昨年12月8日、東京・三鷹市の歩道で、女子高校生が乗った自転車が85歳の男性に衝突し、男性が死亡する事故が発生した。
報道によれば、現場は緩やかな下り坂で、女子高校生は歩道の左側を走っていたといい、男性が歩いていたことには気づかず「寒かったから下を向いたらぶつかった」と話しているという。
今回の事故で、女子高校生は何らかの法的な責任を負う可能性があるのか。交通事故に詳しい外口孝久弁護士に話を聞いた。
“未成年”の自転車事故における「刑事責任」
まず外口弁護士は、「自転車で歩行者との事故を起こした場合、歩行者にケガを負わせれば『過失傷害罪』が成立し、運転手は刑事責任を負う可能性があります」と説明する。
今回の事故については、当事者が女子高校生であるため、少年法の適用を前提に回答と前置きした上で続ける。
「今後、裁判にはならず、観護措置というものがとられて、場合によっては少年鑑別所に入り、両親を含む裁判所調査官の調査を受け、家庭裁判所で少年審判を行うという流れになると思います。
死亡という結果の重大性のほか、スマホをいじっていた・アルコールを摂取していたなどの悪性の強い行為はなかったかなど『事故に至る経緯』や、これまで同種の非行を重ねていないか、民事上の損害賠償責任が保険でカバーされるかなどの事情によって結果が左右されることになります」(外口弁護士)
自転車対歩行者事故の過失割合「歩道であれば10:0がベース」
民事上の損害賠償責任については、自動車の事故と同様、過失割合についての調査結果をもとに賠償額が算出されるという。
「緩やかな下り坂」「(自転車は)歩道の左側を走行」「下を向いたらぶつかった」という報道から知り得る情報をもとにすると、今回の事故ではどのような過失割合になることが考えられるのか。
実務上、過失割合の算定は、過去の裁判例をもとに事故の類型ごとに「基本過失割合」が決まっており、そこに個別のケースに即した「修正要素」を加味して行われる。
まず、基本過失割合について、外口弁護士は、「原則として歩行者は、歩道上で自転車に対して注意を払う義務を負っていないと解されています。そのため、歩道で事故が発生した場合には、歩行者は過失相殺をされることはないと考えられており、事情の有無に関わらず10:0がベースになるかと思います」と話す。
では、今回の事故において「修正要素」はどのように加味されるのか。
「唯一、『歩行者が急にふらついて自転車の前に飛び出してきた』といった事情があれば9.5:5ほどに修正される可能性はありますが、報道によれば、よそ見していたのはむしろ自転車の方だと思いますので、やはり10:0になるのではないでしょうか」(外口弁護士)
賠償金が高額になるケースとは?
自転車事故が発生すると、SNSなどでは過去の高額賠償事例が拡散される。
その例として、たとえば自転車で帰宅していた男子小学生(11歳)が、歩道と車道の区別のない道路で、歩行者(62歳)と正面衝突。歩行者が頭蓋骨骨折等の傷害を負い意識が戻らない状態となったケースがある。裁判所は男子小学生の保護者等に9521万円の支払いを命じた(神戸地裁平成25年(2013年)7月4日判決)。
外口弁護士は「賠償金は損害の大きさに比例して増える」として、高額賠償が発生しやすいケースについて例を挙げる。
「たとえば、被害者のケガが軽傷よりも重傷、重傷よりも死亡と損害額が大きくなる傾向にあります。また、介護が必要になるようなケガの場合、ケースによっては死亡事故よりも賠償金が高額になることがあります。
加えて、損害の費目の中に『仕事ができなくなったことによる損害(休業損害・逸失利益)』が含まれているため、収入の多い人、収入減の影響を長く受ける若い人が被害を受けると、この部分の損害が膨らむことから高額賠償になりやすいといえます」
自転車の事故で高額賠償が認められた判決の例(日本損害保険協会HPを参考に編集部作成)
自転車保険加入せずとも罰則はないが…
昨年11月の道路交通法改正によって自転車の取り締まりが強化された。また、国土交通省によれば、現在34都府県の条例で「自転車損害賠償責任保険等」への加入が義務化されている(昨年4月時点)。
各条例はあくまでも努力義務であり、保険に加入していなかったとしても現時点で罰則はない。しかし、外口弁護士は「保険加入の有無は、前述した通り、刑事責任を減じる事情になり得るものです」として、自転車ユーザーに対し加入をすすめる。
「自転車に乗ることがある人は、保険加入が義務化されていない自治体に住んでいたとしても、保険には必ず加入するべきだと思います。自転車でぶつかるだけでも人は簡単に死亡したり、重度の後遺障害を負うケガをしてしまうものです。保険に加入した上で、交通ルールを守り周囲に気を配って運転するべきでしょう。
また、自分が大きなケガをすることも考えられるため、ヘルメットの装着も必須だと考えています」(外口弁護士)
「自転車損害賠償責任保険等」には、いわゆる「自転車保険」だけでなく、火災保険や自動車保険等に付けることができる「個人賠償特約」なども含まれる。
もし、自分が条例に該当する保険に加入しているか不明な場合は、警視庁ホームページ「自転車利用中の対人賠償事故に備える保険等への加入義務化」(https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/kotsu/jikoboshi/bicycle/bicycle_insurance.html)での確認をおすすめする。