2月14日はバレンタインデー。かつて職場では女性会社員が男性上司や社員に「義理チョコ」を配る習慣が広く見られた。
それが現在、頑張る自分への「ご褒美チョコ」や、「チョコ好きの女性たち祭典」に変化している。いったい、何が起こったのだろうか。
女性のキャリアの変化が、チョコの贈答行為の変化に表れているという報告をまとめたニッセイ基礎研究所の坊美生子さんに、チョコレート1個の中に込められた働く女性の思いを聞いた。
義理チョコに込められた「職場の弱者」OLたちの「抵抗」メッセージ
ニッセイ基礎研究所准主任研究員の坊美生子(ぼう・みおこ)さんが2025年1月6日に発表した「バレンタインの変遷に見る女性のキャリアの変化~『義理チョコ』から『チョコ好きの女性たちの祭典』へ~」という分析リポートが話題だ。
このリポートが参考にしたのは、労働社会学者・小笠原祐子さんの著書『OLたちの〈レジスタンス〉』(1998年、中公新書)の中にある、かつてバレンタインデーに職場で多く見られた、女性会社員が男性の上司や同僚に「義理チョコ」を配布する習慣に関する考察だ。
「OL」(和製英語のoffice ladyの略)は今日では死語だが、1990年代ごろまでは主に、女性事務職を指す言葉として多用されていた。小笠原さんは、多くの聞き取り調査をもとに、男女雇用均等法施行(1986年)後のOLの職場での行動をリアルに描いた。
それによると、当時のOLは結婚・出産退職による短期雇用が想定されていたため、男性社員と違って、企業による育成の対象から外される場合が多く、出世競争の蚊帳の外に置かれていた。
頑張って仕事をしても、しなくても、考課にはほとんど反映されず、異動もほとんどないので、上司から決まった仕事以上のことを頼まれたら、それに応えるかどうかは「サービス」という感覚だ。
そんなOLにとって、年に一度のバレンタインデーの「義理チョコ」は日頃のうっぷんを晴らす絶好の手段になった。
OL同士が相談のうえ、嫌いな上司には個数を減らし、人気のある男性社員には大量のチョコを贈るなど、男性社員の人気のあるなしの差が一目瞭然になる。小笠原さんは著書で、これらの行動は、職場では「社会的弱者」であるOLたちの「抵抗」のメッセージが込められていると指摘した。
坊美生子さんはこの視点をふまえ、1980年代後半から現在までの女性のキャリアの変化と、バレンタインチョコの贈答行為の変化を分析した。
方法は、各年のバレンタイン商戦を伝える全国紙5紙の新聞記事の内容調査である。その結果、年代によって次の変化がわかった。
(1)1986年~1989年:「義理チョコ」定着期。
1988年に初めて「義理チョコ」という言葉が新聞記事に登場。「最近は、安いチョコレートは複数の男性に配り、本命には、ネクタイ、洋酒、システム手帳など高価なものを贈り始めた」(日本経済新聞、1988年2月)など。各地方でも、バレンタイン商戦が熱を帯びる様子が報じられる。
(2)1990年代~:「義理チョコ」最盛・抵抗期。
バブル景気もあり、高価な輸入チョコが増加。「本命は高級品、義理はお手軽に」という贈答形式が拡大。「本命くんも義理チョコ氏も、『3倍返し』が常識」(毎日新聞、1991年2月)など、ホワイトデーには割増しして返してほしいというOLの声も。阪神大震災による自粛ムードや、男性陣の不満もあり、義理チョコを禁止する企業も複数登場。
(3)2000年代~:「義理チョコ」形式化・「ご褒美チョコ」定着期。
「義理チョコ」が次第に形式化し、事前にデパートへ足を運んで自ら用意するのではなく、職場に販売に来る業者からまとめ買いするケースも。一方、海外の高級チョコを女性が自分用に「ご褒美」として購入するケースが登場。「働く女性を中心に『ご褒美需要』の高まりが顕著になった」(産経新聞、2005年1月)など「がんばった自分」へのプレゼントが増加。
(4)2010年代~:「義理チョコ」衰退・「ご褒美チョコ」発展期。
義理チョコに関する記事本数も減少し、「義理チョコ」がいっそう、下火に。女性が自身のために購入する「ご褒美チョコ」が高級化する一方、友達と交換し合う「友チョコ」や、男性が女性に送る「逆チョコ」も拡大、贈答形式が多様化した。2018年2月には高級チョコのゴディバが「日本は、義理チョコをやめよう」とアピールする新聞広告が各紙に掲載された。
(5)2020年~2024年:「義理チョコ」衰退・「チョコ好きの祭典」発展期。
コロナ禍による出社減少や接触回避の動きが義理チョコ衰退を加速させた。一方、巣ごもり需要も手伝って、「自分用チョコ」の予算がトップに立った調査報告も。デパートの売り場では、来場者向けにイートインやパティシエの実演販売が行われるなど、バレンタインデーはさながら「チョコ好きが楽しむ祭典」に変貌した。
この間の約40年、女性のキャリアアップが進んだ。かつて「義理チョコ」贈答の中心だった20歳~30歳代の女性の就業率は20~30ポイント前後上昇【図表1】。一方、男女間賃金格差も約15ポイント縮小した【図表2】。
こうした分析から坊美生子さんはこう結んでいる。
「『義理チョコ』が職場を飛び交う年中行事から、『女性自身がチョコを楽しむ祭典』にと、バレンタインチョコの役割も、職場におけるOLたちの奮闘の『手段』から、女性自身の暮らしの中の『癒し』や『楽しみ』へと、変化してきた。
背景には働く女性のキャリア向上がある。まだまだ課題はたくさん残っているが、若い女性たちが、かつてのOLのように手の込んだ贈答をしなくても、チャンスを与えられ、成果によって評価され、能力を発揮していけるような社会になることを願う」
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「ホワイトデーの3倍返し」を期待して、冷や汗をかいた!
J‐CASTニュースBiz編集部は、ニッセイ基礎研究所の坊美生子さんに話を聞いた。
――坊美生子さんは、前職は新聞記者と聞いていますが、ご自身は職場の男性に義理チョコを贈った経験はあるのですか。
坊美生子さん あります。2002年に全国紙に入社して高松支局に配属されました。十数人いる職場で女性記者は私1人でした。まだ、バブル経済時の文化が残っていて、友人の母親から「義理チョコ、配ったほうがいいよ。私の夫も義理チョコ一杯もらって、ホワイトデーに3倍返ししなくてはならないから大変だとぼやいているから、お返しが期待できるよ」と言われました。
そこで、高松市のデパートで高級チョコを買い、十数人に配りました。新入社員の懐には厳しかったけど、割増したお返しをもらえるなら、やってみるかと。ですが、男性の先輩でお返しをくれたのはたった1人だけ(笑)。他の男性の上司や先輩からは「お返しを買うのを忘れた」というような説明さえない、完璧なスルー。
暗に「お前はチョコレートを買う暇があったら、もっと原稿を書け!」と言われているようで、冷や汗をかきました。でも、事前に相談できる先輩の女性記者もいなかったので。
――それは残念でしたね。
坊美生子さん でも、『OLたちの〈レジスタンス〉』が指摘しているように、「義理チョコ」習慣というは、職場ではスキルアップもキャリアアップもあまり期待されていないOLたちが、悪条件の中で、少しでも自分たちに有利な状況を作り出したり、あるいは、割増したお返しをもらって『得』をしたりするために、部署を挙げて仕掛けていた、年中行事だったのです。
新聞記者だった私は、いわゆるOLではなく、日々、OJTを受けて仕事の成果を求められていたわけですから、そもそも義理チョコで『仕掛け』をする立場ではなくて、職場でやるべきことは、本当に仕事だったのだと思います。そう思えば、当時の男性上司や先輩たちの冷たい反応は当然かも知れない。
当時の新聞社という業界が、「プレゼントをもらったらお返しする」というマナーに疎かったと思わなくもないけど(笑)、男性にも女性にも等しく成果を求めるという意味では男女平等だったとも言えますね。