義理チョコは年に一度、OLたちの総力戦のレジスタンス
――バブル期は何でも「3倍」が相場で、婚約指輪も「給料の3か月分」と言われたものです。ところで、かつて義理チョコに込められたOLたちの思いとは何だったのでしょうか。3倍返しを期待したのでしょうか。
坊美生子さん 3倍か3割増しかはともかく、支出金額に上乗せしたお返しを期待していたと思うし、実際に、多くのOLがそのような満足いく利益を手にしていたのでしょう。
逆に、男性上司の側も、盛ったお返しさえしておけば、OLに機嫌よく仕事をしてもらえる、という風に、利益を得ていたのかもしれない。だからこそ、義理チョコという日本独特の習慣は定着し、普及したのだと思います。しかし、その本質を考えると、そんな甘いものではありませんでした。
小笠原さんの本によると、日本独自の義理チョコは「OLの花道は寿退職」と言われた時代の産物。終身雇用の男性と違って、女性はどうせ短期雇用だからと育成対象から外され、昇進昇級レースの蚊帳の外に置かれていました。
そして、職場の大きな男女格差のなか、「構造的劣位にいる弱者」だからこそ実践できた、男性社員たちに対するうっぷん晴らしの仕掛けです。逆に言えば、バレンタインのような非公式なスタイルでしか、職場で満足いく利益を得る方法がなかったとも言えます。
義理チョコは、年に一度、バレンタインデーに行っていた、OLたちの総力戦の「レジスタンス」と言えます。
――レジスタンスとは大袈裟な言葉ですが、どういうことでしょうか。
坊美生子さん OLは頑張って仕事をしても、手を抜いても、どうせ人事考課にはほとんど反映されません。あらかじめ決められた仕事以上のことを頼まれたら、それに応えるかどうかは、自発的な「サービス」であり、頼んだ男性上司・同僚しだいという感覚だったそうです。
これに対し、男性社員ならば、上司の依頼を断ることなど考えられません。飛ばされて出世に影響します。OLたちは、「上司の言うことを聞かなくても、心象を悪くしても飛ばされない」という立場を逆手にとって、自分たちにより都合がよい状況を男性側から引き出すための手段・装置として、チョコを利用してきたのだと理解しています。
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「お局(つぼね)様」が仕切ったOL情報ネットワークの怖さ
――しかし、具体的には義理チョコをどう利用したのですか。
坊美生子さん 『OLたちの〈レジスタンス〉』が紹介している事例で言えば、OLたちが相談して、気に入らないA部長には個数を減らすか、わざと中身を押しつぶしたチョコを贈る。人気のあるB課長には段ボール1箱分くらいの個数を集める。仕切りのない大部屋の職場環境では、だれが女性たちに人気があるのか、ないのか、一目瞭然です。
つまり、男性社員たちの評判をOLたちの総意によって「見える化」したわけです。チョコのいいところは男性が受け取る個数によってハッキリ点数をつけられるところ。そして、だれが贈ったかわからない匿名性があるところ。「弱者」が抵抗のメッセージを込めるには最適のお菓子ですね。
――ケーキや饅頭(まんじゅう)だったら、ボリュームがあるから使えませんね。昔のOL、怖いなあ(笑)。現在70代の私が新聞社にいた頃も義理チョコが習慣の部署もありました。しかし、大雑把な会社だったから職場のテーブルにチョコが山積みされ、みんなが勝手に持っていく形が多かったです。
ただ、女性社員から個別にチョコを贈られる場合もあり、家に持って帰ると、妻が「これ、かなり高い代物。本気かも。気を付けて」とかナントカ言って、うまそうにムシャムシャ全部食べていました(笑)。
坊美生子さん 会社によっていろいろなのですね。
――ただ、OLの総意が反映ししているという箇所は、なるほどと思います。当時は、「お局(つぼね)様」が存在していました。その職場で長く働くベテランOLのことです。「お局様」が義理チョコを仕切っていましたね。
男性社員の「お局様」への気遣いは半端なく、職場の宴会ではいつも部長の隣の席。私も出張土産などを欠かさず渡したものです。しかし、それはバレンタインデーでのしっぺ返しが嫌だとか、仕事の頼みごとを拒否されると困るとかより、「お局様」を中心としたOLたちが女子トイレや給湯室のおしゃべりから得る情報網がスゴイからです。
男性社員のまずい情報はたいていつかまれています。敵に回すとこれ以上怖い存在はない代わりに、味方にすると非常に頼もしい存在です(笑)。
坊美生子さん OLたちの「情報戦」も、義理チョコと同様に、男性の上司や同僚たちの出世競争に影響を及ぼすことができる、闘争の手段だったと言えます。キャリア開発の観点を絡めて言うと、「お局様」の力の源泉は、異動しないでずっと同じポジションにいること。
男性社員が次々に異動していくなかで、同じ部署に10年単位でいる「お局様」は、職場のしきたりや、毎年行っている事業のノウハウなどの重要な情報が蓄積されていますから、新任部長も頼らざるをえなくなります。
たとえば、「お局様」から見て新任部長が気に入らないと、数代前の部長で偉くなっている人に電話することもありえます。そうすると、その新任部長の昇進を遠のかせることができる。そうやって人事に影響力を行使することで、新任部長にも、自身への配慮を求めることができるわけです。
<「義理チョコ」から「チョコ好き女性の祭典」へ バレンタインの変化に見る女性キャリアの光と影(2)>に続きます。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)
【プロフィール】
坊美生子(ぼう・みおこ)
ニッセイ基礎研究所生活研究部准主任研究員。2002年読売新聞大阪本社入社、2017年ニッセイ基礎研究所入社。主に中高年女性の雇用と暮らし、キャリアデザインを研究。
日本は世界の中でもジェンダーギャップが最低ランクで、働く女性の賃金や老後の年金にも大きな男女格差があり、老後の女性の貧困リスクは増している。女性がもっと自然体で、自律的に、生き生きと暮らしていくためには、社会全体のジェンダーギャップ解消が必須と考え、多くの研究リポートを発表。
また、生活者の視点から高齢者が利用しやすく、外出促進につながる移動サービスのあり方についても研究。現在、「次世代自動車産業研究会」幹事、日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員。