2024年、反響の大きかった記事からジャンル別にトップ10を発表。今回は「ラブホ珍事件」部門、元従業員などに取材した数々のエピソードから第4位の記事はこちら!(集計期間は2024年1月~10月まで。初公開2024年7月9日 記事は取材時の状況) * * *
恋人との特別な時間を過ごせるラブホテル。自宅ではなかなか味わえない豪華な泡風呂やジェットバスなど、非日常なバスタイムを楽しむ人も多いはず。
そんな楽しいひとときに、予想外の事態に見舞われたことはあるだろうか。私(帆浦チリ)は以前、訪れていたラブホのお風呂で命の危険を感じたことがある。思い返すと結構まぬけな出来事だが、一緒に宿泊していた彼氏はかなり肝を冷やしたらしい。
◆事件が起きたのは、関東から車で約4時間の新潟のラブホ
その日は、私の彼氏の誕生日祝いも兼ねて2人で新潟に訪れていた。北関東から車で約4時間、彼氏の愛車であるトヨタの86での長旅ドライブだ。
しかし、その日の私は運悪く、慢性的な便秘で尻を負傷していた。痔の患者にとって「地面の上を直に走っているみたい」な車高の低いスポーツカーと、切れ痔の尻は最悪の組み合わせである。だが、せっかくの誕生日旅行だ。私の切れ痔ごときで、彼に余計な心配をかけるわけにはいかない。道中は尻への負担が最小限で済むようにしなければ!と、気合をいれる。
そうして私は目的地に着くまでの間、彼氏の車用クッションを勝手に借りてみたり、「寝ないで一緒に起きてるよ!」などと言いながら、リクライニングを全開に倒して横になり、数分後には爆睡していた。この最悪の助手席ムーブの連発を、怒らずに見守ってくれる彼氏には感謝しかない。
◆「結構深くイッた気がするぞ」切れ痔が火を噴く数分前
なんだかんだで新潟に到着。
すっかり眠りこけて、彼には申し訳ないことをしてしまった。だが、おかげで尻はかなり回復している。やった!これで旅行中は、尻に気を遣わずに済む!そんな私の横で目を深くくぼませ、明らかに眠そうにしている彼。約4時間、ほぼ休憩なしで運転していたし、時刻は深夜0時を過ぎている。眠くて当然だ。適当なラブホテルにチェックインして、お風呂に入るためバスタブに湯をはる。
入浴の準備をしながら、急にトイレに行きたくなった。いつもそうだ。全くそんな気配はなかったのに、まるで本屋で気になった一冊を手にとり、開いた瞬間に便意に襲われるのと同じように、部屋に入った途端、尿意がくる。お風呂に入った後にトイレにいくのは損をした気分になるので、先に済ましておくことにした。
軽快な足取りでトイレに向かい、鼻歌を歌いながら戸を閉め、弾むように便座に座る。あるいは、弾まなければ無事だったのかもしれない。突如、肛門に鋭い痛みが走る。長距離ドライブで症状が和らいでいたので、完全に油断していた。「今のは……結構深くイッた気がするぞ……!」よく研がれたメスで、名医に患部を素早く裂き開かれるような、まさに一瞬の出来事。せっかく傷を悪化させずに新潟まで辿り着けたのに、やってしまった。浮かれきった気分はどこへやら、一転して絶望の淵に立たされた気持ちでトイレから出る。
尻を負傷している間に、お風呂が沸いていた。そういえば、痔の人は湯船につかるといいって聞いたことがある。眠ってしまいそうな彼氏に声をかけて、お風呂に急いだ。
◆「ヤバい、めちゃくちゃ気持ち悪い」立ち上がった瞬間に回る視界
数時間前の尻を庇う私に逆戻りである。そんな私の隣で、彼女の尻がぱっくり切れているとは知らず「最高〜」と気持ちよさそうに湯船につかる彼氏。付き合いたてなわけではないし、一緒にお風呂に入れるという時点で、私たちはそこそこ素もさらけ出せる関係性だと思う。だが、さすがの私でも「さっきトイレに入った時さ……お尻、切れちゃった」なんて言い出すのは、なかなか勇気がいる。むしろ、尻が切れたことに関しては、なんとしても気付かれたくない。痛いことを悟られないようにしなくては……。
「先に出てるね」
しばらくバスタイムを楽しんだ彼氏が先に退室。よし、切れ痔が暴走しているのを気付かれずに脱出できる! そう思い、彼氏が脱衣所から居なくなったのを見計らって湯船から立ち上がった瞬間、急に血の気が引く感覚に襲われた。例えるならば、全身を循環していた血液が、一気につま先の方に落ちていくような感じ。
「ヤバい、めちゃくちゃ気持ち悪い……かも……」
しかも、単なるめまいじゃない。これは、採血された時に血の気が引く“独特の気持ち悪さ”と同じだ。一気に嫌な予感が増していく。私は健康診断の血液検査で、十中八九倒れるタイプの人間だ。
このままでは確実に、熱気のこもった浴室で倒れる……!
◆「どうした!? 救急車呼ぶか!?」異変を感じた彼氏の救出劇
このまま立っていたら確実に倒れる、そう考えた私は、とりあえず浴槽のフチにゆっくりと腰かけた。採血後に頻繁に起きるこの症状は、まず手足の先から痺れはじめ、しばらくは全身に力が入らず、呼吸が浅く視界は白くなっていく。一人の時に起きてしまうとかなり厄介だ。なぜ、このタイミングでこんなことが起きてしまったのか。
大体は血を抜かれた時か、一定時間強い痛みを感じ続けた時だけなのだが……と、そこまで考えて、この症状を引き起こした原因に心当たりを感じる。さっき“切れた尻”だ。トイレで勢いよく裂けた患部を、傷もふさがらぬまま湯船に浸してしまったのがよくなかったのか。それとも、鈍い痛みに長時間耐えていたからなのか。原因は定かではないが、恐らくこの切れ痔が引き金の一つだと考えて間違いないだろう。
とにかく、刺激してはいけない。これが始まってしまったら最後、症状が落ち着くまでじっと耐え忍ぶしかないのだ。湯船のフチに腰かけたまま、ゆっくりと回転して洗い場に足を投げ出す。本来ならば深呼吸をしなければいけないのだが、吐き気がひどすぎてどうしても呼吸が浅くなる。あ、ダメだ、倒れる……。
「何してるの?」
パタッとその場に倒れこみそうな寸前のところで、なかなか風呂から出てこない私を不審がった彼氏が様子を見に来てくれた。神様はここにいたのだ。
「え!? どうした!? 救急車呼ぶか!?」
全裸で洗い場の床にへたり込み、ハアハアと肩で呼吸をしている顔面蒼白の私を見て、彼氏が驚き、声をあげる。後から聞いた話だが、この時とても風呂上がりの顔色じゃない私を見て、彼氏は本気で「死ぬかもしれない、どうにかしなければ」と考えていたらしい。当の本人は、この期に及んで“切れ痔がバレないか”ということを心配していたし、恐らく、切れ痔のショックでは人間は死ねない。余計な心配をかけてしまって本当に申し訳ない。ともあれ、いろんな意味で瀕死の私の前に、奇跡的なタイミングで命の恩人が現れた。彼氏によって私はタオルで全身を巻かれ、水分補給をして、背中をさすられながら深呼吸を促してもらえたおかげで、なんとか落ち着きを取り戻すことができた。
余談だが、大袈裟に苦しがる私に「大丈夫だよ、大丈夫」と、全力で介抱してくれた彼を見た時、「この人だけは、絶対に悲しませないようにしよう」と強く思った。というか誓った。
こうして、私の“切れ痔”による大騒動は幕を閉じた。
◆“痔”を甘く見るなかれ
今回の経験で、私は“痔”というものを甘く見ていたと痛感した。たかが痔、されど痔。暮らしの一部になってしまいがちな慢性的な症状が、愛する人との特別な時間に、思わぬ大きな障害となることもある。
慢性的な疾患を持っている人には「いつものことだから」と軽く考えないでほしいと、声を大にして伝えたい。さもなくば、いつか私のような珍事件に見舞われてしまうかもしれない。
<文/帆浦チリ>
【帆浦チリ】
切れ痔と戦うアラサー。料理とおしゃべりが好きで、初対面の人から高確率で「よくしゃべるからB型かと思った」と言われる機関銃A型。X(旧Twitter:@chi2608)で料理や暮らしのことをつぶやいたり、noteで日常であったことを面白可笑しく文章にしている。