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●年間700杯以上を食べ歩く“ラーメン官僚”こと田中一明氏が、日本全国のローカル・ラーメンの最新事情&行く価値のある名店をご紹介。今回は静岡県のラーメンシーンに迫ります。

 静岡県はラーメンの実力店・人気店が全域に隙間なく存在する“ラーメン激戦県”だ。まず、大前提として頭に入れておくべきは、静岡県は東西にかなり長いということ。同県の東端(熱海市)から西端(湖西市)までの距離は、なんと約155kmに及ぶ。

 これがどれだけ広いかと言うと、東京に置き換えると、北方であれば東京駅を起点に埼玉県を飛び越え栃木の那須塩原市まで、西方であれば神奈川県を飛び越え、静岡県静岡市清水区までにそれぞれ相当する距離ということになる。

 つまり静岡県は東西を端から端へと移動するだけでも膨大な時間・費用・労力を要するため、静岡県全域のラーメンシーンを網羅的に把握することは、県内在住のラーメンマニアでさえ難しいということを知っておいてほしい。

 そのように広大な静岡県だが、一般に大きく〈東部〉、〈中部〉、〈西部〉の3つに分けられる。具体的には、熱海市・三島市・沼津市・富士市・富士宮市などが〈東部〉、静岡市・焼津市・藤枝市・島田市などが〈中部〉、菊川市・掛川市・袋井市・磐田市・浜松市などが〈西部〉に属する。

 以下、この3つのエリアごとのラーメンシーンの特徴と代表店舗をご紹介していこう。

東京・神奈川の影響がみられる東部のラーメン

 関東圏から近い〈東部〉には、東京・神奈川のラーメンシーンの影響を強く受けた店が目立つ。例えば、10年以上にわたり〈東部〉の覇者として名声を轟かせた実力店『めん処 藤堂』 (三島市・2017年閉店)は、神奈川県の名店『中村屋』の出身だ。ちなみに、『藤堂』のDNAは、『麺屋 みのまる』(三島市 ※本店は神奈川県)や『麺や 一徳』(伊東市)といった人気店へと受け継がれている。

 そのほか、魚介を駆使した淡麗ラーメンの『中華そば うお静』(熱海市・2023年開業)や、県内外のラーメンマニアの注目の的となっている『一条流中華そば 智颯』(三島市・2024年開業)は、共に都内からの移転組だ。神奈川が生んだ日本ラーメン界のエース『らぁ麺 飯田商店』も、沼津市に店舗を展開している。

〈東部〉の直近数年における動きは、上記『うお静』、『智颯』の進出を除き、比較的穏やか。同エリアの代表的なラーメン店は以下の通り。

・『雨風本舗』、『わんたんや』、『麺匠うえ田』(すべて熱海市)
・『福々亭』(伊東市)、『一匹の鯨』(伊豆の国市)
・『鈴福』、『めんりすと』、『味のなかむら』(すべて三島市)
・『らーめん専門やくみや』、『真 卓郎商店』、『春来軒』(すべて沼津市)
・『田島ラーメン』、『札幌ラーメン北道』(共に富士市)
・『麺屋ブルーズ』(富士宮市)

 これらの店舗の大半は、長年にわたり、雨の日も風の日も営業し続けた結果、愛すべき地元の名店として地域に根付いた中堅・古豪店である。

焼津・藤枝・島田の3市が激アツ。静岡中部のラーメン

〈中部〉には、古くから、藤枝市、焼津市、島田市を中心に“朝ラーメン”文化が存在するのが大きな特徴だ。1919年創業という老舗中の老舗『マルナカ』 (藤枝市志太)は、日本で初めて“朝ラーメン”の提供を始めた店で、同店の味を模した“志太系(マルナカ系)”と呼ばれるご当地麺が藤枝市志太エリアを中心に広がっている。

 そしてここ10年ほどの間に、その“朝ラーメン”文化が地域全域へと急拡大。現在、〈中部〉のラーメン店の大半は「朝営業-中休み‐昼営業」の営業形態を採っており、夜営業を行うラーメン店が極めて少ない。

 加えて〈中部〉は、ラーメンマニアからの注目度が高い実力店が、県内で最も多く揃うエリアでもある。

・『麺や厨』、『ABE’s』、『らぁ麺もち月』(共に静岡市)
・『麺屋 才蔵』、『麺行使 伊駄天』、『粋蓮華』、『麺創房LEO』(すべて焼津市)
・『ちっきん』、『麺屋 花枇』、『麺屋 八っすんば』(すべて藤枝市)
・『らぁ麺 めん奏心』、『麺屋燕』、『ラーメン ル・デッサン』(すべて島田市)

 など、開業から10年、20年を経た錚々たる実力店と、ここ数年の間にオープンし、現在メキメキと頭角を現しつつある新進気鋭店とが切磋琢磨し合っている。

 とりわけ、2025年現在、焼津市、藤枝市、島田市の3市は、ラーメン的に“激アツ”としか表現しようのない熱狂のさなかにあり、この3市を制せずして静岡のラーメンシーンは語れない状況だ。

西部のラーメン

〈西部〉は、〈中部〉と質的には似ている。〈中部〉から“朝ラーメン”文化がじわり浸透し、朝昼営業の店が急増した。なお、名店が集中する浜松市は静岡ラーメンシーンを語るうえで決して外すことができない“最重点攻略エリア”だ。代表的なラーメン店は以下の通り。

・『麺屋さすけ』(掛川市)
・『menya787』、『ラーメンこころ』(共に菊川市)
・『麺屋 破天荒』、『麵や 向日葵』、『らーめんユタカ』(すべて袋井市)
・『いこい』(磐田市)
・『麺屋 龍壽』、『僕家のらーめん おえかき』、『浜田山』、『日歩未』、『青空キッド零壱』、『AMORE』、『荒野のラーメン』、『つけめん京蔵』、『浅草軒分店』(すべて浜松市)

 以上、見てきたとおり静岡県は東西155kmにわたり、少なく見積もっても数十軒もの必訪店が点在する。他の県にも増して頻繁かつ定期的に足を運び、腰を据えて攻略を進めようとする強固な意志がなければ、全容把握は難しいだろう。

 今回は私が直近に訪問した静岡県内のラーメン店の中から、推奨に値する優良店を紹介したい。ぜひ参考にしていただき、静岡県のラーメン食べ歩きを楽しんでもらえれば嬉しい限りだ。

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フレンチの技が光るすべてが完璧な一軒|ラーメン ル・デッサン(島田市)

 2016年10月に島田市にオープンした『ラーメン ル・デッサン』は、島田市を代表する実力店にして、激戦エリア〈中部〉でも屈指のハイレベルな一杯を繰り出す名店として知られる。

 店主の増田氏は元フレンチのシェフ。2003年、東京・牛込柳町にフレンチレストラン『ル・デッサン』を開業し、10年間店主として厨房を切り盛りしたのち、店を畳んで地元・静岡県に帰還。『ル・デッサン』の屋号はそのままに『ラーメン ル・デッサン』を立ち上げ、フレンチの技法を巧みに採り入れたラーメンを提供している。

 営業時間は朝7時から13時半まで。〈中部〉の“朝ラーメン”文化にならい、午後の早い時間帯に1日の営業を終えるだが、朝ラーメン文化圏に馴染みが薄い県外からも、増田店主の1杯を求め、大勢のお客さんが訪れる。

 私が『ル・デッサン』を訪れた日も、11時前の段階で店の前には20名ものお客さんが長蛇の列をなしていた。客層も、男性客はもちろん、カップル、女性のグループ客、ファミリー客と様々で、同店の味の裾野の広さをまざまざと実感させられた。


岩手県ほろほろ鳥だしのラーメン

レギュラー麺メニューは、「岩手県ほろほろ鳥だしのラーメン」、「鴨がら・鶏がらだしのラーメン」、「函館ホタテだしのラーメン」、「ローストした鶏がらのしょうゆラーメン」、「鶏がらとかつお・にぼしの中華そば」の、「しょうゆ」及び「塩」など、多種多様。毎日足を運び、実食メニューを変え続けても2週間は持ち堪えられるほどのバリエーションを誇る。

想像をはるかに超えるひきだしの多さに戸惑いながらも、券売機左上の商品である「岩手県ほろほろ鳥だしのしょうゆラーメン」をオーダー。提供までの待ち時間は5分程度と、驚くほどスピーディー。恭しく眼前へと供された丼を視界に捉えた瞬間、視線が丼に釘付けになった。麺線が一本たりとも乱れることなく美しく揃えられ、箸を付けるのも惜しまれるほど端整なビジュアル。

スープは、重厚で膨らみ豊かなほろほろ鳥の滋味が凝縮された、そこはかとなく“洋”を感じるフルボディの味わい。随所に導入されたフレンチの技法が味わいに奥ゆきを与え、カエシのうま味の厚みも絶妙なさじ加減。一度口を付けたら最後、レンゲを持つ手を止めることは困難だ。

また、自家製麺も、スープに勝るとも劣らない会心の出来映え。繊細な細ストレートでありながら、やや固めに茹で上げ、サクッと軽快な食感を創出することで、スープに埋没しない毅然とした存在感を演出している。


函館ホタテだしの塩ラーメン[食楽web]

 もちろん、トッピングにも手抜かりなし。生産者の顔が見える鮮度の高い素材が惜しげもなく使われている。同行者が注文した「函館ホタテだしの塩ラーメン」のスープも、貝柱という素材が有するうま味を極限まで活かし切った絶品だった。

 卓越しているのは、味だけではない。居心地の良さが徹底的に追求された空間から、入店から退店まで一切の乱れがない接客まで、飲食店としてすべてがパーフェクト。静岡ラーメン食べ歩きの1軒目として、この店をチョイスするのは大いにアリな選択肢だと思う。

●SHOP INFO

ラーメン ル・デッサン

住:静岡県島田市御仮屋町8802-1
TEL:0547-54-5536
営:7:00〜13:30(麺終了次第、早仕舞いの場合あり)
休:月・金・第3日曜(月金が祝日の場合も休み)
※26席(カウンター6席・テーブル10席)
※駐車場あり(計12台)

●著者プロフィール

田中一明
フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店開拓・知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンをエリアを問わず実食。47都道府県のラーメン店を制覇し、現在は各市町村に根付く優良店を精力的に発掘中。