兵庫県知事選で再選を果たした斎藤元彦知事が話題だが、斎藤氏が知事を罷免された端緒は、今年3月にパワハラの疑いなど〝7つの疑惑〟を告発する文書が出回ったこと。百条委員会が開催され、文書を作成したとされる元県民局長は死亡するなど、侃侃諤諤の末、議会から全会一致で不信任決議を出されたことがきっかけだ。
告発文書には、「公用車を途中で下ろされ叱責した」などの内容が書かれていたが、知事は一貫してパワハラを否定。しかし百条委員会が県職員に対して実施したアンケートでは、職員の42%が斎藤知事のパワハラを見聞きしたと回答。その一方で、SNSを中心に〝斎藤氏はパワハラ疑惑をかけられてハメられた〟などの世論が起こり、斎藤氏は再選を果たした。
斎藤氏のパワハラはあったのかなかったのか、その真相はいまだ判然としないが、かように、今の社会で大きな問題となるのが、「ハラスメント」だ。
〝常識的な行動〟を心掛ける
一口にハラスメントと言っても、それは多岐にわたるが、〝三大ハラスメント〟である「パワハラ」「セクハラ」「マタハラ」に関しては、企業で対策防止を講じることが義務化されている。それに対する相談件数も右肩あがりだ。
ところで、実際、それを取り扱う弁護士の元には、どの手の相談が多いのか。労働関連の事案を数多く扱う松井剛弁護士に聞いてみた。
「あくまで私の実感ですが、やはりパワハラが圧倒的です。 マタハラに関しては、直接相談を受けるというよりは、解雇や退職勧奨された事案などと関連して『マタハラ』という表現が出てくることがある印象です。一方で、コロナ禍を機に新しい形の相談、たとえばチャットなどでのやりとりをハラスメントの証拠とする事例は増えていると感じます。また、これはパワハラというよりはセクハラですが、 グループチャットでなく、個別のチャットで上司が女性社員をしつこく飲みに誘うなど、不適切な言動をしてくることに対する相談も少なくないです」
その〝回避のための心構え〟について、松井弁護士はこう回答した。
「一言でいうのは難しいのですが、つまりは〝常識的な行動〟を心掛けることに尽きるでしょう。〝怒鳴らない〟〝殴らない〟などといったことは、本来、社会通念上、当たり前のことで、いわば〝常識〟です。確かにそういうことに対する意識は3、40年前よりは厳しくなっている。しかし、常識に従って行動していれば必要以上に委縮する必要もないと思います。しかしながら、こと『セクハラ』や『マタハラ』などに関しては、男性側のそうした常識が〝今の常識とズレている〟ことも起こりえますから、注意が必要です」
〝三大ハラスメント〟のひとつ「マタハラ」は企業で防止策が義務化されているが…(maruco / PIXTA)
「職場で爪を切る」行為もNG!?
そうした世相を反映してか、週刊誌の『週刊現代』(2024年11月9日号)が、「あれも、これも不適切! 息をするだけで訴えられるかもーー 社会を悩ます『新型パワハラ44』」と題した記事を掲載している。
記事では職場や日常生活で気をつけたい「新型ハラスメント」の一覧表が載っており、それぞれの解説が付されているが、その一例はこうだ。
【フキハラ】不機嫌な態度や表情、ため息をくりかえし、精神的な苦痛を与える。
【キボハラ】キーボードをたたく音やマウスの音などで、周囲の人を不快にさせる。
【オオハラ】メジャーで活躍中の大谷選手をめぐる報道が過剰だという反発から。
【エイハラ】「おじさんにはわかりませんよ」など年齢や世代を理由に嫌がらせをする。
【ツメハラ】自宅ですればいいにもかかわらずなぜか職場で爪を切る。
【ハラハラ】上司などに、何かにつけて「これはハラスメントだ」と主張する。
一覧表には、思わず冗談に思えてしまうような、意外な内容も含まれているのだが、これらの例を見た上で、「程度が過度になれば、例えば会社の総務や労働組合に駆け込まれるなど、職場で実際に法的な問題になりそうなもの」を、前出の松井剛弁護士にあげてもらった。
「もちろんすべて程度が行きすぎれば法律に抵触する可能性はありますが、その上で、一覧表を見た限り、問題化される可能性が高いと感じたのは、【パタハラ】、【ケアハラ】、【プレマタハラ】、【ロケハラ】、【ハラハラ】【ホワハラ】【ツクハラ】あたりでしょうか」
まずはそれぞれ、『週刊現代』の解説を引用しておこう。
【パタハラ】育休や時短勤務を希望する/利用した男性に嫌がらせをする。
【ケアハラ】介護休暇を取得した人に嫌がらせをしたり、制度を利用させない。
【プレマタハラ】(人手不足を懸念して)妊活や妊娠を妨げようとする発言をする。
【ハラハラ】※前述の通り
【ロケハラ】スマホの位置情報サービスで社員の居場所(ロケーション)を監視する。
【ホワハラ】上司が部下に過剰な配慮をすることで、部下の成長機会を奪う。
【ツクハラ】自席の机の上に、他人から見たら不快に感じるようなものを置く。
これらについて松井弁護士が解説する。
「【パタハラ】や【ケアハラ】、【プレマタハラ】などは、問題となる可能性が高いハラスメントです。男性も育児休暇を取るための法制度も整えられている中で、それを理由に嫌がらせするのはNGです。 同様に、育児介護休業法に基づいて介護休暇を取得する人に対して、それを理由に不利益な取り扱いをすることも、育児介護休業法違反となる可能性があります。つまり『産休、育休、介護休業を取らないように仕向ける』というのは、問題が大きいと思います」
「ハラハラ」「ロケハラ」にあたる行為とは
松井弁護士が続ける。
「気になったのは、【ハラハラ】です。これは、ハラスメントというより、上司の命令を聞かないという業務命令違反になり得る行為です。会社としては非常に扱いにくいケースだと思います。そして【ロケハラ】は業務中であれば一概に合理性がないとは言い切れず、即ハラスメント認定は難しいかもしれません」
松井弁護士によれば、業務中に限り、社員の居場所がわかるようにしておくこと自体は、必ずしもハラスメントとまでは言えないと言う。ただし、業時間外も居場所がわかるようになっていたのであれば、場合によりハラスメントに当たり得るそうだ。
「さらに【ホワハラ】ですが、 例えば、A君には期待しているから業務を振り、B君は能力的な懸念があり、〝仕事を依頼しない〟のようなケースだとすると、〝仕事外し〟というパワハラの一類型として問題になる可能性があります。したがって、明確な悪意が含まれる配慮の仕方は、ハラスメントにあたる場合があるということを知っておいた方がいいかもしれません。また、【ツクハラ】ですが、例えば会社の机やパソコンの壁紙に、わいせつなものなどの他人が不快感を覚えるものを置いていたり、表示していたら、それはセクハラにあたる可能性があります。内容次第では大きな問題になる可能性はあると思います」
松井弁護士は「いずれにせよ、程度の問題はありますが」と付け加えるが、なんでもかんでも〝不適切〟とみなされがちな息苦しい時代であることは確かなようだ。
しかしながら〝ハラスメント全盛時代〟の今、職場での立ち居振る舞いには自覚的に注意しておいたほうがよさそうだ。