誰しも「苦手な人」はいるもの。とはいえ、ビジネスの場面はもちろん、プライベートでも親戚や家族絡みのお付き合いの場合、「あの人は苦手だから」と、避けて通るわけにはいきません。そんなとき、できるだけ相手での苦手意識を減らしてコミュニケーションをとる方法とは? フリーランスでキャスターや社外役員などを行う木場弘子氏の著書『次につながる対話力~「伝える」のプロがフリーランスで30年間やってきたこと~』(SDP)より、詳しく解説します。

できないことは最初に言ってしまおう

誰しも、何かを頼まれれば、「できます」と返事をしたいものです。その仕事が、やり甲斐や挑戦し甲斐のあるもの、興味をそそるものであれば、なおさらでしょう。

一方、それが初めての分野で、自分の知識や経験が少ない場合、また物理的にスケジュールが厳しい場合などは、引き受ける際にその点をはっきり相手に伝えておくことで、のちのトラブルを防ぐことになると考えます。

たとえば――

「今度、新規事業を立ち上げるので、君、責任者になってくれる?」

と聞かれた時、ふたつ返事で引き受けるのではなく、

「ありがとうございます。ただ、私はその分野は経験したことがなく、知識がありませんが」

というように、あらかじめ“宣言”しておけば、

「問題ないよ、むしろ素人ならではの視点を大切にしてほしい」

「ゼロからの立ち上げだし、メンバーと一緒に勉強しながらで大丈夫」

などと、頼む側との間に合意が生まれます。

こうしておけば、いざチームを立ち上げてから「君、聞いてた話と違うじゃないか。そんなこともわからないんじゃ困るよ」というような事態にはなりません。事前に「できない」ことを明確にしておくことは、先々で相手に迷惑をかけないという点で、コミュニケーションの入り口における大切なマナーだと私はいつも思っています。

――以前、私にはこんなことがありました。

CSのあるチャンネルから、大相撲の地方巡業の実況をしないかと、お誘いをいただいた折のエピソードです。

私も、普段から相撲の中継を見たり、有名な力士の名前と顔は一致する、それぐらいの知識はありましたが、あくまでそのレベル。各力士のプロフィールなどの情報は事前に収集できるとしても、実況では勝敗の際に「決まり手」を言わなければなりません。「四十八手」と呼ばれる相撲の技を、短期間で確信を持ってアナウンスする自信はありませんでした。

それでも、「いただいたお仕事はお断りせず、一度はやってみる」というのが私のポリシーですので、仕事の入り口の部分で正直に話しました。「決まり手について、自信を持って言うことは難しいと思います。ですので、私がやれる方法を考えてきました」と。プロデューサーの方は、真剣に私の言葉に耳を傾けて下さいました。私は続けました。

「勝負がついた瞬間に、私が、『決まりました!』と言いますので、そこですかさず、解説の親方から『上手投げ!』という風に決まり手をコメントする。こういう形でしたら、やれそうに思うのですが」

よくよく考えたら、野球の実況などでもピッチャーの球種についての技術的なところは、アナウンサーは決めつけずに解説者に聞いているので、それほどかけ離れた話でもないかな、と。ただし、わからないなりに勉強を続け、いつかは決まり手を言えるように頑張らなくっちゃ! と心に誓ったのはもちろんです。

かくして、私の大相撲巡業は始まりました。本場所とは違ってリラックスした雰囲気もあり、その地域のご紹介や親方の思い出など、私なりに初心者の視点で相撲にまつわるエトセトラなどを教えていただきながら、楽しく関わっていたのですが……ある日のこと、初めてご一緒したディレクターの方から「あなたは、決まり手も知らないで相撲の実況をやってるの?」と、批判めいた口調で尋ねられました。

どうやら、本社のプロデューサーの方から話を聞いていなかったようです。本社とこの方とのミスコミュニケーションだったとすぐにわかって、ひと安心。兎も角も何とかこのお仕事ができたのは、入り口の段階で「できないこと」をきちんとお伝えしてあったからだと思います。

良きコミュニケーションというのは、それに関わる全員の信頼関係が成り立っていることが大前提です。そしてその信頼は、各々がハッタリや掛け値なしにできるだけ正確な情報を提供することによって、強固なものになります。

期待を裏切りたくない、不安はあるけれど挑戦してみたい、相手に対していい顔をしなくちゃ……様々な理由はあっても、自分を無理に大きく見せようとすることは、結果として相手を失望させたり、トラブルを起こして迷惑をかけたり、最も大切な信頼関係を壊すことにつながります。

何よりも「できない」ことを「できる」顔でいるというのは、当の本人が「いつバレるか」と心落ち着かず、ドキドキするもの。逆に、その点を最初からオープンにしておけば、対話の際にも無用な緊張をせずに済みます。その上で、「(今はできなくても)勉強します!」という熱意を見せれば、好感度は大になるはずです。

(広告の後にも続きます)

苦手な人と対話できたら上級者!

最近話題の「話し方」「聞き方」などのコミュニケーション関連の本を何冊か読みました。いずれも様々な考え方やノウハウが紹介されており、大いに参考になりました。ところが、ある本では、苦手な人との接触を避けるよう勧めていて少々驚きました。

しかし、実際のビジネスの場では「あの人は苦手だから」と、避けて通るわけにはいきませんね。敢えて話す必要のないシチュエーションであれば、無理せず沈黙を通す選択もあるとは思うものの、そうしているといよいよ苦手意識は募って、たとえば「報・連・相」といった基本的なことも滞ることになりかねません。

これはある種の“挑戦”となりますが、あまり深刻に捉えずにRPGゲームのようなつもりで色々と攻略法を試してみる。コミュニケーションの「経験値」を上げるいい機会という程度に考え、焦らずにトライしましょう。

ここでは「苦手な人」というのを、たとえば職場の上司や同僚、あるいは関係の深い取引先の担当など、毎日の仕事の中で避けられない関係、絶対に付き合わないといけない人。その人について明確な理由がなく、性格上のソリが合わない人と設定してみます。

まず最初に、相手をよく観察することから始めましょう。緊張につながる不安や恐れというのは、当の相手のことがわからないほど強く感じられますので、苦手だからと見ないようにしていると、ますますわからない部分が増え、苦手意識が募るのは当然です。

自分は、その人のどこを苦手と感じるのか? 過去に苦手だった人との共通点はあるのだろうか? 周囲でその人を苦手としていない人は、どんな風にその人と接しているのか? 苦手にしていない人に、その人の良いところ、魅力などを聞いてみるのも参考になるかと思います。こうやって分析をしていくにつれ、不安や恐れ、苦手意識が小さくなれば第一段階クリアです。

このようにして精神的ハードルが少しでも下がったら、最初は明るく挨拶することから始めてみてください。この“挨拶作戦”、実はプロ野球の現役選手時代に夫が指導者に対して行い、大きな成果を挙げたようで、以来見習っています。自分が苦手だと思っていると、その負のオーラは相手にも伝わって、相手もそう思っている可能性大です。

もっとネガティブな人なら「この人は自分を嫌いに違いない」と決めてかかっているかもしれません。しかし、そんな相手から、会うたびに「おはようございます!」「お疲れさまです!」と、明るく挨拶されたら、どう思うでしょう。「あれ、この人、自分のことを嫌いなのかと思ったけど、自分の勘違いだったのかな?」そう思わせたら、第二段階クリアです。

これで、その人がニヤッとでも笑ったら、しめたもの。あとは少しずつ距離を縮めて、趣味の話や最近のちょっとした話題など、試しに話してみましょう。きっと、前よりは緊張やストレスも小さくなっていることに気づくはず。ここまでいけば、あなたはもうコミュニケーションの上級者です。

まず、自分が相手を苦手と思う理由を自分なりに分析し、一方で少しずつ近付く努力をする。私の経験では、こうした努力で苦手意識の8割は激減して楽になると思われます。ぜひ試してみてください。それでもダメなら、諦めるという選択肢もやむを得ないでしょう。

そこで初めて「そういう人は避けましょう」となっても、仕方がないかもしれません。

木場弘子

フリーキャスター