「日本一のSNS総フォロワー数を誇る居酒屋」が明かす、総フォロワー300万人以上に成長するまでの意外な舞台裏

数えきれないほどある飲食店。コンセプトや料理ジャンル、価格設定などで他店と差別化を図るのが一般的である。最近では、「SNS」に注力する飲食店も多い。写真や動画でお店の世界観を表現し、集客や口コミ効果、ブランディングにつなげるなど、今や飲食店にとって欠かせないツールと言えるだろう。

そんななか、SNSで「動画がおもしろい」として注目を集める名古屋・栄の「居酒屋 哉月」は、“日本一のフォロワー数を誇る居酒屋”として知られている。

TikTokのフォロワー数が210万、Instagramが70万、YouTubeは30万と、SNSの総フォロワー数は300万以上にのぼり、国内外問わず多くのファンを抱えているのだ。

そんな居酒屋 哉月を運営する社長に、SNSに注力するワケやその成果について話を聞いた。

◆コロナ禍の暗い世の中で世界中の人々に笑顔を届けたかった


2016年3月に開業した哉月は、立ち上げ1ヶ月目から黒字スタートを切るなど、順調な滑り出しとなった。「集客には自信があった」と語る社長は、独自のノウハウを武器に利用客の心をつかみ、居酒屋経営を行ってきたという。

2020年7月、コロナ禍に始めたTikTokは、「居酒屋という常識の枠にとらわれずに、ひとりでも多くの人に笑顔を届けたかったから」だと話す。

「動画が面白ければ面白いほど、どんどん拡散されていき、再生数が伸びる。つまり、面白い動画を作れば大勢の人に笑顔を届けられるんです。

コロナ禍では、世の中全体に“マイナスのオーラ”が漂っていました。TikTokを通じてほんの1秒、2秒でも動画を見てくれた人に幸せを感じてもらえる動画を作りたいという一心で、地道に投稿していったんです」(社長、以下同)

フォロワー数を増やすことが目的ではなく、あくまでコロナ禍の暗い雰囲気の中、世界中の人々に笑顔を届けるというのを前提に取り組んでいたそうだ。

◆社長自ら動画作りに専念したことで“バズる”ように

転機になったのは、2021年5月に投稿した「絶対に動機が不純なアルバイト」の動画だった。

「やり始めた頃は、女性スタッフが楽しく仕事するために、スタッフ自身が動画を考えて投稿していました。でも結果として、多くの人に見てもらえるようなバズ動画は生まれなかった。そこで、動画の企画から撮影、編集まで全て社長本人が行う体制に変えたところ、一投稿目から大バズり、『絶対に動機が不純なアルバイト』でした」

実は哉月の店舗アカウントとは別に、社長自身の個人アカウントを立ち上げ、色々と研究を重ねていた。

試行錯誤していくなかで、8投稿目にして100万再生される動画が生まれ、「どうしたら、たくさんの人に届く動画が作れるか」というコツをつかんだそうだ。こうした水面下の努力が実を結んで、哉月のTikTokは次第に注目を浴びるようになっていく。

2021年5月は「レシピを自己流にアレンジしてしまうアルバイト」、「まかないに本気を出すアルバイト」、「やたらと予備を作りたがるアルバイト」など立て続けにバズ動画を連発。

さらに同年7月には、「ラブライブ!」や「アイドルマスター」のコスプレ企画の動画が100万再生を超えたことで、フォロワー数が急激に増えていく。

11月にはフォロワー10万人を達成し、2月には海外ユーザーにも届くような動画作りをするなど、一気に人気アカウントへと成長していったのだ。

◆“オンリーワン”の動画を作るため、撮影に2時間かけることも…


コンスタントにバズ動画を生み出すには、どのような工夫を凝らしているのだろうか。

「基本的には、その時のバズっているトレンドの動画を意識し、そこにオリジナル要素を加えていくのを心がけています。ただ、バズってる動画を単に真似したからといってバズるわけではないんです。やはり、唯一無二の動画を追求しないと、面白くて価値のあるコンテンツは作れません。

そういう意味では、ワンカットを撮るために演技指導を含めて2時間くらいかける場合もありますね。もちろん、アルバイトの女性スタッフはTikTokの撮影も業務の一部なので、働いたぶんだけお給料は発生しています」

社長はサラリーマン時代、グラフィックデザイナーだったこともあり、幼少期からクリエイティブな発想が得意だったという。

ショート動画ではテレビCMのような“絵コンテ”を頭の中で描き、作っているとか。

動画全体のシナリオを設計した上で、「引き」や「寄り」といった演出や魅せ方を考えていくことが求められるわけだ。

哉月のTikTokでは、動画によって撮影や編集にかける時間が異なるとのこと。


「ダンス系の動画だと短時間で終わりますが、1秒ほどのカットを繋げて20カット程度にして、被写体が滑らかに動いているように見せる動画は結構時間がかかります。

動画の編集は、カットごとに切り取って繋げていけばいいんですが、本当に欲しいカットが撮れるまで何テイクも重ねる必要があるんですよ。凝った動画を作る際は、撮影に相当時間がかかっていますね」

◆数ヶ月間もバズり続けた動画が生まれた背景

2022年2月から投稿を始めた「#ちゃんと仕事してる?」シリーズは、海外のトレンド動画を参考に、オリジナルのストーリーを設計。このシリーズは毎回出すたびに多くの反響を呼び、半年間も続いたロングラン動画となった。

「元ネタは、海外で流行っていた『服チェンジ系の動画』」です。そこでは、セクシーな衣装に変わるのがオチでしたが、『#ちゃんと仕事してる?』では、私がいろいろな方法で衣装チェンジを阻止する設定にしました。

これがうまく当たって、『阻止してくる社長』を止めるアイデアのコメントが多く寄せられ、毎回動画を上げるたびに何百万回も再生されるほど人気の動画になったんですよ。本当に数ヶ月間はずっとバズり続けていましたね」

シリーズのファイナルを迎えるにあたっては、ライブ配信を敢行。

果たして、衣装チェンジは実現するのか。

それとも、いつものように阻止されるのか。

その結果を見届けようと、世界中から4万人以上の同時接続(同接)数を記録した。

このような飛ぶ鳥を落とす勢いで階段を駆け上がった 哉月のTikTokは、2022年にTikTok Awards Japan 2022にて「Rising Creator of the Year」を受賞。

いまでは、210万フォロワーを誇るアカウントとなっている。

◆居酒屋店員がアイドルよりも人気な理由

ちなみに、社長のみならず女性のスタッフが“アイドル”顔負けの人気が出ているが、何か意図的にやっているのだろうか。

「アルバイトスタッフも一人ひとりが人生の主役。居酒屋のアルバイトという仕事を通じて自分達の魅力を輝かせて欲しい。私としては、SNSを通じて彼女たち一人ひとりが“主役”になれる場を作りたくて。そうすれば、自己肯定感が向上しますし、自信もつくわけです。居酒屋のバイトではありますが、彼女たちに仕事の楽しさを教えたいというのが本心ですね」

哉月の店内では、厨房にスマホを設置し、そこから毎日ライブ配信を行っている。女性スタッフの働く姿や動画を撮影する姿を見せることで、「仕事は楽しくやるもの」というのをいろんな人に伝えていきたい。そうした思いを持って取り組んでいるそうだ。

◆常識に捉われず唯一無二を追求する

今後の展望について、「特に具体的な目標は定めていない」と語る社長。

今やりたいこと、今できることを精一杯やる。目標や夢を語るのではなく、結果が全て。

このような考えのもと、TikTokを始めた頃に思い描いた「面白い動画を作って、世界中の人に笑顔を届ける」のを愚直に追求していくという。


「居酒屋だからといって、必ずこうしなければならないという固定観念にとらわれたくなくて。最初は非常識なことでも、それをやり続けることで新しい常識を作り出せば良いわけですし、新しい道を切り拓く姿勢を常に大切にしたいと思っています。これからも、自分の周りにいる身内から成長させていき、世界中の人々に笑顔を届けられるように頑張っていきたいですね」

社長自身、「今日は何の動画を投稿するか」というアイデアは特に決めていないという。いざ撮影しようと考えた時に即座に色々と思いつくそうで、まさに感性に長けた才能を持っていると感じた。

「居酒屋 哉月」の動画に引き続き注目したい。

<取材・文・撮影(人物)/古田島大介>

【古田島大介】

1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている