「卒業後は就職しない」“MARCH”の女子大生が学歴を捨て、雪山へ移住するワケ

「周りが就活する中で、焦りは当然ありました」

定職に就くことは、果たして“当たり前”なのだろうか。大学4年生になり、リクルートスーツに身を包むことは“常識”なのだろうか……。

2024年3月の時点で、大卒の就職率は98.1%(厚生労働省と文部科学省の共同調査)。過去最高を記録したこの数値を見れば、大学を卒業して何らかの仕事に就くことが当然のように思える。しかし、そんな時代にありながら、就職という一般的な進路を選ばない人たちも存在する。残りの2%未満にいる彼らの選択には、どのような背景があるのか。

今回は、東京都内の人気私立大学群であるMARCHの某大学に通う21歳の女子大生・Suzuさん(仮名)に話を聞いた。

◆「両親に迷惑をかけたくない」推薦入試でMARCHへ

大学ではスケボー・スノーボードサークルに参加しているというSuzuさん。冬から春にかけてリフトのリゾートバイトをしながらゲレンデに籠り、2〜3ヶ月は東京に帰ってこないという。その腕前は大会で優勝経験もあるほどで、一時はプロを目指していたそうだ。

Suzuさんがスノーボードを始めたのは幼少期のこと。両親の影響もあり、小学生の頃から様々な種目で大会に出場するようになった。全競技をやってみて一番楽しかったのはスピードを競い合うクロス種目だったそう。

「男女混合のクロス種目のレースではだいたい男の子の方が早いのですが、全抜きしたことがあったんです。目の前からみんな一斉にいなくなる光景に高揚しました」

しかし、彼女は高校3年生のとき、その夢を諦める決断をする。

「大会で知り合いの選手たちを見ると、ほとんどがスポンサーをつけていて、自分との実力差を痛感しました。最後の大会では”もう勝てない”と悟りましたね」

高校では私立に通い、双子の妹は公立高校だったこともあり、家計への負担を気にしていた彼女。

「両親には迷惑をかけたくない」

せめて勉強だけは頑張ろうと決意し、高校では推薦入試で都内某大学に進学した。予備校には行かず、学校の内申点をあげることに注力したそう。

大学では、高校時代にアメリカへ交換留学をして親しみのある英語ではなく、新たにフランス語を専攻。フランスの文化や城に興味があったことも理由の一つだ。

「海外志向が強くて、フランス語を学べば何か新しい世界が広がると思いました。英語は独学でも勉強できますしね」

しかし、彼女が大学で学問に励む一方、スノーボードへの未練は完全には消えていなかった。

◆ドン底だった自分を救ってくれたサークル仲間と父親の言葉


転機は大学2年生のときに訪れる。かつて憧れていたスノーボード関連のアルバイトに就くことができたのだ。だが、その環境は彼女にとって厳しいものだった。

「スタッフが全員関西の人で、冗談交じりに”もっとコミュニケーション取れよ”と言われるたび、自分の頑張りが足りないように感じて辛かったです」

もともと自分から積極的に話すタイプではなかった。なんとか頑張っても、急に別人のように振る舞うことはできなかった。結果的にその仕事を辞めることに。”スノボの世界で自分は通用しない”という思いに打ちひしがれ、彼女はスノーボードを嫌いになってしまう。Suzuさんのアイデンティティの一つであったスノーボードと向き合えなくなってしまったことがきっかけで、自分を見失い、心が病んでしまうこととなった。

「何もしたくない、何もできない。そんな日々が続きました」

周囲に心の内を明かせず、家から出ないで一人で塞ぎ込む日々を2〜3週間送った。

◆「一人で悩むくらいなら、一緒に遊ぼうよ」

そんな彼女を救ったのは、スケボー・スノボサークルの仲間と、父親の言葉だった。

「友達に”一人で悩むくらいなら、一緒に遊ぼうよ”と言われて、少しだけ心が軽くなったんです。そこから友人のバイト先に参加させてもらって、少しずつ外に出られるようになっていきました」

さらに父親が「スノボは無理しなくていいけど、山は好きなんだから、いつものリゾートバイト先に行ってみたら?」と背中を押してくれたことがきっかけで、毎年冬に行っていたリゾートバイト先に再び足を運ぶようになった。スノボーが趣味の両親の影響で、幼少期から自然が身近にあったSuzuさん。山はいつだって彼女の心を癒やしてくれる存在であったのだろう。

「友人や家族の言葉に支えられて、自分のペースを取り戻せるようになりました。また幸いにも、友人が誘ってくれたバイト先では色んな人と仲良くなれました」

◆学歴よりも、自分らしい生き方


回復の兆しを見せる中で迎えた就職活動。しかしながら、無理に面接をこなそうとするたびに症状が悪化し、就活を一時中断することに。

「就職活動よりも、当時は自分のコントロールで手一杯でした」と語るSuzuさん。当然、“今すぐ就活をしなくては”という焦りを感じていた。身近な双子がそばで就活をしていたのだから、なおさら新卒カードを切るか否かに追い詰められた。

自分の心身と相談し、未来について真剣に考えた末に導き出した答えは、「就職をしない」というものであった。

「無理して働くよりも、自分の好きなことをして生きていきたい。そう思うようになりました」

彼女の強い意思に対して、父親は「ダメだった時は戻ってくればいいよ、やりたいようにやれ」とだけ言ってくれた。いちばん信頼する人に送ってもらった言葉。それはやすやすとしたものではなかった。Suzuさんが覚悟を決められるように気を使ってくれたのかもしれない。

彼女の選択は、卒業後に長野や群馬などの雪山に移住し、リゾートバイトをしながら資金を貯めること。やはり大好きなスノーボードができる場所で、活動していくそうだ。「リフトの受付などがメインのリゾートバイトは、仕事が終わればあとはただで雪山を使っていいんです」と語る彼女は、その貯まった資金をもとに卒業して2年後、海外にワーキングホリデーに行くつもりだそうだ。もともと海外志向が強い彼女は、なりたい自分の未来像を着実に描いている。

最終的には、自分のペンションを開くという夢を語ってくれた。

「やっぱり自分の大好きなスノボやスキーを楽しむお客さんが気軽に集まれる場所を作りたいんです」

“大学卒業後は定職に就く”という常識を重々承知の上で、学歴には縛られず、就職とは違う形で自分らしい生き方を模索するSuzuさん。心から“好き”と思えることの“尊さ”を感じずにはいられない。彼女の今後に期待が膨らむ。

<取材・文/Cota>

【Cota】

社会学を専攻する現役大学生ライター。ファッションとラジオが好きな、ミーハー気質な人間です。