2020年6月1日に施行されたパワハラ防止法をはじめ、ハラスメント対策が進んでいる日本。しかし、精神障害の労災認定件数は年間800件を超え、5年連続で過去最高を更新するなど「職場いじめ」は増加、深刻化が進んでいます。ハラスメント対策専門家の坂倉昇平氏は、著書『大人のいじめ』(講談社)にて「近年見られる職場いじめには、これまでとは異なる傾向がある」といいます。いじめが起きる職場の特徴や実例をみていきましょう。
いじめのある職場は、長時間労働の割合が2倍以上
職場いじめが増加・深刻化している。
「職場いじめは昔からあった」という意見もあるだろう。上司による行き過ぎた「指導」、ベテラン従業員による新人いびり、社内の「派閥争い」、出世する同僚に対する嫉妬、他人への配慮に欠けた「問題社員」の行為などを挙げる声もあるだろう。こうした労働相談は、今もなくなったわけではない。
しかし、近年見られる職場いじめには、これまでとは異なる傾向がある。ここでは、最近の職場いじめに共通する特徴や背景を指摘していきたい。
まず、第一の特徴が、「過酷な労働環境」である。
それを示唆するのが、2021年4月に公表された厚労省の「職場のハラスメントに関する実態調査」(2020年10月に実施)だ。この調査では、現在の職場でパワーハラスメントが起きている労働者に、職場で起きているハラスメント以外の問題について質問している。
一番多く挙げられたのは「上司と部下のコミュニケーションが少ない/ない」で37.3%だった。過去3年間にパワハラを経験していない人で、同じ回答をしたのは15.1%と、2倍以上の開きがある。ただし、コミュニケーションがないこと自体がハラスメント行為であったり、ハラスメント行為の結果であったりするケースも多く含まれていると思われる。
目を引くのは、2番目に多かった「残業が多い/休暇を取りづらい」が、パワハラが起きている職場の労働者の30.7%から回答されていることだ。一方で、過去3年間にパワハラを経験しなかった人のうち、その職場で「残業が多い/休暇を取りづらい」と答えた割合は13.4%にとどまった。やはり2倍以上の差があったのである。
もちろん、ハラスメント行為そのものや、その行為の影響によって、残業が多くなったり、休暇が取りづらくなっていることもあるだろう。しかし、少なからぬハラスメントの背後に、長時間労働に象徴される過酷な労働環境が横たわっていることを窺わせる。
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近年相次ぐ、同僚による卑劣ないじめ
第二の特徴は、「職場全体の加害者化」である。現在でも、職場いじめの多くが経営者や上司によって行われている。
しかし、近年では、経営者や上司に限らず、先輩や同僚、部下など、広義の同僚によって、多くのいじめが行われている。最近の報道から例を挙げよう。
4ヵ月で給与84万円を取り上げ、オムツで働かせ、クレーンで吊るす
まず、香川県の金属加工を営む中小企業で起きた、先輩社員による10年以上に及ぶ凄惨ないじめを紹介しよう。あまりの酷さのため、加害者は2021年5月、高松地裁において恐喝罪などで懲役2年6ヵ月の実刑判決を受けている。新聞の報道によると、経緯は次の通りだ。
10年以上前、後輩社員の男性がミスをして怒鳴られたことをきっかけに、先輩社員によるいじめが始まった。男性に対する𠮟責の回数が増えるようになり、殴打などの暴力も受けるようになった。やがてミスのたびに「罰金」を取られるようにまでなった。
次第に暴力はエスカレートしていき、殴打には鉄パイプが用いられた。給料の大半も奪われるようになった。明らかになっている2020年6月〜9月の4ヵ月間だけで、奪われた金額は84万円に及んでいる。
さらに男性を裸にしてオムツを穿かせて仕事をさせ、水を大量に飲ませてトイレに行かせなかったという。天井のクレーンに吊り下げて振り回したこともあった。「家族を崩壊させる」と脅すこともあった。2020年に同僚が警察に訴えたことで、ようやく事態が公然化した。
とはいえ、会社はもともと被害を把握していたという。男性が上司に訴えても問題にせず、起訴されてようやく先輩社員を解雇した。別の同僚も、「いつものことという感じで、誰も騒がなかった」と法廷で証言した。
加害者である元先輩社員は「何度注意してもミスを繰り返すので嫌悪感が募った」「怒りの感情がコントロールできなくなっていた」と述べている。被害者の男性も「ミスをした自分が悪い」と発言し、罪悪感を植え付けられていたことがわかる。
坂倉昇平
ハラスメント対策専門家