“おしゃれな官能映画”として知られる70年代のフランス映画『エマニエル夫人』。1974年に日本でも公開されると、官能シーンが多いにもかかわらず多くの女性が劇場に足を運んだといい、異例の大ヒットとなりました。
あれから50年を経て、時代も大きく変わった今、気鋭の映画監督オードレイ・ディヴァンにより新たな『エマニュエル』が生まれました。そこで描かれているのは、現代女性が自らの欲望と向き合い、真の快感を求める心の旅路です。1月10日の日本公開に先立ち、昨年11月には第37回東京国際映画祭ガラ・セレクション部門で上映。来日したディヴァン監督に、本作に挑んだ理由や日本にまつわるエピソードなどをうかがいました。
『エマニュエル』© 2024 CHANTELOUVE – RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – PATHÉ FILMS
「抑圧を解き放ち、本当の喜びを探してほしいと思いました」
——74年の『エマニエル夫人』は主演のシルヴィア・クリステルのファッショナブルな美しさが押し出されていたこともあり、日本では“おしゃれな官能映画”というイメージがあります。ディヴァン監督はどのような印象をお持ちですか?
オードレイ・ディヴァン監督(以下、ディヴァン):私は『エマニエル夫人』を全部通して観てはいないのですが、今の時代からすると美的にも古びている印象がありますし、内容も問題がありそうです。私はシルヴィア・クリステルの眼差しの奥にある悲しそうなようすを見逃すことはできません。おそらく彼女は自分が何を演じているのかよくわかっていなかったのではないかと思いました。
――監督の『エマニュエル』は、『エマニエル夫人』のリメイクではなく、同じ原作をもとに新たに作った映画ということですが、前作から50年が経ち、当時と比べて女性の社会進出が進みました。『エマニュエル』の主人公も高級ホテルを査察する職で活躍していますが、一方で内面は抑圧されているように見えました。
ディヴァン:私自身は、女性が活躍するようになったといっても目に見えない障壁はあると思いますし、完璧を求められているように感じています。そのため、私たちは抑圧された感情を抱いてしまうのです。でも私は今回の作品で、主人公にその抑圧を解き放ち、本当の意味での喜びを、それは性的な快楽だけでなく自分自身の喜びを探してほしいと思いました。
――監督の前作『あのこと』(21年)がベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞するなど高く評価されているなか、次回作としてすでに有名な作品の再映画化に取り組むというのは、かなり挑戦的なことに思えます。なぜ本作を選んだのでしょうか。
ディヴァン:私は映画のテーマを決めるときに、楽にできそうなものを選びたくないのです。それを撮りたいという私の欲求を掻き立ててくれると同時に、挑戦できるものを選んでいます。実は、前作で賞をいただいた後、すごく孤独な気分になりました。やはり周りから次回作も良いものをと期待されますよね。ただ、期待に応えようとしすぎると、私はアーティストではなくなってしまう、という恐怖もありました。そういう意味では、主人公のエマニュエルと近い部分があるかもしれません。『エマニュエル』では、“自分を解放してあなた自身の喜びを見つけなさい”というメッセージを描いていますが、私自身も新たな世界に飛び込んでいく勇気を持つべきだと感じました。
(広告の後にも続きます)
「これまでのキャリア、すべてが監督業に役立っています」
『エマニュエル』© 2024 CHANTELOUVE – RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – PATHÉ FILMS
――エマニュエルを演じたのはノエミ・メルランさんですが、映画の流れとともに、硬い表情が徐々に変化していくのが良いと思いました。監督からは何か演技指導をされたのですか?
ディヴァン:そう言っていただけると嬉しいです。そこはノエミともすごく話し合いました。エマニュエルはキャリアウーマンとして毅然としていてどこか冷たい雰囲気を醸し出していますが、だんだんと他者を受け入れるようになります。そういった人としての進化を描きたいと話し合いました。
――相手役のケイを演じているウィル・シャープさんは、『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』の監督でもあるのですね。監督もされている俳優との共同作業はいかがでしたか?
ディヴァン:ウィルもノエミも映画監督として作品を撮っているので、私はラッキーでした。二人とも演技をしながら言葉の持つ重みをよく理解していますし、どのような構図で撮影すると緊張感が生まれるか、といったこともすぐに伝わります。しかもウィルは英語のセリフについてもアドバイスをしてくれました。
『エマニュエル』© 2024 CHANTELOUVE – RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – PATHÉ FILMS
――ホテル経営陣のマーゴを演じるナオミ・ワッツさんも素晴らしい演技でした。
ディヴァン:ナオミ・ワッツさんに私の企画を提案するなんて恐れ多くて長い間できませんでしたが、キャスティングディレクターが脚本を送るべきだと言ってくれたのです。私は権力者であるマーゴをもっと権力を振りかざすような横柄な人物をイメージしていたのですが、彼女は「あえて柔らかな感じを出したほうがいいのではないか」と提案してくれました。その結果、とらえどころのない人物を造形できたのではないかと思います。