低年齢からのハードな塾通いがもたらす弊害。受験を突破し、名門校に通う子たちの悲鳴

幼い頃から、さまざまな習い事に通い、小学校に入ると中学受験に向けてハードな塾通いをする。そんな子どもたちが増えています。しかし、加熱する中学受験戦争の結果、心が壊れてしまう子どももいます。そうならないためには、どうしたらよいのか。

今回は、『子どもの隠れた力を引き出す 最高の受験戦略——中学受験から医学部まで突破した科学的な脳育法』成田奈緒子著(朝日新書)を紹介します。

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▼INDEX

1. 「いい学校」を目指す子どもたち

2. 中学受験で心が壊れた子どもたち

3. 子どもの隠れた力を引き出す科学的な脳育法とは

4. 本書のココがすごい!



1. 「いい学校」を目指す子どもたち



晩婚や高齢出産、それに伴う少子化により、少ない人数の子どもに時間とお金を惜しみなくかけ、大切に育てる親御さんが増えています。

しかし、親がよかれと思って提供した教育が、子どもを追い詰めているケースも珍しくありません。

私はこれまで、脳科学者・小児科医として子どもの脳の発達を研究する傍ら、子どもの心身の問題に向き合ってきました。その中で、研究と臨床だけでは解決できない根本的な問題を感じるようになり、2014年に親子の支援事業「子育て科学アクシス」を仲間とともに立ち上げました。

相談に来られる親子の特徴として比較的多いのが、親御さんは高学歴で社会的地位のある職業に就き、お子さんも高偏差値の名門中学・高校に通っているという組み合わせです。

子どもたちのほとんどは、幼少期からありとあらゆる習い事に通い、小学校からは、中学受験に向けてハードな塾通いを経験していました。



忙しい毎日の中で幼い頃から日常的に十分な睡眠時間が取れず、脳が上手く育たなかった結果、不登校や体調不良といった症状が現れていることがわかりました。

彼らと向き合う中で私が思うことは、昼夜問わず勉強し、念願の名門校に合格できたとしても、必ずしも幸せになれないということ、それどころか、代償を伴うケースが非常に多いということです。

世間一般でいう「いい学校」に進学できたとしても、子どもの心身に異常をきたすようでは本末転倒です。



2. 中学受験で心が壊れた子どもたち



中学受験を目指す小学生の中には、毎日ハードな塾通いによって心身を壊してしまう子どもが本当にたくさんいます。

私が代表を務める「子育て科学アクシス」には、連日そのような親子が相談にやってきます。

学習塾の存在を一概に否定するつもりはありません。ただ、子どものタイプや塾の教育方針によっては、一定のリスクがあることを知っておいてほしいのです。

リスクの1つは、低年齢からのハードな塾通いと、塾で出される膨大な宿題によって生活のリズムが崩れ、脳の大事な部分が育たなくなることです。

小学生のうちは、脳の土台部分を作る大事な時期であり、十分な睡眠と規則正しい生活が何よりも大事です。夜遅くまでの勉強で生活リズムが乱れ、睡眠不足が続くと自律神経の不調による様々な身体症状が現れる可能性があります。

もう1つのリスクは、塾の先生や友達からのプレッシャーにより、必要以上に不安になってしまうことです。

塾では常に成績を競わされ、家に帰っても親が勉強させようと待ち構えている。そのような心休まらない毎日が、子どもの脳育てにいい影響があるとは到底思えません。

では、どうすればよいのか。

規則正しい生活の中で、よく食べ、よく眠り、子どもも家庭の一員としての役割をしっかりと果たす。たったそれだけのことで、さまざまな症状を抱えていた子どもたちの心身はもちろん、親の状態もみるみるうちによくなることがあります。

以前、小学4年生の息子の国語の出来が悪いからと、毎日学習塾に通わせ、家に帰ってからも夜中の12時までつきっきりで宿題を見ているというお父さんがいました。

問題を間違えるたび、お父さんに怒鳴られていたため、息子さんのほうはすっかり畏縮しています。おまけに連日の寝不足により自律神経が乱れ、毎朝決まった時間に起きられなくなっていました。

そこで、とりあえず塾に通うことをやめてもらい、早寝早起きの生活習慣を取り入れてもらったところ、みるみるうちに息子さんの状態が良くなっていったのです。

ある時、お父さんがふと息子さんを見ると、机に向かって何かを一生懸命書いていたそうです。聞くと自分で思いついた小説を書いているとのこと。

文章を読むのが苦手で、自分で物語を書くことなんて絶対にできないと思っていた息子が、壮大な長編小説を書いていて、しかも読ませてもらったら内容も面白い。お父さんは驚きを通りこして感動してしまったそうです。

こうした想像力があるのは、脳がちゃんと育っている証拠です。そのことを伝えるとお父さんは「この子なら大丈夫だ」と安心し、それ以降はテストの点数に一喜一憂することもなくなり、過干渉もなくなりました。

子どもの発達は、学校のテストでは測れません。毎日の生活を通して、親が気づいて認めてあげることで伸ばすことができるのです。

そうは言っても、やはり子どものテストの点数や成績が気になるし、見たら一喜一憂してしまう、という親御さんもいらっしゃると思います。

学校の成績を当てにしすぎるのは危険です。大事なのは、親が子どもを観察することです。



3. 子どもの隠れた力を引き出す科学的な脳育法とは



①睡眠時間を確保し、余った時間を勉強にあてること



脳育ての理論において、私が何よりも重視しているのは、早寝早起きと睡眠時間という「生活の軸」です。

まずは生活の軸を守ったうえで、次に食事や入浴といった生活に必要な時間を差し引き、最後に余った時間を勉強にあてる。

勉強をやらなくても子どもの成長に支障はありませんが、勉強を強制されることで心身に様々な症状が現れてしまった子どもをいままでに数多く見てきました。「そんなこといっても、子どもが落ちこぼれたらかわいそう」と思われるかもしれません。

しかし、学ぶことの重要性を自分で理解できれば、子どもは自ら勉強するようになります。

日本人は世界的に見ても寝不足な人種



脳を育て、正常に働かせるために必要な睡眠時間は、研究により発表されています。

世界の小児科医から最も利用されている小児科医の教科書「ネルソン小児科学」によると、小学生の理想の睡眠時間は約10時間。18歳でも8時間15分です。

一方、厚生労働省が行った調査によると、日本全国の小学生の平均睡眠時間は約8時間。さらに経済協力開発機構(OECD)が2021年に発表したデータでは、日本人の平均睡眠時間は7時間22分であり、全体平均である8時間28分より1時間以上も短く、加盟33カ国中、最も睡眠時間が短いことが報告されています。

つまり、日本人は、大人も子どもも必要な睡眠時間に対し、1~2時間も足りていないということになります。とはいえ忙しい毎日の中で、理想の睡眠時間を確保することが難しい人も多いと思います。

ですから小学生なら9時間以上、中高生なら8時間以上、大人はできれば7時間以上を目安に睡眠時間を確保することをお勧めします。大人でも睡眠時間が7時間を下回ると、脳は正常な機能を保てなくなります。



睡眠の役割



人間にとっての睡眠は、体や脳を休ませることはもちろん、脳を効率よく働かせるためにも不可欠です。ぐっすり眠った直後の脳はすっきりと整理整頓され、新しい知識を入力する準備が整っています。

実際「夜中にやると2時間かかる勉強や作業が、朝取り組んだら半分以下の時間で済んでしまった」という経験をしたことがある方も多いでしょう。

朝は脳がクリアなことに加え、通勤・通学などおしりの時間が決まっているため、脳の作業速度が自然と上がります。決められた時間内で頭をフル回転させ、情報を処理していくことで鍛えられます。



②脳の発達には守るべき順序があることを理解する



規則正しい生活や睡眠時間に私がこだわる理由は、人間の脳が発達する順序にあります。

人間の脳は、生後約18年かけて大きく3段階に分かれて発達します。私はこの3つのパートを発達する順に「からだの脳」「おりこうさんの脳」「こころの脳」と呼んでいます。この順序が変わることは決してありません。

最初に発達する「からだの脳」は、脳の中心部に位置し、大脳辺縁系や視床下部、中脳などを指します。呼吸や体温調整、寝る、起きる、食べる、体を動かすといった極めて原始的な機能を司る、人間の生命維持装置に当たる部分です。

次に発達するのが、脳の外側を広く覆っている「おりこうさんの脳」です。脳のしわの部分である大脳新皮質を指し、読み書きや計算、記憶、思考、指先を細かく動かす微細運動などをコントロールしています。中心部の「からだの脳」が原始的な動物にも備わっているのに対し、外側部分の「おりこうさん脳」は、進化の過程で発達した人間らしさを司る機能を担います。

そして最後に発達するのが「こころの脳」です。「おりこうさんの脳」の一部である前頭葉と「からだの脳」をつなぐ神経回路のことを指します。「こころの脳」が発達すると、論理的思考力や問題解決能力、想像力、集中力などが身につき、物事を論理的に考えたり、衝動性を自制できたりするようになります。

3つの脳はそれぞれ発達するタイミングが決まっており、

0歳では「からだの脳」

1歳頃からは「おりこうさんの脳」

10歳頃から「こころの脳」が発達します。

「からだの脳」は生きる上で最も大切な脳であり、0~5歳にかけて盛んに育ちます。

この「からだの脳」を育てるために必要なのが、規則正しい生活と十分な睡眠時間です。幼少期はとにかくよく食べ、よく動き、よく眠ることで、「からだの脳」を育てることがなによりも大切です。

「からだの脳」が育たないことには、後に続く「おりこうさんの脳」も「こころの脳」も上手く育たないため、脳全体の土台部分といえます。

特に5歳頃までの子どもは、何をおいても脳の土台となる「からだの脳」を育てることが重要です。しかし、この時期に早期教育や習い事を始める家庭は少なくありません。

習い事などで刺激される「おりこうさんの脳」ばかり刺激された子どもは、幼少期は大人の言うことをよく聞く「賢くておりこうさんな子」として周囲の評判も上々でしょう。

ところが小学校高学年から中学生くらいになると、不登校や摂食障害、不安障害など、さまざまな問題を抱えるケースが非常に多く見られます。

「からだの脳」が育つ前に「おりこうさんの脳」ばかり育ててしまうと、脳全体がアンバランスな状態になり、やがて心の問題として顕在化してしまうのです。

繰り返しになりますが、脳の3つの機能には発達する順番があり、それぞれのバランスをとることがとても重要です。

脳を1軒の家にたとえるなら、1階が「からだの脳」、そして2階に「おりこうさんの脳」があります。この家を作る際、1階部分がまだ完成していないのに、2階部分から作り始めてしまうと家全体が崩壊します。

まずは1階部分を作り、ある程度形ができてから2階部分に着手する。そして最後に1階と2階をつなぐ階段部分にあたる「こころの脳」が完成するのです。

たとえば、先を見通し、ゲームやタブレットの使用時間を受験のために自分で制限し、目標達成のために必要な努力をすることは、まさしく「こころの脳」の働きです。

「こころの脳」は一般的に10歳前後で育つと言われていますが、個人差があるため10歳という年齢は1つの目安に過ぎません。10歳になったからといって一概に育っているとは言えず、自己管理ができるかどうかは子どもの様子を観察することでしかわかりません。

この「こころの脳」が発達して、はじめて受験勉強に向き合えるのだと思いますが、脳の発達には個人差がありますから焦りは禁物です。



③幼少期の短期的な評価より、中長期的な脳育てを優先する



人間はゆっくり成長する生き物です。そして成長には個人差があります。

周りの子どもと自分の子どもを比べ、「あの子はもうアルファベットがすらすら読めるのに、うちの子はまだ一文字も読めない」などと慌てる必要はありません。

「年齢の割にしっかりしている」とか「もうアルファベットが読める」という短期的な評価を得る代わりに、中長期的な問題を抱えるリスクを犯してまで早期教育をする必要があるのか、私には疑問です。

それができないのであれば、中学受験は一旦諦め、3年後の高校受験のタイミングまで子どもの脳が育つのを気長に待ちましょう。

冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、まだ十分に発達していない脳に無理やり知識を詰め込むより、長い目で見ればその方が脳育てにはいいと言えます。

中学受験の合否は、人生の成功と失敗に直結するわけではありません。仮に志望校に全て落ちても公立中学という受け皿があります。

悲しみという情動を「こころの脳」の働きで前頭葉につなぎ、「志望校には行けなかったけど、受験勉強で学んだことはこの先の人生でもきっと役に立つはず」などとなんとかいい方向に考えようとします。

一時的には辛くても、長い目で見れば「こころの脳」の発達を促す経験として、子どもにとっても大きな成長の糧となり得ます。

「あと伸びする子ども」の育ちは、その時の同年代の子どもと比べると劣って見えるかもしれません。

子どもの脳の発達には、時間がかかります。親にできることは、焦らず、信じて待つこと。「待つ」というのは、心に余裕がなければできません。

大丈夫、親が笑顔の家庭では、子どもの脳は必ずよく育ちます。



4. 本書のココがすごい!



今回紹介した『子どもの隠れた力を引き出す 最高の受験戦略——中学受験から医学部まで突破した科学的な脳育法』(朝日新書)のすごいところは下記に集約される。

①脳科学の知見に加えて、さまざまな具体的事例、そして著者自身の子育て経験から子どもの脳を賢く健やかに育てるポイントが学べる。

②記事では紹介しきれなかったが、本書では、著者の娘さんのコラムがあり、実際に著者が実践した子育ての結果、どんなふうに感じたかをリアルに伝えてくれているのが参考になる。

【著者】 成田奈緒子(なりた・なおこ)



小児科医・医学博士。公認心理師。子育て科学アクシス代表・文教大学教育学部教授。

1987年神戸大学卒業後、米国セントルイスワシントン大学医学部や筑波大学基礎医学系で分子生物学・発生学・解剖学・脳科学の研究を行う。

現在アクシスにおいて発達障害や不登校、引きこもりなど、延べ7,000人以上の悩みを持つ親子の問題解決にあたる。

著書に『「発達障害」と間違われる子どもたち』(青春新書インテリジェンス)、『高学歴親という病』(講談社+α新書)など多数。



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