1:平安時代だって、モラハラもいじめも今と同じようにあった
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――いづれの御時にか、
女御更衣あまたさぶらひ たまひける中に、
いとやむごとなき際に はあらぬが、
すぐれて 時めきたまふありけり (「桐壺」より)
―いずれのミカドの御代でしたか、
女御・更衣があまたお仕えになっていた中に、
さして高貴な身分でもないのに、
抜群に愛されている方がおりました
最初のキーワードは「格差社会」です。
「高貴でもないのに、天皇に可愛がられた妻がいた」。格差からくるさまざまなドラマの展開を予感させる、『源氏』冒頭の一文です。実際この妻は、他の妻たちにいじめ抜かれて、光源氏(ひかるげんじ)を産んだのち死んでしまいます。
その光源氏も、下流と見なした夕顔(本当は中流)が死んだら、遺族にも知らせず勝手に葬ってしまっています。『源氏』にはよく「人数ならぬ」という言葉が出てきますが、身分の劣る者たちは同じ人間扱いされなかった。
受領階級ながら光源氏の子を産んだ明石(あかし)の君がその代表格です。『源氏』は、人数ならぬ者たちが、どう生きたかを描いた物語でもあるのです。
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2:メンタルがやられる=「物の怪の仕業」というやさしさ
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――「心違(たが)ひとはいひながら、
なほめづらしう、見知らぬ人の
御ありさまなりや」と爪弾(つまはじ)きせられ、
疎ましうなりて、あはれと
思ひつる心も残らねど
(「真木柱」より)
――心の病とはいえ、やはりめったにない、
見たこともない有様ではないかと、
大将はつくづく嫌気が差して、うとましくなって、
愛想も尽きる思いですが
続いてのキーワードは「心の病」。
文中の「大将」とは髭黒(ひげくろ)の大将と呼ばれる男で、妻子のある身で光源氏の養女(玉鬘・たまかずら)と結婚します。
当時は一夫多妻だからですが、この妻は心を病んでいた。玉鬘の元へ出掛けようとする夫を、妻は貴婦人らしく快く送り出そうとします。けれど「心違ひ」の発作が起きて、夫に香炉の灰をぶちまけるという騒ぎに。
夫を他の妻のところへ送り出すのは貴婦人だって、嫌だったんです。自分で感情を制御できなくなることはありますよね。平安時代ではそれを、物の怪(け)の仕業だから仕方ないとも考えていました。そう考えることで本人も周囲もバランスを保っていたのかもしれません。