「自腹を我慢したほうが得」年40万円も自腹を切る私立高教師が訴える窮状

 教員不足が叫ばれる昨今だが、学校現場では「教師の自腹」という問題も深刻化している。多忙な日々のなかで自らの財布を開き、授業や部活で足りないものを補う先生たちを直撃。一般企業では考えられない、教師の世界が抱える独特の金銭問題とは?

◆年間自腹額40万円…私立校は生徒サービス命「自腹は我慢するのが得」

私立高校教師・谷口英治さん(仮名・41歳)

 学校運営予算である公費が厳しく管理されている公立校ならまだしも、私立校でも自腹を切らざるを得ない状況がある。

「機材だけ導入して、あとは教員に丸投げです」と窮状を訴えるのは都内の私立高校に勤める谷口英治さんだ。

「数年前に授業力の向上のために各クラスにプロジェクターが導入されたのですが、それを活用するための周辺機器はすべて自腹でした。視聴覚教材のDVDやDVDプレーヤー、ノートパソコン、プロジェクターに接続するためのHDMIコードなど……合計で約25万円。ほかにも、予備校で受験対策などを学ぶために開催される教員向けの研修会の出費も大きいですね」

 公立と違って私立では領収書精算が可能な学校もあるが、申請しない先生も多いという。

「私立校は転勤もなく、専任(正社員)になれば基本的には終身雇用です。なので、定年まで居続けることを考えれば、数十万円の自腹なら我慢したほうが長い目で見れば得。そう思う教員は多いんですよ」

 また最近では、私立校ならでの自腹が増えているという。

「公立校以上に生徒へのサービスが重要ですし、冷たい対応をしていては保護者からの“悪評”が出回ってしまう。1万円の編集ソフトを自腹で購入して、時間と労力をかけて行事ごとに記念DVDを作って配布する先生が増えてます」

 そんな“やりがい搾取”とも言える自腹に終わりはない。

◆教師はなぜ自腹を切るのか

 教職員の4分の3が自腹を切っている──。公立小中学校の教職員1034人に調査し、その実態を明らかにした書籍『教師の自腹』。

 共著者の一人である教育行政学者の福嶋尚子氏に、多くの教師が自腹を切る背景について解説してもらった。氏によると教師の自腹は主に「授業」「部活」「旅費」「弁償・代償」の4つに分けられるという。

「年間自腹額の最大値で見ると100万円と最も高いのが『授業』に関する自腹でした。安価な文具代から高額なAV機器までさまざまあります。『部活』に関わるものは最大値で10万円と低いですが、スポーツ用具や遠征に関わる交通費など単発が高額になりやすいのが特徴。『旅費』の最大値は18万2000円。修学旅行や家庭訪問、校外学習などに関わる交通費や宿泊費を負担するケースが多いですね」

 最大値だけ見れば8万円と最も少額の「弁償・代償」だが、その内容は複雑だ。

「給食費や教材費など保護者からの未納分の立て替え、学校用品の紛失や破損による弁償などの事例が多いです。また、教職員が夏休み中にプールの水を漏水させてしまって自腹が起こるケースもある。実際、’23年8月にプールの止水ミスが起きた川崎市立小学校の教師らに対して、川崎市教育委員会が損害の半額95万円の支払いを命じたことが話題になりました」

◆自腹にも“積極的、消極的、脅迫的”の3種がある

 授業の教材から部活用品、未払い金の立て替えまで自腹は多岐にわたる。自腹を切る理由を掘り下げると3つのカテゴリーに分類できるという。

「『積極的自腹』は、生徒のために、より良い環境のために自主的に行うもの。対して、慣習としてやむを得ずに同意しているものは『消極的自腹』で、これがエスカレートして強制的に発生するのが『強迫的自腹』だと分析しています。日本の教育現場には、足並みを揃えることや、こうあるべきだという同調圧力が強く働く傾向があるので、拒否することもできずに自腹で支払うしかない状況が多いのです」

 近年、東京では全ての高校の授業料の無償化や、公立小中学校の給食費の無償化へと動き始めた。だが、福嶋氏は「冷ややかな目で見ている学校関係者もいますよ」と指摘。

「保護者の経済負担は軽くなりますが、教師の負担が軽くなるとは思えないです。それよりも、自治体が配賦する公費の予算を増やして、公費使用の手続きのガイドラインを文部科学省が統一的に示すことのほうが先決だと思います」

 複雑な事情が絡み合った教師の自腹問題だが、改善するためにはどうすればいいのか。

「自腹は周りに影響を及ぼすことを知り、やめられる自腹から控えていくことです。『生徒が喜ぶから』と安易な理由で自腹を切ると、『それが当たり前』という空気ができ、みんなが苦しむことになる。この問題が広がることで、世間でも自腹は仕方ないという風潮が変わってほしいです」

◆費用別・年間自腹額と発生率

 先述の『教師の自腹』が、公立小中学校教職員1034人に対して行ったアンケートの結果を基に作成したのが以下である。

Q.自腹は個人の自由? それとも規制すべき?

 自腹は個人の自由と考える人が4割に対して、約6割は自腹を規制すべきと回答。教職員の間でも自腹についての考え方が分かれた。

Q.1年間で自腹を切ったことがありますか?

 授業の教材費や部活に関わる費用、車のガソリン代など、8割近くが自腹を経験。ちなみに教師の給食費はほとんどが自腹で払っている。

•旅費に関する自腹

通勤時の交通費や出張費用などエリアでも自腹額に差が出やすい。「なかには人事異動で家が見つからずにホテル滞在費が自腹というケースも」

最大額……18万2000円

中央値……3000円

平均値……6939円

経験者数……384人

発生率……37.1%

•授業に関する自腹

約6割の教員が授業で使う教材や消耗品を学期ごとに自腹で購入しているという。正規教員と非正規教員でも年間の自腹額に差はなかった

最大額……100万円

中央値……5000円

平均値……1万3526円

経験者数……608人

発生率……58.8%

•弁償・代償に関する自腹

発生率は約7%と少ないが、生徒が壊した物損の弁償など高額な自腹が多かった。管理職は現場教師と比べ、小中学校ともに発生率は2倍以上に

最大額……8万円

中央値……5000円

平均値……9822円

経験者数……69人

発生率……6.7%

•部活に関する自腹

発生率が2割強と低いのは部活がない小学校の教職員を含めたデータだから。「中学校の教職員に絞れば自腹額も発生率もさらに高いはず」

最大額……10万円

中央値……5000円

平均値……1万3017円

経験者数……234人

発生率……22.6%

【教育行政学者・福嶋尚子氏】

千葉工業大学准教授。研究分野は学校財務や学校評価など。「隠れ教育費」研究室のメンバー。共著に『教師の自腹』(東洋館出版社)

取材・文/週刊SPA!編集部 写真/PIXTA

―[[教師の自腹]残酷な現場ルポ]―