焼肉食べ放題が普及し、30年以上が経つ。輸入牛が安く仕入れられていた当時と違い、今の焼肉食べ放題チェーン店には大きな逆風が吹いている。
市場が成長から成熟段階に入るなか、輸入牛の仕入れ価格は部位によっては30年前の3倍以上になっている。帝国データバンク10月2日の発表によると、今年1月から9月までに倒産した負債1000万円以上の焼肉店は全国で39件にのぼり、年間最多を更新した。
現実問題として、今は顧客離反を心配しながら、値上げせざるを得ない状況だ。中には、2時間の食べ放題が業界の常識だが、100分食べ放題に変更するなど、時間を短縮したステルス値上げを実施する店もある。今回は“ひとり焼肉”「焼肉ライク」と、食べ放題チェーン「焼肉きんぐ」の現在地を見比べてみたい。
◆A5ランクを注文されると嬉しい訳
供給過多のA5ランクが値崩れを起こすなど、国産牛・和牛と輸入牛の価格差が縮まりつつある。和牛も三角バラ一枚から特選(A5)、上カルビ(A4)、カルビ(A3)までを取り分けて提供している。
等級のランクは、美味しさではなく、霜降り(サシ)の細かさや肉色の濃さなどで決定していく。決して最高級ランクのA5が美味しいとは限らない。やはり赤みが適度に入り込んでいなければ、肉の旨みが感じられないはずだ。
A5クラスの霜降り肉は、常温で置いているだけで脂が溶けてくるほどだ。色鮮やかなので、お客は喜んでスマホで写真を撮るが、脂が口の中で充満し、それほど食べられるものではないため、大概は残すか、ムリして食べることが多い。
◆高付加価値型プランで差別化を図る
筆者もかつては焼肉店を運営し、三角バラ肉を自らさばいていた。やはり脂身が多く、脂を取り除くと歩留まり率が半分くらいになり、原価率が高くなる。
焼肉食べ放題チェーン店でも、高付加価値型プランである国産牛を導入して差別化を図っている。しかし、食べ放題で5000~6000円といった出費をするのなら、ランクの高い焼肉専門店に行くという人が多いだろう。
焼肉食べ放題を実施している店は多いが、その中で最も勢いがあるのは物語コーポレーションが運営する「焼肉きんぐ」だ。
◆存在感を発揮する「焼肉きんぐ」
焼肉きんぐの直近の業績を見ても、売上は2024年7月98.8%(前年同月比)、8月105.3%、9月101.5%、10月105.2%。客数は2024年7月98.4%、8月105.1%、9月103.0%、10月101.6%と安定している。
店舗数も2007年に1号店をオープンさせると、2011年半ばには50店舗、2014年6月期には100店舗を突破。現在(2024年10月時点)では301店舗と順調に増やしている。
しかし、今年9月には食べ放題コース4種類などの価格を110~330円値上げを行っている。コスパに敏感な一部客から辛辣な意見があるのも事実であり、この点をどう克服するかが課題であろう。とにかく、限られた予算の中での外食消費、お客さんの要求レベルの高さに店は苦労しているのが実情だ。
◆顧客提供価値を追求する食べ放題
筆者が運営していた焼肉店で提供していたのは、ロース、カルビ、上ハラミ、タン(先の端材)の4種類の盛り合わせだった。ライスも食べ放題で、他の店も同様の内容のはずだ。
牛肉はアメリカ産だが、日本人の嗜好に合わせて肥育されており、霜降りの柔らかいお肉で、仕入価格も1キロ1000円くらいだった。特にハラミ(横隔膜)はキレイな霜が入り、歩留まり率は悪かったが、とにかく安くて見栄えが良くて美味しい肉だった。
干ばつなど肥育環境の悪化による供給不足、円安、輸入コスト上昇など、昨今は焼肉店を取り巻く環境が悪すぎる。
牛肉の仕入れ値も高騰しているため、最近の焼肉食べ放題のメニューを見ると、牛肉だけでなく、鶏・豚肉、ホルモン、前菜、逸品、サラダ、スープ、キムチ、唐揚げやフライドポテトなどの一品料理、麵飯類、デザートなど多品種フルラインメニューで対応するなど、本道の焼肉で勝負できていないのが実情だ。
◆“分散型食べ放題”が主流に
原価の高い牛肉から低原価メニューへの“分散型食べ放題”が主流となっており、各店が食べ放題メニューの品目数の多さを競い合っている感は否めない。多彩な一品メニューなどに注文が分散されるからオペレーションは複雑化するが、費用の中で最も比重が重い原価が軽減されるのは店にとってありがたい。
お客としても肉ばかりは食べられないから、飽きがこないメニューで構成されているのは嬉しい。顧客満足度も高まり、店側の原価対策にもなっているから双方にメリットがある。また、これが食べ放題のお肉かと思うほど、隠し包丁を入れ柔らかさを増している店も多く、現場は顧客満足度の向上に向け苦労している。
また、タレでしっかり揉んでいるので濃い味になっており、白米にもよく合う。しかし、そのご飯も高品質米の供給不足で、価格が高騰している。とはいえ、お肉と比較するとまだ原価は低く、お腹にもたまりやすい。お肉の追加注文が減るのは当然なので、お店側はラッキーと思っているはずである。
季節ごとに旬の食材を入手し、その時々の絶品メニューを提供して、それらが絶妙な来店動機になり、何回通っても飽きのこないメニューの豊富さは、焼肉食べ放題人気が続く理由だ。こういった内容に価値あるサービスを、リーズナブルな価格で提供できるお店が生き残れるだろう。
また、人手不足や人件費が上昇する今、DXを推進し、タッチパネルのオーダーシステム・配膳ロボット・セルフレジなどを活用するのが標準だ。いくら食べ放題とはいえ、お客側も何度も追加注文をお願いしにくいものだが、タッチパネルと配膳ロボットによる商品提供で、店員を介さずに好きなだけ食べられるのは嬉しいことだ。
◆食べ放題店の価格設定は難しい
焼肉は外食の中では高価な部類だが、食べ放題ならリーズナブルだ思う人も多い。しかし、あらゆるコストが値上がりする今、どの店も値上げせざるを得ない状況で、焼肉チェーン大手でも1人あたり食べ放題価格3500~6000円が標準である。
節約志向がより一層高まるなか、どこの店も色々なキャンペーンを実施し、集客策を講じて店を活性化させようとしている。女性が集まれば、店内が華やかになり、かつ男性客も集まるということで、女性だけの割引を実施している店は多い。一方でそれが「男性差別」だと批判の対象にもなるので難しいところだ。
また、それとは別に子供料金やシニア料金など年齢を基準に価格差をつけて安くする店がほとんどだ。お店側も採算を考えた上、価格設定するが、その価格差もけっこう難しい。利益を確保しなければ存続は困難だが、あまりお客が得をするだけの価格には設定できない。また、幼児を無料にしないとヤングファミリーが集客できないが、お店としては幼児だけで席を占領されては困るため、二律背反となっている。
◆1人焼肉「焼肉ライク」が意外な苦戦
そもそも焼肉は高いものというイメージが定着していたが、1991年の牛肉の輸入自由化をきっかけに、安く食べられるようになった。今となっては当たり前にある焼肉食べ放題も、仕入れ原価が低くなったから可能になり、30年以上かけて浸透してきたのである。
焼肉食べ放題の店が全国に広まったことで、これまで贅沢な食事とされていた焼肉が、若者層でも容易に食べられるようになった。お客もいろいろな店に行って、価格・品質・種類の要求水準も高くなった。店側も生き残るため、それらの要求を必死に聞き入れ、競争上の優位性を持とうとしている。
おひとりさまの孤食が注目されつつあるなか、コロナ禍の外出規制で孤食ニーズに対応した店がより増加した。その中で、1人焼肉文化を流行らせた「焼肉ライク」はどこよりも積極的に展開し、一時期100店舗を超えたが、最近は84店舗(24年7月時点)と縮小している。
客単価向上に向けた商品政策で、節約志向の人が増えるなかで、焼肉ライクが安さを求める1人客のニーズと乖離してきた感は否めない。しかし、同社のような革新的業態が勢力を拡大するうちに、低価格を維持できなくなり、後発の同コンセプトの店に追随され、淘汰されるのは小売・外食の世界ではよくあることだ。今後の展開を注視したい。
◆中国や韓国に買い負ける日本
焼肉チェーン店は店舗数を増やすと、大量仕入れによるコストダウンでお客様に安くお肉を提供できるという強みが昔はあった。しかし、アメリカ牛も日本だけが上得意客ではなくなり、経済発展して肉食文化が急速に浸透した中国や韓国などに買い負けているのが実情であり、しかも円安と物流コストの上昇で仕入れ環境は最悪だ。
焼肉食べ放題店も、売上は前年を上回っているが、これは値上げによる客単価アップが要因で、客数は伸びていないところも多い。売上を向上させるためには、①客数を伸ばす、②客単価を上げることが必須だが、1組あたりの客数を伸ばしながら、客席回転率を高める方策が求められる。
物価高騰の中でお客さんに合理的で納得される価格設定での訴求力が必要であり、ステルス値上げや便乗値上げと揶揄されないようにしていかねばならない。
焼肉店の初期投資額は他の業態と比較すると高額だが、客単価が高く、利益率が高いから投資回収速度は早めが一般的だ。資金回収をあまり焦らずに、適正利潤の確保を徹底し、顧客との良好な関係の構築に努めないといけない。
<TEXT/中村清志>
【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan