
税金の仕組みは複雑で、私たちの生活に予期せぬ影響を与えることがあります。特に、税制に関する誤解や隠されたからくりに気づかず騙されてしまうことも。本連載は、弁護士の三木義一氏の著書『まさかの税金──騙されないための大人の知識』(筑摩書房)から抜粋・編集した内容をお届け。三木氏は、2019年から東京新聞の木曜朝刊『本音のコラム』欄を担当し、税制や社会問題を鋭い視点で論じています。軽妙な語り口で解説する「税法のご隠居」の税金問答は、制度や権力の闇に鋭くツッコミを入れるスタイルが特徴です。同書では、コラムの一部を抜粋し、さらに深掘りした内容を収録しています。今回は、「103万円の壁」を取り上げ、背後に隠れた税制の仕組みと、賢い対応方法を解説します。
「103万円の壁」は本当に壁なのか?
「ご隠居、国民民主さんの103万円の壁撤廃を若者が支持したようで」
「かつては配偶者のパート収入の問題で、1987(昭和62)年の配偶者特別控除で一応解消していたが、どうやら若者の給与収入が103万円を超えると税金がかかることや、扶養控除の対象から外れることの問題のようだ」
「ご隠居は、賛成なんですかい?」
「賛成もなにも、この問題は、分かりやすくいえば基礎控除の問題なのじゃよ。1995(平成7)年にようやく38万円に引き上げられたが、その後も実質は変わっていない。2020(令和2)年に48万円に引き上げたが、給与所得控除を10万円引き下げたから、給与所得者は30年以上も据え置かれていたのじゃ。その結果もう隠せなくなっているのじゃ」
「おや、何が?」
「2000(平成12)年の財務省の資料では日米英仏独5ヵ国の課税最低限の比較で日本が一番高い国にされておった。外国にはない給与所得控除を入れたうさんくさいものだったがの〜。今ではそれを入れても……」
「下がっちゃった?」
「下がったどころか、最下位じゃよ」
「え〜〜〜」
「個人の課税最低限の引き上げを放置してきたからじゃ。単身者の場合は英米独の約半分、仏の約四分の一にまで下がっているのじゃよ」
「そんなに低い収入から課税! 情けねぇ〜」
(2024・11・7)
103万円の壁というのは、かつて配偶者控除の問題としてしばしば取り上げられてきたが、それはパート主婦が収入103万円を少しでも超えると、夫の配偶者控除が適用できなくなるため、夫の税金が増えて、夫婦の手取りがかえって減ってしまう逆転現象のことであった。この問題は配偶者特別控除を入れることで基本的に解消した。パート主婦は103万円を超えても、配偶者控除はなくなるが、それに変わる配偶者特別控除というのが適用されるようになり、夫婦の手取りは増えていくようになったからである。
したがって、国民民主党の103万円の壁というのは、専門家の間では、意味がよく理解できなかったが、扶養控除の対象となっている若者が103万円のアルバイト収入があると扶養控除から外れてしまう問題等を指していることが見えてきた。確かに一つの問題ではあるが、このような若者にもっと働けというのがよいのか、働かなくとも勉学に専念できるような環境を形成していくことの方が大事なのかは悩ましい。
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103万円の壁の本質は「基礎控除の据え置き」にある
与党の少数化の事態を受けて、野党の主張も議論せざるをえなくなり、103万円の壁などが議論されだしたのは、望ましいことである。しかし、この問題の本質は基礎控除の問題なのである。健康で文化的な最低限の生活を憲法が保障しているので、健康で文化的な最低限の生活費に相当する所得金額には課税してはならないのであり、その趣旨で設けられているのが基礎控除である。
この基礎控除は戦後4800円から始まり、物価などを考慮して毎年徐々に引き上げられてきたが、1995(平成7)年に38万円まで引き上げられたものの、その後変わっていないことが問題だったのである。確かに2020(令和2)年に48万円に引き上げられたが、給与所得控除額が10万円引き下げられたために、サラリーマンは、実質30年間変わらず据え置かれてきたのである。
サラリーマンの給与所得控除というのは、サラリーマンに必要経費の実額を控除させないための代替措置として設けられており、添付の表のように収入に応じて変化していくものである。
最低でも55万円は保証されているので、それに48万円の基礎控除を足すと103万円となり、ここまでは所得税がかからないことになる。だから103万円と言うよりは、48万円の基礎控除が据え置かれ続けてきたために生じた問題とも言える。
このことは添付の二つの図を比較するとよく見えてくる。添付の図は、2000(平成12)年の課税最低限の国際比較である。
財務省はこのような場合に給与所得者を例に出す。事業所得者だと38万円がもろに出てしまうので、給与所得控除という外国にはない独自の控除を持っている日本の給与所得者を出せば高く見えるからである。その結果は、ご覧の通り(添付の上の図)、5ヵ国の中で一番高かった。
その後、2024(令和6)年まで、基礎控除についてはそのまま据え置いてきた。他方、諸外国はこの間も基礎控除の見直しは毎年のように行ってきた。その結果どうなってしまったかを示しているのが添付の下の図である。
もう給与所得控除を含めても、5ヵ国の中で最低になってしまったのである。議論しなければならないのは、この点なのである。