「ごちそうさま」の言葉だけじゃない。男性におごってもらった後、モテる女がしているコト

◆前回までのあらすじ

アパレル関連の会社を経営する翔馬(32)は、モテるが本気で恋愛をしたことがない。食事会で出会ったミナ(29)と念願の初デートへ。そして…。

▶前回:「最後にお願いがあるの」別れ話の途中、彼を寝室に連れて行った女の意図とは…

Vol.14 運命の人



「私は、好きだったんだけどね…振られちゃったんだ」

2軒目に行ったのは、西麻布のバー。そこでミナは、3年半付き合っていた恋人がいたことを教えてくれた。

相手はパーソナルジムを経営しており、ミナが住む南麻布のマンションで今年の夏まで同棲をしていたそうだ。

27歳でミナより年下。けれど仕事だけじゃなく、食事や睡眠にも気を使う真面目な人だったという。

お酒はほとんど飲まないし、外食よりも自炊派。ミナの料理の腕が上がったのは、家でも美味しいごはんを食べたいと思ったからだそうだ。

俺は、彼女が軽井沢で作ってくれた夕食を思い出した。シンプルだけど、至福の味だったことを。

ふたりに不穏な空気が流れ始めたのは、ミナがジャズシンガーを目指し始めた頃だという。



秋山に仕事を紹介してもらったり、深夜営業しているバーやラウンジで歌ったりすることを、彼はよく思ってなかったそうだ。

「でも、翔馬くんならわかるでしょう?秋山さんとは何もない。何かが起こるワケがないってことが」

「うん…」

どちらかが浮気をしたり、彼のことを嫌いになったわけじゃないから、すぐには忘れられなかったらしい。

「別れた直後は、毎日泣いていたし…コムギがいなかったらどうなっていたか…私って意外と失恋に弱いんだなぁって」

ミナからもらったプロテインが彼の商売道具。それを知った時は、なんとも言えない気持ちになったのだが、彼女のために消費したことにして自分を納得させた。

「ずっと好きだったのに、どうして昨日で気持ちの整理ができたの?」

「うん…何気なくSNSを見ていたらね。新しい彼女と婚約してたの。まだ私と別れて4ヶ月だよ?それみたら、もう未練も何もなくなっちゃった」

ミナはケラケラと笑いながら、ドライフルーツを口に運んだ。

「あぁ、それと、プロテインのことは本当にごめんなさい。あの時は、翔馬くんとこんなに仲良くなるとは思ってなかったから。運動してそうだったし、何も考えずに渡したの」

「いいよいいよ!物に罪はないって言うからさ。その代わり、今度は俺が行きたい店に一緒に行ってくれない?」

俺が言うと、ミナは笑顔で「うん」と答えてくれた。

それから、デートを重ねて俺は順調にミナとの距離を縮めていった。

行きつけの鮨とフレンチに連れて行ったのだが、ミナは食の好みが合うこともあり、とても喜んでくれた。それに、ちゃんと店の価値をわかってくれているのか、お礼にとメンズのスキンケアを一式くれたので驚いた。

これまでは、女性から“奢ってもらって当然”という態度ばかりされてきたから、言葉だけじゃないお礼をもらったのは初めてで感動してしまう。

そして、4回目の今回のデート。今日は少し遠出することになった。

「晴れてよかったね」

「うん。箱根も天気いいみたい」

ロマンスカーの窓越しに見える景色に目をやりながら、隣の席に座るミナの表情をちらりと盗み見る。

期待と緊張が入り交じっているのだろうか。彼女の横顔がいつもよりも魅力的に見えた。

箱根湯本駅に到着すると、ひんやりした山の空気が心地よく頬に当たる。

僕たちは駅前のタクシーに乗り込み、日帰り温泉が楽しめる施設へ向かった。

運転手の「今日はいい天気だから、露天風呂も最高ですよ」という言葉にミナがはしゃぎ、俺も自然と笑みがこぼれる。

― この笑顔をずっと横で見ていたい。

そう思っていると、タクシーはあっという間に目的地に辿り着いた。

男湯から出ると、ラウンジにはすでにミナの姿があった。

ひとつにまとめた髪には少し湿り気が残り、温泉上がりのせいか肌がほんのり赤みを帯びている。

― すっぴんもめちゃくちゃ綺麗…。

軽井沢でも見ていたはずだったが、こんなに近くで見たのはもちろん初めてだ。

普段のミナとは違う無防備な美しさに、思わず見惚れてしまう。

「私の方が早かったんだね」ミナは少し照れたような笑顔を浮かべた。

「ごめんね。待った?」と返しながら、その言葉以上のものを伝えたい衝動に駆られる。

― 俺、ミナのことが好きだわ。

その想いを隠すように視線を外し、窓の向こうに広がる箱根の山々に目をやると、「こういう時間、久しぶり」とミナがぽつりとつぶやいた。

アイドル時代からずっとがむしゃらに、やりたいことを追い求めてきたミナ。

素直にかっこいいと思うし、支えてあげたいという気持ちも込み上げてくる。

「時間ができたら、いつでも連れてきてあげるよ。車も買おうと思ってるし、今度はドライブがてら来よう」

東京では必要ないと思っていた車を、欲しいと思うなんて、自分でも驚いた。

「え?翔馬くん、運転できるの?運転手を雇うとか?」

「いやいや、運転できます。久しぶりだからちょっと怖いけどね」

俺がそういうと、ミナは「ごめんごめん」と笑った。

俺は、自分の中で育っている特別な感情に気づかれぬよう、穏やかに「ビールでも飲みに行く?」と尋ねた。

ミナが「それ、最高」とぱちぱち拍手をしてくれたので、俺たちは蕎麦屋で軽く飲むことにした。

「かんぱ〜い」

温泉で火照った体に冷えたビールが染み渡る。

ミナは微かに色がついたリップだけで、ほぼノーメイク。それだけで外に出られる美貌なのだと、改めて思い知らされる。

「温泉後のビールは最高だね」俺が言うと、ミナは「ね!」と返し、軽く蕎麦をすすった。

自然体なミナといると、都会の喧騒や頭の中を支配している考え事から解放されたような気がする。

彼女は俺の肩書や外見に惹かれるわけでもないことは、一緒にいてすぐにわかった。

香澄のように「経営者じゃなくても好き」と言うのではなく「資本主義の世界で稼げる人は尊敬するしかっこいい」と断言してくれるところも嬉しかった。

自分の夢に向かってまっすぐで、言葉に嘘がなく、無駄に飾らない。そんな彼女にどんどん惹かれていく。

ビールを2杯飲み干した頃、ふと沈黙が訪れた。

お互い酔いが回り、湯上がりの体も相まってミナの頬が少し赤くなっている。

ミナがふと、真剣な目で俺を見つめてきたその瞬間、俺は自分の心を偽れなくなった。

「ねぇ、ミナちゃん…」

気づけば、自然に言葉がこぼれていた。

「君といるときの俺が一番好きだわ。今まで、誰かといることがこんなにも心地いいって、感じたことがなかった」

ミナは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに柔らかく微笑んでくれた。

その笑顔に勇気をもらい、俺はさらに言葉を続けた。

「それに、本気で誰かを好きになれる気もしなかった。でも、ミナちゃんに出会って、それが全部覆ったんだよね…俺、ミナちゃんが好きです」

ミナはゆっくりと頷いた。

「私も、翔馬くんと一緒にいると自然体でいられるし、そんな自分が好きかも。だから…翔馬くんのことが好き、ってことなんだと思う」

誰といる時の自分が一番好きか。そんなの今まで考えたことがなかった。

それは、今まで相手にも自分にもちゃんと向き合ってこなかったからなのだと思う。

彼女の言葉で、俺たちの間にあった微妙な距離が、静かに消えていくのを感じた。

「俺と付き合ってください。一番のファンでいたいし、大事にしたいし、守らせてください」

「ありがとう。私も翔馬くんに大事にされたいし、したい」

そう言ったあとでミナが微笑み、小声で「どこか泊まって行っちゃう?」と言う。

その提案に目を丸くしながらも、期待混じりにスマホを手に取ったが、残念ながら行きたい宿はどこも空いてなかった。

「冗談だよ〜。コムギもいるし今日は泊まれない。今度、改めて計画して来ようね」

俺が予想以上に落ち込んでいたので、ミナは背中をポンポンと叩きなぐさめてくれた。

彼女と初めて出会ったあの日、道端でぶつかっただけなのに、妙に心を奪われたことを思い出した。

もしも、これが運命というやつならば、今日からそれを信じることにする。

俺は「じゃあ、もう次回の予約しちゃおうよ」と言いながら、この人を絶対に幸せにしようと決意した。

Fin.

▶前回:「最後にお願いがあるの」別れ話の途中、彼を寝室に連れて行った女の意図とは…

▶1話目はこちら:「LINE交換しませんか?」麻布十番の鮨店で思わぬ出会いが…