「貧困」が深刻な社会問題としてクローズアップされるようになって久しい。経済格差が拡大し、雇用をはじめ、社会生活のさまざまな局面で「自己責任」が強く求められるようになってきている中、誰もが、ある日突然、貧困状態に陥る可能性があるといっても過言ではない。そんな中、最大かつ最後の「命綱」として機能しているのが「生活保護」の制度である。
しかし、生活保護については本来受給すべき人が受給できていない実態も見受けられる。また、「ナマポ」と揶揄されたり、現実にはごくわずかな「悪質な」不正受給がことさら強調されたりするなど、誤解や偏見も根強い。本連載では、これまで全国で1万件以上の生活保護申請サポートを行ってきた特定行政書士の三木ひとみ氏に、生活保護に関する正確な知識を、実例も交えながら解説してもらう。
最終回では、信頼できる資料をもとに生活保護の「不正受給」がどのようなものなのか、三木氏が実際に経験した「70代の夫婦とその娘」の事例も挙げながら紹介する。(最終回/全8回)
※この記事は三木ひとみ氏の著書『わたし生活保護を受けられますか 2024年改訂版』(ペンコム)から一部抜粋し、再構成しています。
はたして「不正」? と疑問に思えるようなケースも
厚生労働省は2023年(令和5年)度の「全国厚生労働関係部局長会議資料(社会・援護局詳細版)」において、2022年(令和4年)度の生活保護の不正受給の件数と金額を公表しています(【図表1】参照)。
【図表1】生活保護の不正受給の件数・金額の推移(2013年~2022年)(出典:厚生労働省「全国厚生労働関係部局長会議資料(社会・援護局詳細版)」(令和5年(2023年)度ほか))
これによれば、不正受給の金額は約106億円(※1)で、割合で見れば、同年度の「保護費負担金」2兆7929億円(※2)の0.4%に満たない額です。
※1:上記資料P75
※2:上記資料P232
とはいえ、私は、このような「割合」の話をすること自体にあまり意味はないと考えています。
なぜなら、実際のところ、不正受給として全国集計されたこの内容についても、行政書士として疑問に思う点が、多々あるからです。
働いた収入の「申告漏れ」と「過小申告」が全体の60%近く…「申告ルール」を理解する能力が乏しい人も
たとえば、生活保護行政を担う自治体が、本来やるべき資産状況調査を生活保護申請時に行っていなかったために、結果として不正受給となったケースもあります。
「ホームレスで通帳もカードも何もない」という申請に対し、行政側が業務多忙などの理由から資産調査を怠った事例もあります。
また、上記の厚生労働省資料によると、不正受給の内訳では「稼働収入の申告漏れ」と「過小申告」が全体の約61%を占めています(【図表2】参照)。
【図表2】生活保護の不正受給の内訳(2022年(令和4年)度)(出典:厚生労働省「全国厚生労働関係部局長会議資料(社会・援護局詳細版)」(令和5年(2023年)度))
ただし、私は、生活保護の受給や申請のサポートの実務の現場で、そもそも収入申告のルールを理解する能力に乏しい人も多々見てきました。
以上によれば、故意・悪意のある不正受給は、実際にはごくわずかということになります。
なお、SNSやニュースサイトのコメント欄では日々、「私の知人は…」などと、様々な真偽不明の「生活保護の不正受給」に関する情報が氾濫しています。しかし、それらの情報は、裏付けがない点からも、私の実務上の経験からも、信頼性に乏しいものと断じざるを得ません。
生活保護受給前の借金を、別居の娘が「肩代わり返済」していたケース
「生活保護と借金」についての誤解が引き起こした「不正受給」の悲劇の例を一つ、紹介します。
70代のヨシムラさん夫妻(仮名)は、生活保護を申請するまでの間に、生活苦から借金を重ねていました。
ヨシムラさん夫妻には生活保護を受けていない別居の娘のアカリさん(仮名)がいました。しかし、アカリさんにはヨシムラさん夫妻を支援する経済的余裕がなく、ヨシムラさん夫妻は生活保護を受けていました。
それでもアカリさんは「借りたものは返さなければいけない」という使命感から、ヨシムラさん夫妻の代わりに借金を返済していました。
これを、ケースワーカーが把握しておらず、本人たちも悪意なく「借りていたものを返さなければいけない」「生活保護費から借金返済をしてはいけない」という思い込みから、アカリさんに無理を言って頼んで返済してもらっていたことを、役所に何年も伝えていなかったのです。
ヨシムラさん夫妻の生活は生活保護費の範囲内でつつましく、またアカリさんも両親の面倒を見ることができない代わりに、せめてヨシムラさん夫妻が生活保護を受ける前に作ってしまった借金は返済しなければいけないと思い、無理をして毎月数万円の支払いをしてきたのです。
法的にはこの月数万円分を、ヨシムラさん夫妻が「不正受給」していたことになります。すなわち、アカリさんが肩代わりして貸金業者に支払っていた月数万円分について、ヨシムラさん夫妻が経済的利益を受けていたことになるのです。
そして、その事実が役所に発覚した後、生活保護法63条に基づく「返還金」として、毎月ヨシムラさん夫妻の生活保護費から数万円が天引き徴収されていたのです。
役所側の「生活保護法の解釈・適用の誤り」も重なったが…
どういうことなのか。生活保護法63条は以下の通り定めています。
「被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県または市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない」
この条文の「資力があるにもかかわらず、保護を受けた」の要件に該当するとされたのです。
しかし、この条文をヨシムラさん夫妻のケースに適用することは誤りです。なぜなら、ヨシムラさん夫妻は「資力がある」の要件をみたしていないからです。
前述のように、ヨシムラさん夫妻は生活保護費の範囲内でつつましく暮らしており、ギリギリの生活をしていました。決してアカリさんから月数万円の現金の「仕送り」を受けて余裕のある生活をしていたわけではないのです。
アカリさんはアカリさんで、その後もご両親の生活保護受給前の借金の返済を毎月数万円しており、ヨシムラさん夫妻は、生活保護を受けているのに最低水準以下の暮らしを余儀なくされている状態で、私の事務所に相談に来られました。
すぐに、行政書士から福祉事務所に対し実態の説明と改善の申し入れをしました。結果として、ヨシムラさん夫妻が受ける生活保護費から返還金の天引き徴収はなくなり、生活保護受給者のヨシムラさん夫妻が無理なく返していけると納得した金額として、毎月5000円を、自宅に届く振込用紙で毎月返還していくということになりました。これで「不正受給」の状態は解消されることとなりました。
そして、アカリさんが長年肩代わりしていたご両親の借金については、法テラスの制度を利用して、弁護士への手数料等の負担もなく、自己破産手続きができたため、以後の支払いもなくなりました。
「明日はわが身」ということを忘れてはならない
行政書士 三木ひとみ氏(本人提供)
生活保護費は国民が納める税を財源とする公費によってまかなわれているため、公平適切に支給されるべきことは当然です。
しかし、生活保護制度に対する国民の理解を得る、信頼性を確保するといった大義名分を盾に、信頼できる資料によれば実際にはごく一部にとどまる「不正受給」をことさらにクローズアップする報道や、その報道に関して、SNS などで過激なコメントがここぞとばかり大量に書きこまれる社会的風潮は、弱者のみならず日本社会全体に負の影響をもたらしています。
ましてや「働かざる者食うべからず」という抽象的な概念をふりかざし、誤解も含む大雑把な事実認識の下で行われる「生活保護バッシング」は、いざというときのセーフティネットである「生活保護」の利用をためらわせ、社会を窮屈にする危険をはらんでいます。「明日はわが身」なのです。
生活保護に関する正確な知識と理解がより広まっていくこと、憲法・生活保護法の趣旨に則り、実態に即した適正な運用が行われていくことを、切に願っています。