の一方で、加害を疑われる側のほとんどが否認傾向という実状もある。密室で行われることを差し引いたとしても、「同意か不同意か」の見極めは難しい。その境界線になにがあるのか。

被害にあった経験は女性が男性の10倍以上

男女共同参画局が発表した令和6年版の白書に「不同意性交等の被害にあった経験等」の項目がある。それによると、女性の8.1%、男性の0.7%が「経験あり」と回答した。女性が男性の10倍以上だ。

不同意性交等の被害の相談経験も同様だ。女性が40.8%、男性が20.0%で女性が男性のほぼ倍の割合となっている。一方で「相談しなかった」は男性60%、女性が55.4%だった。男女とも半分以上が誰にも相談していない。

では、加害者とはどんな関係だったのか。「全く知らない人」は男女とも10%で、大多数は交際相手、元交際相手、職場関係者、配偶者など、「知っている人」だった。

被害時の状況の多くは“力づく”

多くのケースで不同意性交の加害者とはある程度の面識がある。これを踏まえ、「被害にあったときの状況」をみてみると、「同意・不同意」のラインがおぼろげながら見えてくる。

男女共同参画局が発表した令和6年版の白書より

被害者が女性のケースに絞ると、最多は「驚きや混乱等で体が動かなかった」(24.6%)。以下、「『何もしない』などとだまされた」(23.8%)、「相手から不意を突かれ、突然襲い掛かられた」(23.1%)、「相手との関係性から拒否できなかった」(22.3%)と続いた。

調査結果だけを見れば、加害者側に“強引さ”があり、被害者が結果的に受け入れていたとしても、「同意した」とはいえない状況がイメージできる。「泣く、叫ぶ、相手に抗議する、説得する等、言葉による抵抗をした」(16.9%)という回答もある。

被害者―加害者間に溝が生じる背景

なぜ性加害の現場で、被害者と加害者の間にこれほどの“行き違い”が生じるのか。

レイプ被害者、加害者、レイプ行為そのものに関する性犯罪特有の誤った信念や固定観念をどの程度受容しているかを測定できるREAL尺度(※)の日本語版を開発した、千葉大学子どものこころの発達教育研究センター特任研究員の佐々木利奈氏は次のように考察する。

※Hahnel-Peeters と Goetz が2022年に作成したレイプ神話受容度を測定する、性暴力を言い訳にする態度と言葉の尺度

「日本で実施したREAL尺度を用いた調査の結果によると、性犯罪に対する誤った認識の心理的特徴として、2つのグループに分けられます。『事実を過小評価して性犯罪ではないとする心理』『暗黙の同意が得られていると信じてしまい性犯罪に該当しないと考える心理』の2つです。

前者は、言い換えれば、行為を被害者の責任にして、加害者は責任がないと(過小評価)することだと思います。

具体的には、防衛策を100%取っていない(加害者と2人きりになった)と思われるケースや、拒否を力の限りしていない(声を上げる、逃げる、力づくで拒否をする)場合などは、被害者の責任分が割り引かれて過小評価されることになっていると思います。

実際は、命の危険や急な事態で身体が硬直してしまい、拒否の行動を取れないこと(強直性不動)が多くあることは各種結果で証明されてきています。

後者に関しては、言い換えれば、違った問題を同意と同じ意味であるとすり替えて、やはり被害者に責任を負わせる行為です。

具体的には、たとえば好意があることや2人きりになること等と性的関係を持つことは全く違うことですが、この違いを明確にしておらず、相手から「好意があるから同意があった」と捉えられてしまうと、被害者が責められることが多くなります」

背景には「レイプ神話」も

佐々木氏は、当事者がこうした歪んだ捉え方になりがちな背景として「レイプ神話」があるという。レイプ神話は性暴力の被害者を非難したり、加害者を擁護したりする誤った信念や偏見のこと。用語としては1970年代のフェミニズム運動の頃から使われている。

代表的なものとして、たとえば「もし女性がはっきりとノーを言わなければ、性犯罪と主張できない」や「もし女性が男性と2人きりで部屋に入ったら、女性は性行為に同意している」等がある。

そのうえで佐々木氏は性加害事件で、特に被害者が女性の場合、誰にも相談できず抱え込んでしまう心理を次のように推察する。

「レイプ神話を強く信じている人ほど、『自分に起こったことは自衛ができていなかった』『暗黙の同意と捉えられる行為をしてしまった』『自分に落ち度があった』と感じて相談できないことが多くなってしまうのだと思います」

一方で、タレントやアスリートが性加害事件に巻き込まれた場合、告発した被害者にバッシングが浴びせられるケースも珍しくない。

佐々木氏はこの点について、「弁護士等司法の立場の方ですと、被害者がハニートラップのような形で金銭を要求するなどという明らかに故意に被害者側が相手をおとしめようとする事例を平均よりも多く見ていることが予想されます。しかし、国内における明確なデータはないのですが、米国での論文結果によると、実際に虚偽申告であるケースは10%未満です」と話す。

トラブル回避には現場での「状態」見極めが肝要

被害者の立場を悪用し、金銭目的で相手をおとしめるため、虚偽の申告をする。報道等ではこうしたケースも目につくが、実際にはごく一部である可能性が高い。そうした実状も踏まえ、密室での行為ゆえの不同意性交罪で不本意にトラブルに巻き込まれないために必要なことは「冷静さだ」と力説するのは加害者側の弁護実績も豊富な荒木謙人弁護士だ。

「不同意性交罪では、相手方の“状態”がどうであったかが犯罪の成否に関わります。そうである以上、相手方と性的な行為をする際には、適切にコミュニケーションを取り、どのような状態であるかを冷静に判断する必要があります。

知り合って日が浅い関係の相手だけでなく、長く交際している恋人同士や夫婦間であったとしても、相手方の状態によっては、犯罪が成立する可能性があることに注意が必要です」

密室での行為に加え、レイプ神話のような背景もあり、被害者側が告発しづらい――。ここに不同意性交罪における、「同意・不同意」不一致の根源が潜んでいそうだ。

データが示す日本の被害者が自分を責めがちな傾向

それを裏付けるデータがある。前述した、レイプ神話受容度を測定する「REAL尺度」の測定結果の日米比較だ。

20項目からなるREAL尺度は、性犯罪全体の9割以上が、男性が加害者、女性が被害者である実態に即して作成されている。それぞれ「0:全く当てはまらない」から「4:非常に当てはまる」の5段階評価で計80点。得点が高ければ高いほど、レイプ神話の受容度が高いとされる。

日本のREAL尺度得点では、女性より男性の方が6点以上高く、男女全体の得点を見ると、アメリカで実施した結果に比べて約7倍も高いことが明らかになっている。

REAL尺度でみると日米の差は明白(千葉大学資料より)

そのほか、アメリカで実施した結果には世代による得点の差はみられなかったが、日本では他世代に比べ若い世代(18~29歳)の得点が高いことが判明した。

日本で若者が高い傾向は教育の関係も?(千葉大学資料より)

この結果は、日本人は米国人に比べ、レイプ神話を受けいれる傾向が高く、それゆえ性被害にあっても、自身の非を責める傾向にあることを示している。

佐々木氏は「日米のREAL得点がこれ程までに違うことに非常に驚くとともに、極めて深刻なこの状況を、早急に改善しなければならないと思った」としたうえで、次のように展望を語った。

「REAL得点を下げることが性犯罪被害を減らすことと直結するのかはわかりません。実際に、アメリカの方がREAL得点は低いですが性犯罪の被害者の割合は多いのが現状です。

これは元々の治安の問題もあると思いますが、正しい性被害の知識を持つことで、自分に起きた出来事を過小評価せずに性被害に遭ったと訴え出ることから、性被害だと認知される件数が増えているという側面もあります。

一概には言えない問題ですが、性被害に関する偏見をなくす(REAL得点を下げる)ための1つとして、REAL得点が高い若年層に対して教育をすることが必要だと考えています。

アメリカでは連邦政府の援助を受ける学校や教育機関に対し、性によるハラスメントやその他の差別から人々を守るための教育プログラムを実施することを義務づけています。

日本においても、多くの人々がこのREAL尺度を利用して自分自身の性犯罪に関する誤った信念や固定観念を認識できるように、学校教育などで学ぶ機会を持つことが必要だと考えます」