「相続時精算課税制度」は、受贈者が贈与税を納めることなく、2,500万円までの贈与を受けることができます。ただしそこには“思わぬ落とし穴”があり、結果的に受贈者が“思わぬ税負担”を課されることも……。相続時精算課税制度を利用したA夫婦の事例をもとに、同制度を利用する際の注意点をみていきましょう。税理士/CFPの宮路幸人氏が解説します。

「相続時精算課税制度」に飛びついたAさんの過ち

現在75歳のAさんは、同い年の妻と44歳の息子、41歳の娘の4人家族です。

娘は結婚して遠方に住んでおり、A夫婦は自宅で長男夫婦と同居しています。

A夫婦の主な収入は月に22万円の年金のみ。

もっとも、Aさんが父親から相続した遺産により、A夫婦の預貯金は約5,000万円と十分な蓄えがあります。

そんなAさんは15年ほど前、定年退職金を受け取る直前にメインバンクの最寄支店で開催された「相続対策セミナー」に参加しました。

そこで、自分が父親の相続で苦労したことを思い出したこともあり、息子に「生前贈与」を始めようと考えます。

そこで、父親の相続でお世話になった税理士に相談したところ、「『相続時精算課税制度』を利用すれば、2,500万円までは贈与税がかかりませんよ」とのアドバイスを受けました。

「そんな制度があったんですか。親父が死んだときは税金でかなり持っていかれた印象があって、なんとかしたいと思っていたんですよ。私には親父の遺産があるし……よし、今度入る退職金は、息子の結婚祝いにします」

感激したAさんは、その後の税理士の忠告もろくに聞かずに「相続時精算課税制度」を利用し、当時結婚したばかりの長男に上限いっぱいの2,500万円を贈与しました。

夫婦で後期高齢者となったAさんと妻は「老人ホーム」への入居を決断

そして月日は流れ、15年後。

75歳となったA夫婦は、階段の昇降をはじめ、自宅での生活がきつくなってきました。

「これから介護が必要になったら、同居している長男や義娘に迷惑をかけてしまう……」

そう考えたA夫婦は、ふたりで話し合って「老人ホーム」への入居を決め、実家はそのまま長男に生前贈与をすることにします。

するとその後、税務署からAさんのもとに連絡が入りました。聞けば、「贈与税の申告をやり直してください」とのこと。

「えっ、でも税理士の言うとおりにしたよ!? そっちのミスじゃないの?」

まったく思い当たる節がなかったAさん。しかし、Aさんは致命的なミスを犯していたのです。

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Aさんが犯していた“致命的なミス”とは

それは、Aさんが「相続時精算課税制度」を過去に利用していたことを“忘れて”贈与税の申告を行っていた、ということでした。

というのも、15年前に相続時精算課税制度を教えてくれた税理士さんはすでに亡くなっており、事務所も閉めていたため、違う税理士に贈与税の申告を依頼したそうです。その際、Aさんは前に相続時精算課税制度を選択していたことをすっかり忘れていたといいます。

Aさんは制度の撤回を求めましたが、同制度は1度適用してしまうと撤回できません。

この結果、贈与を受けた長男が思わぬ税負担を課されることになってしまったのでした。