長野県“中3ひき逃げ事件”が最高裁で「逆転有罪判決」の可能性? 判断の決め手となりうる「実質的な基準」とは

長野県で、2015年に中学3年の男子(当時15歳)が車にはねられて死亡した事故をめぐり、人身事故を起こした直後、被害者を救護する前にコンビニに2~3分間立ち寄った行為につき道路交通法の「ひき逃げ」の罪に問われている50代男性の上告審で、最高裁第二小法廷(岡村和美裁判長)は昨年12月13日、弁論を開き、検察と被告人の双方の主張を聞いた。上告審での弁論は判決の見直しのために必要とされている手続きであり、控訴審の「無罪」の結論が変更される可能性がある。

弁論では、検察側が「救護義務違反があった」として有罪を主張し、被告人側は無罪を主張した。救護義務に関する判断枠組みはどうなっているのか。刑法・刑事訴訟法の双方に精通した刑事弁護の専門家である岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所共同代表)に聞いた。

飲酒運転“隠ぺい”のためコンビニへ

一審で認定された事実によると、被告人が事故後にコンビニに立ち寄った理由は、飲酒運転の発覚を免れるため口臭防止用品を購入することだった。

被告人は、事故直後、被害者を探したが見つからず、一時中断し、自動車から約50m先のコンビニへ行き、口臭防止用品を購入して服用。その後、被害者を発見し、人工呼吸を施したが、被害者は死亡した。

被告人がコンビニに立ち寄った時間は「1分あまり」だった。

争点は、この、被告人が近くのコンビニへ立ち寄った行為が、救護義務違反にあたるかというものである。

一審の長野地裁は、救護義務違反があったと認定して懲役6か月の実刑判決を下した。

これに対し、控訴審の東京高裁は、逆転無罪とした。その理由は「(被告人の)救護義務を履行する意思は失われておらず、一貫してこれを保持し続けていた」とし、「全体的に考察すると、被害者に対して直ちに救護措置を講じなかったと評価することはできない」というものだった(東京高裁令和5年(2023年)9月28日判決)。

一審の長野地裁は有罪判決を下したが…(高橋ユキ/PIXTA)

救護義務違反の判断基準は?

道路交通法72条1項は「交通事故があったときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない」と定めている。

救護義務はこのうち「直ちに負傷者を救護する」義務を意味する。

そもそも、救護義務違反の有無については、実務上、どのような基準により判断されるものなのか。

岡本弁護士:「人身事故で、犯人が事故後に一時的に現場から離れたなどの事情がある場合、救護義務違反の有無をどのように判断するのかについて、東京高裁平成29年(2017年)4月12日判決が、以下のような判断基準を示しています。

①救護義務の履行と相容れない『行動』を取っても、直ちに義務違反とまではいえない
②一定の時間的・場所的離隔を生じさせて、救護義務の履行と相容れない『状態』にまで至った場合には義務違反となる

少し分かりにくいのですが、この基準は、単なる『行動』と、ある程度継続的・決定的な『状態』とを区別していると言えます。

救護義務違反の罪にあたるかは、『救護義務の内容がどのようなものか』と、時間的・場所的な要素を考慮して『その救護義務の履行と相いれない状態』に至ったかによって実質的に判断されるということです。

救護義務の内容は、事故発生当時の具体的な状況に応じて実質的に判断する必要があります」

被害者を探すのを中断し証拠隠滅行為を行ったことへの評価

本件についてはどのように考えるべきか。岡本弁護士は、判断が微妙なケースであるとしつつ、「結論として、被告人には救護義務違反が成立する余地が十分に考えられる」と分析する。

岡本裕明弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所提供)

岡本弁護士:「本件の場合、事故直後、被告人は衝突現場付近で靴や靴下を確認しています。何もなかったならともかく、その状況から、誰かしら人を跳ね飛ばしたことは明らかだったといえます。

しかも、近くに被害者が見当たらないことから、被害者が事故で身体に生命にかかわる強い衝撃を受け、一刻を争う状態だったことは容易に推察できます。

詳細な証拠関係を精査する必要はありますが、実際に被害者が衝突現場から約44.6m離れた場所で発見されていることを併せて考慮しても、当該場所まで継続して探す義務があったと認める余地はありそうです。

したがって、被害者の身柄を一刻も早く発見する必要性・切迫性が高く、被告人には少なくとも、『被害者が見つかるまで探し続ける義務があった』と考えることは十分可能です。

その状況で探すのを中断し『証拠隠滅行為』をしていたことは、コンビニが『約50m』とすぐ近くで、立ち寄った時間が『数分』だけだったとしても、継続して被害者を探すべき義務との関係で、『救護義務の履行と相いれない状態』として、救護義務違反を問う余地が十分に考えられます」

「一事不再理の原則」違反の有無も争点に

本件では、救護義務違反の有無以外にも大きな争点が争われている。すなわち、弁護側が、同じ事件について再び裁くことを禁じた「一事不再理の原則」(刑事訴訟法337条1号、憲法39条参照)の違反を主張している。

被告人については2015年に自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)の罪で禁錮3年執行猶予5年の有罪判決が確定している。そして、本件の「ひき逃げ」の容疑については長野地検がいったん不起訴処分としたが、検察審査会の「不起訴不当」の議決などを経て、2022年に起訴されている。

にもかかわらず、2022年になって「救護義務違反」の罪で起訴され裁判にかけられていることが、「一事不再理の原則」に抵触するとの主張である。

この弁護側の主張は、どのような意味をもつのか。岡本弁護士は解説する。

岡本弁護士:「事故で被害者を死亡させた『過失運転致死』の被疑事実と、事故後の『救護義務違反』の被疑事実は、行為態様からみても、時系列でみても別々の犯罪なので、刑事訴訟法上、必ずしも同じ訴訟手続きで処理することが義務付けられてはいません。

したがって、形式的にみれば『一事不再理の原則』の違反にはあたりません。

ただし、事実上、被告人の地位が非常に不安定なのは否定できません。2015年の事件について、2025年になって服役を命じられることになるからです。

また、本件においては、『過失運転致死』と『救護義務違反』の被疑事実は同時に処理しようと思えば可能だったように思えます。検察は『当初は『救護義務違反』については起訴せず、被害者の歎願の結果、検察審査会で『不起訴不相当』の議決がなされたという経緯があります。

また、地検がいったん不起訴としたものが、被害者の歎願等の結果、検察審査会で『不起訴不当』の議決がなされたという経緯があります。

被害者の嘆願等によって検察官の処分が左右されることは適切とはいえず、救護義務違反についての起訴が大幅に遅延したことは検察側の不手際といえ、被告人の地位を不安定にしてよいのかという問題は確かにあり、実質的にみて『一事不再理の原則』に反するという余地はあると考えられます」

本件では、被告人の行為が道路交通法違反にあたるかという「実体」の問題と、本件訴訟自体が一事不再理の原則に違反しないかという「手続き」の問題の両方が争われており、最高裁がこれらの難題に対し、どのような判断を下すのか、注目される。

判決は2月7日に言い渡される。