発達障害の人たちに対する理解が広がっている昨今だが、いまだに労働自体に難しさを覚える当事者も少なくない。発達障害のひとつのADHD(注意欠陥・多動症)の診断を受けた小鳥遊さん(たかなし・47歳・@nasiken)。
その特性を克服するために「紙1枚(エクセル1ページ)」でできる仕事管理手法を開発し、今では一般企業でもコンサルティング講師を行うほどだ。2024年9月には『発達障害の僕らが生き抜くための「紙1枚」仕事術』を上梓した小鳥遊さんに、その仕事術が生まれた経緯を聞いた。
◆アルバイトで全く仕事ができずない
東京都の多摩地区で育った小鳥遊さんは、大学時代までは何の不自由もなく日々を送っていた。
「自分では、トロい・頭の回転が遅いとうすうす思っていました。だけど、学生時代は勉強ができたので、うまくいっていると思っていました」
いわゆる高偏差値の名門私立大学の法学部を卒業し、司法書士試験を目指す。しかしなかなか合格できず、6年目にして、ようやく成績も上位になった頃、司法書士事務所でアルバイトを始める。
「ただ、ミスが多かったり集中力が続かなかったりして、仕事が致命的にできずに、2~3か月で辞めてしまったんです。当時27~28歳でした。それで、すぐに不動産屋のアルバイトをしたのですが、ふたたび仕事ができず、それが原因でパワハラに遭い、辞めました。何で自分は仕事ができないんだろうとショックで、人生が経験した初めての“底”でした」
◆診療所でADHDだと診断される
そんなとき、パソコンで自分の困りごとを検索していると、発達障害という言葉がやたらとヒットしたという。そこで、都内の発達障害支援機関に相談すると、発達障害に詳しい診療所を紹介してもらえた。下った診断はADHD(注意欠陥・多動症)だった。
「ショックでしたが、それ以上に納得感や安心感がありました。その診療所のソーシャルワーカーに、障害特性に配慮してもらえる“障害者雇用”というものがあると聞きました。それで司法書士試験は諦めて、障害者雇用で某IT企業に就職したんです」
ADHDの人は、一般的にマルチタスクが苦手だというが、小鳥遊さんも同じような経験があったそうだう。
「就職先のIT企業はマルチタスクな業務内容でしたが、上司や同僚がいい人たちで、先輩のタスクの切り出しもうまかった。3~4年は精神的にも安定して働くことができました。障害者雇用とはいっても、一般的な新卒よりも、少し給料はよかったです」
◆パワハラでふたたび離職。転職で250社に応募
だが、親会社との合併により、雲行きが怪しくなる。
「親会社の人たちは優秀なだけに、“できない”人を批判したり、馬鹿にしたりするところがありました。彼らなりに私に仕事を教えようとしていたのでしょうが、仕事でのやり取りが増えるにつれて、パワハラ的だと感じられるようなコミュニケーションが増えていきました」
半年間の休職の後に、休職期間満了で退職した小鳥遊さん。そこから一般雇用・障害者雇用のどちらも合わせ半年で250社もの会社を受けた。
「ADHDで口がうまいと、発達障害に見えないことがあります。障害者雇用で最終面接までいった会社では、『君はここにくるべきじゃない』と言われ落ちたこともあります。結果的に、内定が出た会社は3社。すべて一般雇用での仕事でした。一般雇用でやっていけるのかというためらいはありました。だけど、当時は30歳中盤で今の妻と結婚を考えていました。だから、早く就職したかったのです」
◆昭和気質な会社で馴染もうと頑張るが…
入社したのは、東証一部上場の昭和気質な会社。配属先は、総務部門だった。
「世間からも評価され、就労環境も良好に整備された会社でしたが、入ったその日に違和感を持ちました。経営方針を毎朝、部署全員で暗唱したり、呼び名を『名前+役職』で呼んだり、全社員参加のイベントで全員一斉に社名を叫んだりするんです。そういった雰囲気が私は苦手でした。ただ、せっかく主任として採用してもらったこともあり、馴染もうと頑張ったのですが、ほどなくして入社した部下が事務処理能力が高く優秀で、いつの間にか自分を飛び越し、上司と直にやり取りするようになっていきました」
当時は小鳥遊さんが部下にそのことを問いただせるような職場環境ではなかったという。さらにつらかったのが、自分が管理するチームの進捗報告ミーティングだった。
「週1で部長に進捗報告をするのですが、その1時間は私がいかにタスクを進められていないか、部長からのダメ出しを部下の前でひたすら受ける時間で本当に苦痛でした。マルチタスクが苦手で、朝3時まで残業したこともあります」
◆働き方改革が逆効果に。第二の“底”を味わう
さらにある時から会社が働き方改革で労働時間の削減に取り組んだため、残業ができなくなった。小鳥遊さんにとっては「残業で仕事の遅れをカバーできないというデメリットでしかなかったです」と語る。やはり1社目と同じく自分を追い込んでしまい、3か月休職する。
「それで第二の“底”を味わい、もはやADHDの特性を受け入れなければならないと思いました。復帰後、今抱えている仕事のタスク名(定例会議に出席する、報告書を部長へ送るなど)、タスクを達成するのに必要な手順、手順ごとのステータス(自分、相手、予定など)・着手日・締切日をエクセルに記載して管理する仕事術を約2週間で編み出しました」
半年後には、営業部に配置転換となり合わずに退職するが、これからは仕事ができるという手ごたえを感じた。
◆転職先で証明されたタスク管理術の効果
「バイト含め5社目の転職先では、障害者雇用で採用されました。ただ、タスク管理術のおかげで毎日、定時で帰れるようになりました。だんだんとその経験を人に伝えたくなり、2015年から副業としてタスク管理術をX(旧Twitter)やブログで発信するようになりました」
2016年からは、Xフォロワーが36万の作家・F太さん(@fta7)とタスク管理イベントを開催。そこから生まれた共著書『要領がよくないと思い込んでいる人のための仕事術図鑑』を出版、現在では発行部数10万部超のベストセラーになる。
副業が楽しくなった小鳥遊さんは、2022年にフリーランスに。著書は3冊になり、就労移行支援事業所や一般の法人、大学などでの講師もするなど精力的に活動している。さらに一般のビジネスパーソンや一般企業向けにも「紙(またはエクセル)1枚でできるタスク管理術」をコンサルティングしている。
「タスク管理のやり方には、向き・不向きがあります。個人のタスク管理のコンサルティングは総勢120人くらいに行いましたが、とにかく真面目な人が多いです。だからこそ自分の仕事のクオリティを保とうとタスク管理に危機感を抱くのでしょう。ただ、タスク管理は面倒くさいと、苦手意識を持つ人が少なくありません。そんな方にタスク管理の重要性をお伝えするときに、よくコンタクトレンズに例えてお伝えしています。コンタクトレンズは洗浄や消毒などが面倒くさいですよね。だけど、コンタクトレンズを使うことで得られるリターンは大きいという意味です」
◆誰でもお金をかけずに生産性アップできる
良さは分かっても、始めるのに躊躇する人は何から始めたらいいのか。
「高機能のアプリから始めないことです。今日、何をやるか書き出して、終わったら消すという一番シンプルなことからスタートするのがおすすめです。それに、必要なことを付け加えていくと継続しやすくなります。社会福祉法人SHIPからリリースした、私のタスク管理手法を忠実に再現したタスク管理習得支援ツール『タスクペディア』であれば、無料で機能制限もありません。シンプルなので、体験してみてください。自分なりのタスク管理をする良い足がかりになると思います」
小鳥遊さんによれば、タスク管理は生産性を上げるためではなく、その先にあるのは「安心」だという。安心して仕事をこなせたら、結果として生産性が上がる。タスク管理の最大のメリットは、落ち着いて安心して仕事に取り組めることなのだ。
ミスや生産性に悩む方、仕事上の不安が強い方はシンプルに実践可能な、“小鳥遊流”管理術から始めてみてはどうだろうか。
<取材・文/田口ゆう>
【小鳥遊】
発達障害の一つADHD(注意欠如・多動症)の診断を受ける。会社での仕事がうまくいかず、抑うつなどにより休職や退職を余儀なくされる。その後、障害特性をカバーする仕事管理ツールをExcelで自作し、独自のタスク管理手法を編み出す。その経験やノウハウを伝えるイベントを開催し毎回満員となる。自作ツールをクラウド化し、タスク管理習得支援ツール「タスクペディア」として社会福祉法人SHIPの協力のもと無料提供。現在はフリーランスとして、執筆や個人/企業のコンサルティング、就労支援講師などを行なう。
【田口ゆう】
立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1