ネット通販の巨人「アマゾンジャパン」に対し、公正取引委員会(公取委)が独占禁止法違反被疑行為について審査を進めている。4日には公取委HPに情報を募る専用ページが設置され、出品者からの情報・意見の募集がスタートした。
アマゾンジャパンは、自社通販サイトの出品者に対し、販売に有利になる表示をするために、価格調整をしたり、自社の物流サービスの利用を勧めたりしているとされる。それら行為が特定デジタルプラットフォーム(DPF)の透明性及び公正性を阻害する行為にあたり、さらには私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)19条(不公正な取引方法の禁止)の規定に違反しているとし、先月末から立ち入り検査が行われている。
周辺がざわついているようだが、「アマゾンが法律違反をした可能性がある」といっても、一般ユーザーにとってはピンと来ないかもしれない。そもそも、なにが問題になっているのか…。ビジネスと法規制に詳しい江﨑裕久弁護士に聞いた。
アマゾンのなにが問題となっているのか
今回、立ち入りのきっかけとなった特定DPF透明化法(特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律)はあまりなじみがありません。どういう法律で、アマゾンが問題視されているのは実質的にどのような点なのでしょうか。
江﨑弁護士: 特定DPF透明化法が成立したのは2020年5月と最近です。これは欧州のP2B(Platform to Business)規則案等の合意を受けた、主にB to Bに関する法律で、アマゾンの他、アップルやグーグル、楽天など政令で指定された一定規模の会社を狙い撃ちする形になっています。
特定DPFのアマゾンが狙い撃ちにされたということですか。
江﨑弁護士: この法令の対象となる事業者という意味ではそうです。ただ、元々この法令は独占禁止法の延長線上にあるといえます。法令の内容が独占的な立場にある事業者に対して情報開示や紛争解決の自主的な構築を促すものになっているためです。
実質的な根拠としては、プラットフォームビジネスは、内部のアルゴリズム等が見えにくい点があり、独禁法適用に至るまでのそもそもの情報収集という点に問題があるので、この法令ができたものと理解しています。
その規制の中身は、情報の提供義務と自主的な紛争解決の仕組みの整備等が主なものとなっており、「~してはならない」という形の条文に比べると直接に違反を問いにくい法令となっています。今回はあえて違反を問う形を、経産省と公取委は取っているように見えます。
公取委はかなり強い姿勢を示しているような印象を受けます。
江﨑弁護士: 現時点では報道やプレスリリースで特定されているわけではなく、推測を交えることになりますが、今回特に問題となっているのは、特定の事業者との取引を拒絶する時にはその理由を開示しなければならないという条項があり、その違反を問うているように思われます。
出品者の事業活動を制限していると疑われるサービス(アマゾンHPより)
具体的には、アマゾンのおすすめフレームに表示してもらうために、出品者は他のプラットフォームに掲載するよりも安価にしなければならなかったり、それを拒絶するとそもそもプラットフォームに掲載してもらえなかったりするという事例があったと言われています。
プラットフォーマーとしての優位な立場を利用して、実質的に取引を制限したと疑われているわけですね。
江﨑弁護士: これが事実であれば独占禁止法でも違反とされうる行為にあたります。そして、特定DPF透明化法が特定の事業者を狙い撃ちすることを正当化するもう一つのポイントは「集中」です。
プラットフォームビジネスは、ユーザーと事業者が集中すれば集中するほど加速度的に収益が増える仕組みです。他方で一旦集中してしまえば後の参加が難しく、全く同一の市場では競争効果が得られにくいという性質があります。
そのため、通常の独占禁止法のように完全に法令違反が確認される前の段階で是正しようとするところに、本来の特定DPF透明化法の立法意図があったと思います。
しかしながら、今回のアマゾンの件は、もしかしたら特定DPF透明化法の適用が最終目的ではなく、直接的に独占禁止法に規定される不公正な取引方法等にも該当しうるとの疑いを持って、その前の調査段階として一旦この法令に基づいて立ち入り調査が入ったという事情があるのではないかと思えます。
なぜアマゾンがリアル店舗より安いのか?
公取委の狙いとしては、今回の一連の調査によって、ネットワーク効果がもたらす結果的な独占に歯止めを利かせることで、これ以上の影響を最小限に抑えようということでしょうか。
江﨑弁護士: 公取委の考え方は理解できます。近年、力のあるデジタルプラットフォームに小売りが一極集中しているという事実はありますし、デジタルプラットフォームについては、仕組みが見えにくいという問題もあります。
「なんで自分で行って自分で物を運んでくる小売店よりも自宅までの運び賃込みのアマゾンの方が安いのか」という素朴な疑問を感じたことはありませんか? そのからくりが今回明らかになったという意味では、もっと関心が集まってもいいトピックなのかもしれません。
ただ、独占そのものについてメスを入れようというよりも、現段階ではこういった独占がもたらす弊害の方に目を向けていると思います。
消費者が「安い」と飛びついていたアマゾンの裏側では、アマゾンの圧力により各小売業者が安値を付けざるを得なかった事情があったということですね。
江﨑弁護士: 今回のニュースからすれば、アマゾンが各小売業者に安売り圧力をかけてきたことが問題視されているようです。消費者から見れば安く買えるのでありがたいと思える面も当然あるでしょうが、小売事業者が「身銭を切る」レベルにまでなるのはwin-winではありませんし、健全でもありません。
改めて法文の内容を見ると、このような懸念が今回、特定DPF透明化法がまさに規制しようとしていた事案のように見えます。
「アマゾン=安い」に変化も?
今回の法令や公取委の動き方によって、今後どのように市場が変化していくでしょうか。
江﨑弁護士: 私はアナリストではないので、いくつかのありうる可能性を提示するにとどめておきます。
まずアマゾンについては、これ一つでアマゾンの優位性がすぐに失われるというものではないと思います。何よりもアマゾンが今までプラットフォームとして築いてきたネームの優位性は揺るぎません。
ただ、「アマゾン=安い」という部分が少しずつ変わっていくのかもしれません。その「安さ」を売りにするという側面に拠らない努力がアマゾン側にも求められると思います。
アマゾンで安く買い物ができなくなるとしたら、買う側にとってはやはり残念です。
江﨑弁護士: 消費者の観点から見ると、短期的にはアマゾンでは安く買えなくなる可能性があるということなので、不利益に見えるでしょう。
ただ、長期的に見ると、やはり小売業者の側に負担をかけすぎているということであれば、そういった業者が潰れていったり、イノベーションを削ぐことになってしまいますので、最後は程度の問題です。
私は、その基準は「win-win」が理想で、「win-lose」となる市場は健全ではないというところに求められると思っています。
からくりを知ると、出品者側にwinの余地があるようには見えませんね。市場全体、巨大IT企業への影響はどうでしょうか。
江﨑弁護士: 少し広い観点で見ると、いま、米国でGoogle分割案が取りざたされたり、EUで前述のP2B規則が制定されたり、巨大IT企業に対する風当たりは強くなってきています。
改めて法文の内容を見ると、このような懸念が今回、特定DPF透明化法がまさに規制しようとしていた事案のように見えます。
ただ、法律という観点で見ると、これらの巨大IT企業を直接弱体化させるような規制については正当性を欠くところですし、今回のように当局も独占的な地位がもたらす「弊害」に着目する形での規制が続くでしょう。そのような規制自体によって、市場での各業者の地位が変わってしまうような効果はないと思います。
市場の変化は、前回の記事(編注:「対Apple・Google法案」は極めて異例な法律!? 公正取引委員会規制強化の意義と懸念https://www.ben54.jp/news/1340
)でも申し上げましたが、やはり次のイノベーションが発生した時に起きると思います。
またアマゾンも、一方的に規制当局に従うわけではないということを申し上げておきます。アマゾンやGoogleは公共政策担当者を各国においてロビイング活動をしています。興味のある方は、アマゾンの政策担当者だった渡辺弘美氏が書いた「テックラッシュ戦記」という本を読んでいただきたいですが、ここからアマゾンがどういう反撃を見せるのか。個人的にはその動向にとても興味のあるところです。