
借金返済のため若くしてマグロ漁船員になった筆者。最初の航海では「二度と乗るものか」と思ったほどでしたが、何度かの乗船経験で自信をつけたことから、またもや海へ出ることを決意します。もっとも、“労働基準法が適用されない”というマグロ漁船。船内は“想像を絶する”過酷さでした。菊地誠壱氏の著書『借金を返すためにマグロ漁船に乗っていました』(彩図社)より、詳しくみていきましょう。
航海で“心を許せる話し相手”が重要なワケ
両親の事業失敗で背負った5,000万円の借金を返済するために、高校を中退しマグロ漁船員になった筆者。
伯父やヤンキーの先輩に誘われて渋々乗ったマグロ漁船で自信をつけた筆者は、今度はスキルアップのため「知り合いのいない船」で漁に出ることを決意します。
そんな筆者が語る、マグロ漁船の“過酷すぎる実態”とは……。
私が次に乗った船も、名前は変わらず秋洋丸※というのですが、18秋洋丸から68秋洋丸になったので、船会社は同じ系列でも船と船員は違うということです。この船には2航海乗りました。
※…筆者は18秋洋丸という船で3度航海に出た経験がある。マグロ漁船員は一つの船に留まらず、3航海ほどで船を変えるのが一般的。
18秋洋丸で鍛えられたおかげでスナップ外し※1から餌投げ※2までできるようになった私は、一応この船で一人前と認めてもらい、ようやく8分※3を卒業しました。嬉しかったですね。やっと独り立ちできたということで、どの船でもやっていけるという自信がつきました。
※1 幹縄と枝縄(ブラン)を接続する金具であるスナップを、手作業で一つ一つ外していく仕事。マグロ漁船での仕事の7割がスナップ外しで、最初の難関といわれる。
※2 投縄の仕事で一番難しいとされる。餌出しの人が並べた餌を針に引っ掛けて投げる作業。針を投げる作業のため、単純だが危険なコトもあるため難しいという。
※3 マグロ漁船ではオールマイティにあらゆる仕事をこなせないと一人前と認められず、何かできない仕事があるうちは半人前とされる。半人前の間は給料が8分(8割)しかもらえない。
この船で最初に仲良くなったのは、私の4つくらい年上の若いお兄さんで、名前は高橋さんといいます。
「初めまして、よろしくね!」
「はい! よろしくお願いします!」
寝台が端っこで近いこともあって、高橋さんとはすぐに打ち解けました。ヤンキーでもなんでもない普通のお兄さんで、よく女の子の話で盛り上がりました。
「出船のときに女の子が見送りに来てたよね? 彼女?」
「いえいえ、彼女じゃないですよ。ただの高校の同級生です」
「へー、可愛いよねあの子。名前なんていうの?」
「美和って子です」
「じゃあ、今日からお前のことみーって呼ぶわ! みーよろしくね!」
「あ、はい(なんで俺がみーって呼ばれるんだ?)」
よくわかりませんでしたが、仲良くなれて安心しました。
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みんなが知らない“マグロ漁船員あるある”
初めての航海は3人の女の子が見送りに来ていましたが、このときには美和ちゃん1人でした。本当に美和ちゃんには感謝です。
マグロ漁船員は女日照りが当たり前なので、遊び盛りの若者にとっては切実な問題です。1ヵ月陸にいないうちに彼女に逃げられるなんていうのは当たり前の話です。だから、陸に上がったらまず女を作る。これが大事です。
女の子の話は船内でも鉄板ネタで、よく盛り上がります。私の友達のマグロ漁船員は、陸に上がるたびにナンパや紹介で彼女を作り、だいたい2週間(遠洋だと1ヵ月)の休暇をエンジョイしていました。それはもう必死だったみたいです。なんだかむなしい現実ですが……。
高橋さんは面白くて親しみやすかったです。無精ひげを生やしていて冴えない浪人生みたいな感じの人でしたが、実はボースン(甲板長)※の息子だったのです。しかも冷凍長をやっているという幹部の人間ですから驚きました。実際、仕事もそれなりにできる人でした。高橋さんはクシャッと笑う笑顔がとても印象的で、愛嬌があっていい人でした。
※…甲板長はボースンと呼ばれ、船の甲板の上でのさまざまなことを取り仕切るマネージャーのような役職。船の中ではナンバー2のポジション。
この高橋さんとよくつるんでいたので、新しい船でもなんとかなっていました。マグロ漁船という厳しい職場なので当然不満も多く、よく2人で愚痴っていました。端っこの寝台の前で、2人で酒を飲んでいました。
マグロ漁船は決して楽な仕事ではありません。シケで波は荒れるし、仕事がキツいのはどの船でも変わりません。時には怪我をしたり、命の危険にさらされたりすることもあります。サメも多くて本当に怖いです。
私も両親が借金をしていなければ当然マグロ漁船などには乗っていませんし、すべては親のためです。
そういう過酷な環境で生き抜くには、心を許せる話し相手が必要なのです。こういう人の存在は航海において重要だと思います。