「診療報酬、介護報酬を大幅に引き上げろ!」――。
看護師、介護士らの人手不足で“医療崩壊”も危惧される中、日本医療労働組合連合会(医労連)など医療系の三つの労組は11月13日、東京・霞が関の財務省正門前などでケア労働者の大幅な賃金引き上げと処遇改善を求め、宣伝行動を実施した。行動には全国から第一線で働く看護師らも参加し、 “リアル”な現状も語った。
昨年他界した筆者の母も、10年以上にわたって温かい看護、そして介護を受けた。遠く離れた鹿児島に住む母への気がかりを、それは十分に忘れさせてくれるものだった。感謝してもし切れないが、その看護、介護の現場が今、苦境に立たされている。
「労働者の生の声を聞いてほしい」
スーツ姿の職員らが出入りする中央省庁のビル群の一角。国の予算編成などをつかさどる財務省の前に、医労連と全国大学高専教職員組合(全大教)、日本自治体労働組合総連合(自治労連)の役員・関係者、そして現職の看護師、介護士らおよそ100人が集まった。
白いワゴンの車上。「ぜひ、現場の労働者の生の声を聞いてほしい。耳を傾けていただきたい」という医労連役員の司会あいさつに続いて、鮫島彰自治労連医療部会議長が口火を切った。
政府は2024年診療報酬・介護報酬改定で、「ベースアップ評価料(※)」や「新介護加算」を盛り込んだものの、2.5%のベア目標に対し医労連加盟の医療機関や介護施設では1.42%にとどまった。鮫島議長は、他産業の春闘賃上げ平均5.0%程度と比べて「低過ぎる」と指摘。その上で、「全額公費による追加の賃上げ施策、物価高騰や人件費増を補えるだけの診療報酬・介護報酬を抜本的に引き上げる臨時改定を要望したい」と、さらなる取り組みを求めた。
※看護職員などの医療従事者の賃上げのために今年6月スタート。診療費に上乗せされ患者が負担。そのすべてを賃上げに充てる。
介護事業者の倒産、過去最多ペース
宣伝行動に先立って、医労連などが東京・永田町の参議院議員会館の講堂で開いた意思統一集会では、米沢哲医労連書記長が基調報告を行った。
それによると、「令和6年賃金引上げ等の実態に関する調査」(厚労省実施)での賃金引き上げ企業の割合は産業全体の91.2%で平均額は1万1961円(4.1%)。一方、医療・福祉産業の平均額は6876円(2.5%)。調査が行われた産業の中で、上げ幅は最低だった。
また、2024年(1~10月)の「老人福祉・介護事業」倒産件数(東京商工リサーチ調査)は145件で、調査開始(2000年)以降、最多だった2022年の143件をすでに上回っている。
赤字病院も増加し、日本病院会など3団体による「病院経営定期調査」によると、2023年度は、経常損益で赤字となっている病院の割合が51.0%で22年度より28.3%も増加している。
利益を追求できる民間企業と異なり、国によって決められる社会保障関係費の診療報酬・介護報酬に頼る医療、介護機関。低い収入や賃金体系が経営を圧迫し、離職者の増加に拍車を掛け、さらに残った従事者には重い負担を課している。
無資格者が看護を行っているケースも
現場の厳しい実情を車上から訴える参加者(11月13日 都内/榎園哲哉)
宣伝行動では、第一線で働く看護師や事務職員も車上から現状を伝えた。
全日本赤十字労働組合連合会(全日赤)の中央執行委員長も務める看護師の五十嵐真理子さんは、新型コロナウイルス感染症の患者対応に今もあたっていることに触れ、こう語った。
「今でも、隔離や感染対策をしながら看護にあたっている。(人手不足の中)外来から病棟、病棟から外来の勤務など、慣れない業務であっても、事故が起きないようにしながら頑張っている。看護師の欠員がある病院では、病棟を再編したり減らしたりしている。病床数が減ることで、入院できる患者さんが減ることにつながり、病院の経営もますます厳しくなっている。将来への展望を持てず、退職者が続き、7月に入った新人でさえ転職サイトに登録している」
東京医労連に所属する病院事務職員の長井海雄(みお)さんも、低賃金による深刻な人手不足を訴えた。
「どの現場に行っても人が足りない、という話を聞く。お昼休みもほとんどとれないまま一日中立ちっぱなしで働いている看護師や、16時間という超長時間夜勤を仮眠もとれないまま行っている看護師もいる。なぜ人が足りないのか、それは賃金が安いから。(6月から)ベースアップ評価料をつけていただいたが私の場合、月に4200円だ。これでは1か月分の米代にもならない」
また、宣伝行動に駆け付けていた都内の病院で働く看護師Aさんは筆者の取材に対し、「夜勤回数が多い。3交代で12回、2交代で6回、(ひと月に)働く20日のうちの半分は夜勤。コロナの後、再診サイクルの見直し=1か月から3か月=などによる受診離れもあって患者さんが戻っておらず、経営はどこも赤字。支出の抑制があり、時間外勤務を(日報等に)書かせてもらえないこともある」と語った。
さらに、「ベッドサイドでケアすることでやりがいも持てるが、人手不足でそうしたことができていない。本当の意味でのやりたい看護ではない。看護師から看護助手への業務委譲も行われ、白衣は着ているけど有資格者ではない、ということもある。それは非常に危険な状態だと思う」と危機感を訴えた。
働きの“質”を賃金や昇給につなげてほしい
現場の危機的状況について、介護ヘルパーの資格を持ち、介護・福祉分野に詳しい外岡潤弁護士(弁護士法人おかげさま)は、「介護の話に限って言えば、人材確保は、正社員や介護福祉士の資格を持っていなければだめ、とハードルを上げず、施設側も(採用に)柔軟に対応し、変わらないといけない面もある」と指摘。
一方、従事者の負担軽減については、「利用者を車いすに移すリフトなど、ロボットや道具を使うことで従事者の腰痛を防止し、肉体労働を減らすことができる。体力のない人でも働けるよう、設備の導入に補助金を出すなど国が促進する必要もあるのではないか」と提言した。
処遇については、「(施設等で)毎日行っている介護の質が細かく評価されていないように思う」とし、「介護のスキル、知識、積み重ねが評価される賃金・昇給体系を取り入れ、頑張れば上がっていく仕組みを促進してほしい。利用者の『この施設で良かった』といった声が反映されるべき。現場の声、働きを(評価に)吸い上げて、モチベーションの向上につなげてほしい」と国による対策の必要性を語った。
関係者らが求める処遇改善。しかし、年末一時金については、医療機関・介護施設で大幅引き下げの回答が続出している。
渡辺勇仁(ゆうじ)医労連副委員長は宣伝行動の最後、財務省の職員らに向かってこう声を上げた。
「あなた方も(将来)医療や介護に必ずかかる。現状が続けば、その時になって医療にかかれない、介護にかかれないということも起こり得る」