
感情が理性や論理、記憶を変えてしまう

vska / PIXTA
「財布が盗まれた」と思い込んでしまうのは認知症によく見られる症状です。出掛けようとしたとき、お財布がいつも入れているバッグの中に見当たらないと、私も「昨日、電車ですられたのかも」とか思ってしまったりすることもあります。ですが、記憶を冷静にたどってみれば、「あー、あのとき、別のバッグに移し替えていたわ」と一瞬抱いた妄想はすぐに消えます。
ところが記憶を司る海馬の機能が衰えてしまうと、バッグを移し替えたという過去の自分の行動をたどれなくなってしまいます。「お財布はとっても大事なものだ。自分でなくすはずがない。誰かが盗んだに違いない!」という感情に支配された論理、思い込みから抜けられなくなってしまうのです。
脳はこのように自分が理解できないことが起きることを一番嫌がり、正当化しようとします。イソップ童話で、キツネがおいしそうなブドウがなっているのを見つけて、食べたいけどどうやっても取れないと、「あんなブドウはすっぱいに違いない」と決めつけるお話がありますね。
おいしそう、食べたい、でも食べられない、というように感情(おいしそうだから食べたい)と能力(食べられない)が相反してしまうと、脳は居心地が悪くなって、感情の記憶を書き換え(すっぱいに違いない)、自分の都合のいいように記憶を定着させて、自尊心を保とうとするのです。
これは私たちにもよくあることです。好きな人に振り向いてもらえないと、そんなことはわからないのに「きっとあの人は性格が悪かった」「付き合ったら、きっとろくなことがなかった」と思い込む。人の理性や論理が感情をコントロールしているのではなく、感情が理性や論理、記憶を変えてしまうのです。
自分がすごく考えた上で、ロジカルで正しいと思い込んでいることの背景に、実は感情があり、自分の脳の外の世界の見方を作るときには、その感情が重要な役割を果たしていることが脳科学では知られています。
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金縛りにあったときに見える、あの現象も……
金縛りにあったときにお化けのようなものが見える現象も脳科学から解明されています。私も高校生のときに金縛りに遭い、布団の上に口裂け女がのっているのが見えたことがありました。当時はすごく怖くて……(笑)
それは、寝ているときに勝手に歩き回ると危ないので、脳が運動系に抑制をかけているから起こる現象なのです。目覚めかけているとき、体には抑制が利いているけれど、意識ははっきりしてしまうという状態があり、脳はなぜ自分の体が動かないのかということに対して、なんとか説明をつけようとします。
体が動かない状態を自分で合理化して、口裂け女がのっているというビジュアルまで作って、見せてくるわけです。脳はこのように自分を助けるために、この状況を理解しようと必死になって、正当化するのです。
母が突然、つじつまが合わないことを話し始めたりするのも、何か脳が理解できないことが起こって、自分を守るために、自分なりにこの状況を理解しようと必死で脳を働かしているからなのだとだんだん理解できるようになってきました。
脳科学者でなくても、こうした脳の働き方を知っていれば、今現在、介護をしている方の気持ちも少しは楽にできるのではないかと思います。