「最後にお願いがあるの」別れ話の途中、彼を寝室に連れていった女の意図とは…

◆前回までのあらすじ

アパレル関連の会社を経営する翔馬(32)は食事会で出会った香澄(31)の本性を知り、別れる決意をするが…。

▶前回:「しんどい…」32歳男が幻滅した、付き合いたての彼女からのLINEとは

Vol.13 最後の夜



「どうぞ」

「お邪魔します」

初めて訪れた香澄の部屋は、良くも悪くも想像していた通りだった。

白いソファには淡いピンクのクッションが置かれ、ベッドには、大小のぬいぐるみが綺麗に並べられている。

年齢相応より幼い印象の部屋。それがまさに香澄らしいのだが、どこか息苦しく感じるのは、彼女に対して気持ちが冷めているからだろうか。

ミナ、秋山と3人で飲んでいた店に、突然現れた香澄。

とりあえず彼女を連れて店を出たのだが、行く場所が思いつかなかった。

どこか店で話すにしても周りの目が気になるし、自宅に招くのもなんだか気が向かず、香澄の家に行くことになったのだが、はたして正解だったのだろうか。

「翔馬くん、何か飲む?」

香澄の言葉に軽くうなずくと、彼女は冷蔵庫を開け、りんごの缶ジュースと白ワインを取り出した。

「どっちがいい?」

「飲んできたから、こっち」

俺は礼を言いグラスに注がれたジュースを受け取った。

「あ!この番組知ってる?結婚に悩むカップルが旅に出てるんだけど。これ見てるとヨーロッパ旅行したくなるんだよねぇ。今から見ちゃう?」

いつの間にかふわふわなルームウェアに着替えていた香澄が、リモコンを手に取ってテレビをつけた。

ここに来るタクシーの中で、俺は彼女に別れたいということと、その理由を伝えた。

それなのに、わざと明るく接してくるのはなぜなのだろう。

「あのさ香澄ちゃん、俺、遊びに来たわけじゃ…」

「わかってるよ」

俺がテレビを消しながら言うと、香澄は食い気味に答え、リンゴジュースをローテーブルに置いた。

「別れたい気持ちは、変わらないんだよね?」

香澄の言葉に、俺はうなずくしかできなかった。

夜がふけていることもあり、長々と別れる理由を述べる気力も体力も優しさも残っていなかったのだ。

― もっと駄々をこねられると思ったのに、なんだか拍子抜けしたな。

そう思いながら帰るタイミングをうかがっていると、香澄に腕を掴まれた。

「翔馬くん、最後にお願い聞いてくれる?思い出作りっていうか…あ、それで私の軽井沢でのことを許してくれたら一番なんだけど…そうじゃなくてもいいから」

香澄はモゴモゴ言いながら、俺をベッドへ誘導した。

「ほら、私たち付き合って間もないでしょ。お互いを知らないまま別れるのって、もったいないかなって。翔馬くんに、ちゃんと愛されてたってことにしたいの」

彼女の不安げな顔を見て俺は、強烈に反省した。

香澄に対してだけではない。これまで付き合ってきた女の子たち全員にだ。

お金目当てやメンヘラ女子が寄ってくる理由は、きっと自分にある。

そこまで好きじゃない子でも、星付きの高級店や予約困難店に連れて行ってしまうし、ご馳走もする。

優しくするくせに、自分から決定打は打たない。

タイプの女の子に告白されたらとりあえずOKするけれど、連絡はマメにしないし、彼女がいても他の女の子と飲みに行く。

しかも、罪悪感はほぼなかった。



「ごめんね、それはできないや。香澄ちゃんも自分をもっと大切にして」

俺が香澄の背中をさすりながら言うと、香澄は目に涙をためて「わかった」とつぶやいた。

「もし俺が女だったら、香澄ちゃんと同じように稼いでる男を彼氏や夫にしたいと考えると思うんだよね。お金なんてあればあるだけいいわけだし、経済力があることはシンプルにかっこいいから。でも…」

香澄は俺の唇に指を当て、話をさえぎる。

「わかってるよ、翔馬くんの言いたいことは。でも、もうそれ以上言わないで。短い間だったけどありがとう」

「うん、こちらこそ」

最後に香澄と軽くハグをして、俺は深夜1時に自宅へと帰った。

「それじゃあ、ちゃんとお互いに納得して終わりにできたんだ?」

「うん…今思えば、説教じみたアドバイスをできる立場じゃないから、申し訳なかったなって、反省してるんだけどね」

香澄と別れた2週間後、俺は、ようやくミナとのデートにこぎつけた。

何を食べたいか聞いたら「珍しくて美味しいピザ!」と明確に指定してくれたので、俺は麻布台にあるピザ店を予約した。

「ていうか、そもそも付き合うことにしたのが間違いだったんだよ。俺はそこまで好きになってなかったのに、とりあえずOKしちゃったから」

ミナには、香澄との交際を解消した事実をちゃんと話しておきたかった。そうしなければ、この先彼女と誠実に向き合うことができないと思ったからだ。

「とりあえず付き合うって…それは、ちょっと可哀想だったかもね。向こうはちゃんと好きになってくれたんでしょう?」

ミナに言われ、思わず口をつぐむ。そのとおりすぎて、言い訳できなかったから。

― 本当にひどい男だよなぁ…俺って。

「ごめんごめん、そんな顔しないで。しょうがないよ、あんな可愛い子に告白されちゃったらね…そんなことより!ここのピザ、絶品すぎない?生ハムとブッラータに、ルッコラの苦味が最高」

彼女は、さっと話題を変えてくれた。

普段媚びることもなく淡々としていて、歌う時以外はあまり感情を出すことがないミナの、弾けるような笑顔は特別感がある。

「ミナちゃん、次はどこに行きたい?鮨でもいいし、季節的にフレンチもいいよね」

美味しそうに食べ進めるミナを見ながら聞くと、彼女は真顔で俺を見た。

「翔馬くん、それってデートってこと?それとも、友達としての単なる食事ってこと?」

焦げ茶色の大きな黒目に見つめられると、緊張してしまう。

美人は見慣れてるはずなのに、ミナは今まで出会ってきた女性とはどこかが違う。

それが何なのか。うまく言葉にできないが、これが運命というものならば、そうなのかもしれない。

「もちろんデートだよ。そうじゃなかったら、2回も誘わないよ」

「そっか」

ミナは俺と目を合わせることなく、淡いピンク色のロゼワインを口に含んだ。

― 照れているということは、彼女も俺のことを…?

気になるのに聞けない。わかりやすい手応えがないから、先に進むのが怖い。ミナが今日来てくれたのはたまたま気が向いただけなのかもしれない。

32歳にもなってこんなにも慎重になってしまうことが、情けないと思う反面、新鮮でドキドキしている自分もいるから不思議だ。

「そういえば、くれたプロテイン毎日飲んでるよ!ミナちゃんも運動してるんだね。ジム通ってるの?」

ワインの進みが早いので、赤ワインをボトルで注文してから俺は言った。

「ううん…そういうわけじゃないんだけど」

ミナは急に黙ってしまった。

― 聞いちゃまずいことだったかな。

そう思ったところで思い出した。確か、香澄と付き合うことになった日に彼女が言っていた。ミナには彼氏はいないけれど、気になる人がいると。

「ところで、ミナちゃんって彼氏いるんだっけ?」

できるだけカジュアルに聞いたつもりだったが、どうか「NO」と言ってくれという心の声が聞こえてしまったかもしれない。

「いないよ。でも…」

「でも?」

嫌な予感がした。ミナの表情が暗かったから。

「好きな人はいる。ううん、昨日までいた…って言うのが、正しいかな」

― 昨日まで…?その一言で、その相手が俺じゃないことがわかり、美味しかったワインの味が一気にしなくなった。

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▶1話目はこちら:「LINE交換しませんか?」麻布十番の鮨店で思わぬ出会いが…

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最終回:ミナと翔馬の恋の行方は…